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第四章 守護鳥の夢
同じ気持ち
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ローヌ
神様がこの世界を見捨てることが決まってから昨日の朝まで、僕は既に五人の人間を選別していた。
明日の朝が移動の時だから、この航海で最後の乗客になる。
そう思って、監視鳥がその人間を連れて来るのを待っていた。
僕の関心は乗客よりも、この航海で会えるはずの彼――心臓を喰わせる回収人に傾いていたけれど。
ここ最近の僕は空を飛ぶ鳥と見たら、監視鳥でも心臓を喰う鳥でも見境なく、彼の居場所を知らないか尋ねていた。
それで、やっとこの場所を見つけた。彼が次の乗客を乗せる港だ。この港から出る船は同じ監視鳥の管轄になる。つまりは行先も同じ方角だ。
にやにやが止まらない。晴れた朝の空を、目玉を喰う鳥の群れが飛んでいる。この港のどこかに彼がいると思うと、走り出したい衝動に駆られるけれど、自分の船を離れるわけにはいかない。
そんなことをしたら、僕が回収人失格になって二度と彼に会えなくなってしまう。
ん? 遠くに人影が見えた。なるほど、あれが僕のこの世界最後の乗客か――。
近づいてきた僕の乗客は、異常に意志の強そうな目の二十歳そこそこの女の子だった。隣には全然雰囲気の違う、オドオドした態度の友だちを連れている。
その子が小柄でくせ毛で勝気そうなのに反して、一緒の子は背が高くてストレートヘアで気弱そうだった。
「どうして船に乗りたいの?」
いつも乗客に最初に尋ねることにしている。
「二人きりになりたい」
強い目の子がきっぱり言った。
二人きりになりたい――その要望を聞いて、二人用のキャビンに通した。
「朝食を用意しているから、カフェテリアにおいでよ」
出港して直ぐ、二人に声をかけた。二人とも小さく頷いただけだった。
名前を教えてくれなかったので、目が大きい方を無口ちゃん、背の高い方をシズカちゃんと呼ぶことにした。
カフェテリアで朝食を食べる二人を見て、僕は衝撃を受けた。
二人の間に僕の理想の愛があったんだ。
二人ともほとんど言葉を交わさないのに、何でもわかっているみたいだ。目の伏せ方とか、指先の動きだとか、そんな見逃して当然のもので全てわかり合っている。何なら暗闇でも呼吸だけで会話ができそうなくらい。
彼とこんな関係になりたい――。急にそんな思いが胸に溢れてきて自分でも制御できなくなった。認めてしまうと、それまでの僕は恋をしていた。色んな物を彼から欲しがっていたし、色んな物を彼に与えたいと思っていたけれど、その時、それを全部足しても足りない物を欲してしまった。そう、こういう静かな愛だ。
僕もいつか、彼とこうやって――。
そう思っていた時に邪魔が入った。新しい乗客だ。
仕方なく、席を立って彼らを迎え入れる。明るくお喋りな青年と年配の落ち着いた男だった。
無口ちゃんが「いとこ」と「先生」とシズカちゃんに紹介している声が聞こえた。
無口ちゃんもシズカちゃんも少し戸惑った顔をしている。
何より僕が残念だ。この船は『二人きり』になるはずのものだったのに。それに、僕は気がついていた。
無口ちゃんは後から乗ってきた二人に恋をしていること。
無口ちゃんの戸惑いは、久しぶりに会った二人の男に対する恋心を自分でも理解できないから、シズカちゃんの戸惑いは、自分以外の誰かが、無口ちゃんの心に居るのを知ってしまったから。
決心は早かった。この航海で僕は初めて人を救う、シズカちゃんを救うんだ。
そのために、さっさとこの二人の男たちには消えてもらおう。邪魔なんだ――僕の理想の愛に入り込んでくるな。
そう思った時には、男たちの飲み物に、自分の血液をほんの少し垂らしていた。
何食わぬ顔で運んで、後は不自然に見えないように少し席を外した。
あんな事になるなんて想像もしてなかった。
だって、シェアするなんて思わないだろ。二人の男が頼んだのはアイスマサラティーなんだよ。二人から初めて注文されたよ。「あなたもそれですか?」と笑い合っていた。
とにかく、あいつら空いているグラスに少しずつ取って、それを無言ちゃんとシズカちゃんにも飲ませたんだ。
決してマサラティーが珍しいと言っているわけではないよ。朝から、男二人が同時に、しかもアイスのマサラティーを頼むのが珍しいと言ってるんだ。
しかも、それぞれちゃんと一人用のグラスに入れて出したものをシェアするなんて発想、僕にはなかった。
男二人が「飲んでみなよ」と余計なことを言ったのか、無口ちゃんたちが「飲んでみたい」と気まぐれに言ったのかはわからない。
もうわかるだろ? 僕ら回収人の血は鉄を作れる。盾も刀も銃も。守る者や攻撃する対象にあった形と素材に変化させることが可能だ。
その僕の血を少しだけ与えた。回収人でなければ制御できないその道具は、彼ら自身を攻撃するだろう事は知っていた。
すっかり陸も見えなくなったデッキで、しばらく外の空気を吸った。戻って来た時、みんなが「眠い」と言っているのを聞いて、思ったより早く願いが叶いそうで小躍りした。
自我が寝入ってしまえば、後は僕の血が騒ぐ時間。苦しまず、寝てる間に自分を刺して、そのまま消えてくれれば良い。
そして僕は明日の朝まで、無口ちゃんとシズカちゃんの愛を眺めて過ごす。
僕のお手本として。胸に刻み込んで、理想とする。
「朝早くて疲れただろ。キャビンで少し休むといいよ」
そう言って四人をキャビンに促した。
――血まみれの彼らをデッキで見かけた時には驚いたよ。男二人が消えるだけで良かったのに。シズカちゃんは僕が憧れの彼を真似て、初めて救う人になるはずだったのに。
途方に暮れている僕の目に、遠く前方を進む彼の船が映った。
助けて――。そして会いたい。良く分からない感情でその船を追った。本来はもう与える心臓がない彼を止めに来たはずなのに。助けに来たはずなのに。
その時、視線を感じて振り返ると無口ちゃんが僕を見ていた。
「……ごめん」
苦しくてそれだけ言うのがやっとだった。僕はこの子と同じ気持ちを持っているから、解る。
僕が彼を失くしたら、どうなるだろう。そんな恐怖を思い描き終わる前に、無口ちゃんが首を振って言った。
「終わらせてくれて、ありがとう」
その後、無口ちゃんは無言ちゃんになってしまった。
神様がこの世界を見捨てることが決まってから昨日の朝まで、僕は既に五人の人間を選別していた。
明日の朝が移動の時だから、この航海で最後の乗客になる。
そう思って、監視鳥がその人間を連れて来るのを待っていた。
僕の関心は乗客よりも、この航海で会えるはずの彼――心臓を喰わせる回収人に傾いていたけれど。
ここ最近の僕は空を飛ぶ鳥と見たら、監視鳥でも心臓を喰う鳥でも見境なく、彼の居場所を知らないか尋ねていた。
それで、やっとこの場所を見つけた。彼が次の乗客を乗せる港だ。この港から出る船は同じ監視鳥の管轄になる。つまりは行先も同じ方角だ。
にやにやが止まらない。晴れた朝の空を、目玉を喰う鳥の群れが飛んでいる。この港のどこかに彼がいると思うと、走り出したい衝動に駆られるけれど、自分の船を離れるわけにはいかない。
そんなことをしたら、僕が回収人失格になって二度と彼に会えなくなってしまう。
ん? 遠くに人影が見えた。なるほど、あれが僕のこの世界最後の乗客か――。
近づいてきた僕の乗客は、異常に意志の強そうな目の二十歳そこそこの女の子だった。隣には全然雰囲気の違う、オドオドした態度の友だちを連れている。
その子が小柄でくせ毛で勝気そうなのに反して、一緒の子は背が高くてストレートヘアで気弱そうだった。
「どうして船に乗りたいの?」
いつも乗客に最初に尋ねることにしている。
「二人きりになりたい」
強い目の子がきっぱり言った。
二人きりになりたい――その要望を聞いて、二人用のキャビンに通した。
「朝食を用意しているから、カフェテリアにおいでよ」
出港して直ぐ、二人に声をかけた。二人とも小さく頷いただけだった。
名前を教えてくれなかったので、目が大きい方を無口ちゃん、背の高い方をシズカちゃんと呼ぶことにした。
カフェテリアで朝食を食べる二人を見て、僕は衝撃を受けた。
二人の間に僕の理想の愛があったんだ。
二人ともほとんど言葉を交わさないのに、何でもわかっているみたいだ。目の伏せ方とか、指先の動きだとか、そんな見逃して当然のもので全てわかり合っている。何なら暗闇でも呼吸だけで会話ができそうなくらい。
彼とこんな関係になりたい――。急にそんな思いが胸に溢れてきて自分でも制御できなくなった。認めてしまうと、それまでの僕は恋をしていた。色んな物を彼から欲しがっていたし、色んな物を彼に与えたいと思っていたけれど、その時、それを全部足しても足りない物を欲してしまった。そう、こういう静かな愛だ。
僕もいつか、彼とこうやって――。
そう思っていた時に邪魔が入った。新しい乗客だ。
仕方なく、席を立って彼らを迎え入れる。明るくお喋りな青年と年配の落ち着いた男だった。
無口ちゃんが「いとこ」と「先生」とシズカちゃんに紹介している声が聞こえた。
無口ちゃんもシズカちゃんも少し戸惑った顔をしている。
何より僕が残念だ。この船は『二人きり』になるはずのものだったのに。それに、僕は気がついていた。
無口ちゃんは後から乗ってきた二人に恋をしていること。
無口ちゃんの戸惑いは、久しぶりに会った二人の男に対する恋心を自分でも理解できないから、シズカちゃんの戸惑いは、自分以外の誰かが、無口ちゃんの心に居るのを知ってしまったから。
決心は早かった。この航海で僕は初めて人を救う、シズカちゃんを救うんだ。
そのために、さっさとこの二人の男たちには消えてもらおう。邪魔なんだ――僕の理想の愛に入り込んでくるな。
そう思った時には、男たちの飲み物に、自分の血液をほんの少し垂らしていた。
何食わぬ顔で運んで、後は不自然に見えないように少し席を外した。
あんな事になるなんて想像もしてなかった。
だって、シェアするなんて思わないだろ。二人の男が頼んだのはアイスマサラティーなんだよ。二人から初めて注文されたよ。「あなたもそれですか?」と笑い合っていた。
とにかく、あいつら空いているグラスに少しずつ取って、それを無言ちゃんとシズカちゃんにも飲ませたんだ。
決してマサラティーが珍しいと言っているわけではないよ。朝から、男二人が同時に、しかもアイスのマサラティーを頼むのが珍しいと言ってるんだ。
しかも、それぞれちゃんと一人用のグラスに入れて出したものをシェアするなんて発想、僕にはなかった。
男二人が「飲んでみなよ」と余計なことを言ったのか、無口ちゃんたちが「飲んでみたい」と気まぐれに言ったのかはわからない。
もうわかるだろ? 僕ら回収人の血は鉄を作れる。盾も刀も銃も。守る者や攻撃する対象にあった形と素材に変化させることが可能だ。
その僕の血を少しだけ与えた。回収人でなければ制御できないその道具は、彼ら自身を攻撃するだろう事は知っていた。
すっかり陸も見えなくなったデッキで、しばらく外の空気を吸った。戻って来た時、みんなが「眠い」と言っているのを聞いて、思ったより早く願いが叶いそうで小躍りした。
自我が寝入ってしまえば、後は僕の血が騒ぐ時間。苦しまず、寝てる間に自分を刺して、そのまま消えてくれれば良い。
そして僕は明日の朝まで、無口ちゃんとシズカちゃんの愛を眺めて過ごす。
僕のお手本として。胸に刻み込んで、理想とする。
「朝早くて疲れただろ。キャビンで少し休むといいよ」
そう言って四人をキャビンに促した。
――血まみれの彼らをデッキで見かけた時には驚いたよ。男二人が消えるだけで良かったのに。シズカちゃんは僕が憧れの彼を真似て、初めて救う人になるはずだったのに。
途方に暮れている僕の目に、遠く前方を進む彼の船が映った。
助けて――。そして会いたい。良く分からない感情でその船を追った。本来はもう与える心臓がない彼を止めに来たはずなのに。助けに来たはずなのに。
その時、視線を感じて振り返ると無口ちゃんが僕を見ていた。
「……ごめん」
苦しくてそれだけ言うのがやっとだった。僕はこの子と同じ気持ちを持っているから、解る。
僕が彼を失くしたら、どうなるだろう。そんな恐怖を思い描き終わる前に、無口ちゃんが首を振って言った。
「終わらせてくれて、ありがとう」
その後、無口ちゃんは無言ちゃんになってしまった。
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