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第四章 守護鳥の夢
暗闇舞台
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オゼ
もやもやする――。
回収人の話の最後、鳥を助けた少年が大人になって、回収人に伝えたこと、重要でない訳がない。
でも、時間がない。
「僕が先に降りるよ。君たちの回収人ほどではないけど、感覚は鋭いから」
そう言ってローヌが真っ先に席を立ったので、続かざるを得なかった。
来た時と同じ順番で、肩に手を置いて一列で進む。今度は回収人が一番後ろだ。
電車から降りると、今度は酒と紅茶の混じったような匂いがした。どういうことだ?
「ここが、中央広場手前だね」
さっきからそれも気になっていた。
「なあ、何で中央広場前じゃないんだ。手前ってなんだよ。大体俺たちの乗ってきた電車は誰のためのものなんだ。このとまり石を使う監視鳥は、飛んで移動するんだろ? 電車に乗ってるところなんて想像つかない」
「何で電車かは知らねえよ。たまに客でも来るんじゃないか。俺たちは神様の細胞だ。使いの鳥の考えることまで理解し切れない。ただ、ここで降りた理由ならわかる。事前酒を飲むためだ」
駄目だ、また知らない言葉だ。事前酒、言葉通りなら酒の一種だろう。だからこんなに酒臭いんだ。マモルが匂いに酔ってないか心配で声をかける。
「マモル、気持ち悪くないか? おい、回収人。それを飲まないと中央広場には入れないのか? マモルは飲めないぞ」
「紅茶もある。もう少し真っ直ぐ進め。砂利道になるから注意しろよ。転びやすそうなやつもいるしな……。足元がまた平になった場所で待て。お前らに酒と紅茶を運んでやるから」
「ずいぶん詳しいな。そこの店で働いてたのか」
回収人の短い笑い声が暗闇に響く。さっき電車で中途半端に終わられた話を聞いている時も思ったが、こいつ、本当に計算したように心地良い掠れ声だ。
声に敏感になっている今、改めてそう思う。
「店とかじゃねえよ。監視鳥に聞いたことがある、それだけだ」
足元が平になった。
「ここで、また円になって座り直しましょう」
暗闇の中で一気にリーダーにのし上がったオオミが言った。
「今、外は何時くらいだろうな」
アオチの疑問はさっきからみんなが考えていたことだ。
「えっと、四時位だね。僕も飲み物を運ぶのを手伝いに行くから君たちは絶対に動かないで。探すの大変だから」
ローヌが何てことなく言って、立ち去る気配がした。中央広場手前というくらいだから、ここから広場は直ぐか。間に合うんだろうか。そもそもその場所に行ったところで、助かる保障はない。
ただ、絶対に壊れないこの石の中で、神様に見つからず、次の世界まで運んでもらう、それにかけるだけだ。
みんな沈黙が怖いはずなのに、何も話さない。
見えるものも、聞こえるものもない空間で、自分の存在の行方が不安になり、手を伸ばしてアオチとマモルの膝に触れた。二人がその上に手を重ねてくれたことだけが、俺がここにいる証明だ。
「ほら、眼鏡から時計回りに渡していくから受け取れ。マモルは砂糖入りアイスティーだから安心しろ」
しばらくして戻ってきた回収人たちはそう言って、俺たちの輪の中央に入ると、グラスに入った飲み物を一人一人に渡し始めた。
指先に細かい模様を感じる。何となく銅色のタンブラーを思い浮かべた。
「なあ、どうして広場に入る前に酒やら紅茶やらを飲まなきゃならないんだ? また神様のルールか? それともこれに何か入ってるんじゃないだろうな」
回収人の溜息が聞こえた。こんな状況であれだが――こんな状況だからだけど、溜息まで艶めかしく嫌になる。
「どうしてそんなに疑り深いんだ。広場はここと空気の種類が違うんだ。その空気からお前たちを守る予防薬と思え」
「お薬……」
横でマモルの小さな声がした。病弱なマモルがいつもたくさんの薬を手放せなかったのは知っている。死んでからも薬を飲まされるなんてかわいそうだ。
「マモル、回収人が砂糖が入ってるって言ったろ。きっと甘くて美味しい紅茶だ。安心しろ」
「うん。兄ちゃんのお酒は何味だろうね」
やっぱり素直でかわいい。このまま広場で朝を凌げば、次の世界でまたマモルと会えるかも知れない。本当はおばさんとも――。
「全員グラスは持ったな。じゃあ飲んでくれ」
回収人の言葉を合図に、口につけたグラスを思い切って傾けた。
これって……
「ガラナの味がする」
無言ちゃんが言った。そうだ、味は完全にガラナだ。炭酸まで効いている。
「飲みやすいように調整してやったんだよ。原液じゃあとても飲めたもんじゃない」
良かった、最近は飲んでないけど俺はガラナが好きだ。これなら飲み干せそうだ。
「うる……」
突然、バサっと何かが倒れる音がした。今の声からしてウルウだ。
「おい、ウルウ大丈夫か?」
アオチが真っ先に声を上げた。
「大丈夫みたい。寝てる」
今度は無言ちゃんの声だ。
「おい、お前ウルウにも酒を出したのかよ。図体はでかいけど生まれたばかりなんだろう。少しは考えろよ」
珍しく回収人が口籠る。きっとこれは予想外だったんだろう。
「ああ……。酔って陽気になる程度かと思ってたんだ。参ったな。中央広場までは俺が背負って行くか……」
「僕が背負います」
物凄い早さでローヌが割って入ってきた。こいつの場合、自分の乗客に対する責任感ではなく、嫉妬だな。
回収人におんぶしてもらえるなら、今すぐ自分が酔ってぶっ倒れたいとでも思っているはずだ。
「ごちそうさまでした」
マモルの可愛らしい声がした。
「マモル、飲み切ったか?」
「うん、ミルクティーだった。美味しかったよ」
良かった。次の世界で回収人は回収人なんて損な役目は辞めて、飲食店でもやった方が良い。客の好みをここまで感じ取れる店、俺なら通い詰める。
「カップは端に集めておけ。時間が経つと消えるから。そろそろ中央広場に向かうぞ」
もやもやする――。
回収人の話の最後、鳥を助けた少年が大人になって、回収人に伝えたこと、重要でない訳がない。
でも、時間がない。
「僕が先に降りるよ。君たちの回収人ほどではないけど、感覚は鋭いから」
そう言ってローヌが真っ先に席を立ったので、続かざるを得なかった。
来た時と同じ順番で、肩に手を置いて一列で進む。今度は回収人が一番後ろだ。
電車から降りると、今度は酒と紅茶の混じったような匂いがした。どういうことだ?
「ここが、中央広場手前だね」
さっきからそれも気になっていた。
「なあ、何で中央広場前じゃないんだ。手前ってなんだよ。大体俺たちの乗ってきた電車は誰のためのものなんだ。このとまり石を使う監視鳥は、飛んで移動するんだろ? 電車に乗ってるところなんて想像つかない」
「何で電車かは知らねえよ。たまに客でも来るんじゃないか。俺たちは神様の細胞だ。使いの鳥の考えることまで理解し切れない。ただ、ここで降りた理由ならわかる。事前酒を飲むためだ」
駄目だ、また知らない言葉だ。事前酒、言葉通りなら酒の一種だろう。だからこんなに酒臭いんだ。マモルが匂いに酔ってないか心配で声をかける。
「マモル、気持ち悪くないか? おい、回収人。それを飲まないと中央広場には入れないのか? マモルは飲めないぞ」
「紅茶もある。もう少し真っ直ぐ進め。砂利道になるから注意しろよ。転びやすそうなやつもいるしな……。足元がまた平になった場所で待て。お前らに酒と紅茶を運んでやるから」
「ずいぶん詳しいな。そこの店で働いてたのか」
回収人の短い笑い声が暗闇に響く。さっき電車で中途半端に終わられた話を聞いている時も思ったが、こいつ、本当に計算したように心地良い掠れ声だ。
声に敏感になっている今、改めてそう思う。
「店とかじゃねえよ。監視鳥に聞いたことがある、それだけだ」
足元が平になった。
「ここで、また円になって座り直しましょう」
暗闇の中で一気にリーダーにのし上がったオオミが言った。
「今、外は何時くらいだろうな」
アオチの疑問はさっきからみんなが考えていたことだ。
「えっと、四時位だね。僕も飲み物を運ぶのを手伝いに行くから君たちは絶対に動かないで。探すの大変だから」
ローヌが何てことなく言って、立ち去る気配がした。中央広場手前というくらいだから、ここから広場は直ぐか。間に合うんだろうか。そもそもその場所に行ったところで、助かる保障はない。
ただ、絶対に壊れないこの石の中で、神様に見つからず、次の世界まで運んでもらう、それにかけるだけだ。
みんな沈黙が怖いはずなのに、何も話さない。
見えるものも、聞こえるものもない空間で、自分の存在の行方が不安になり、手を伸ばしてアオチとマモルの膝に触れた。二人がその上に手を重ねてくれたことだけが、俺がここにいる証明だ。
「ほら、眼鏡から時計回りに渡していくから受け取れ。マモルは砂糖入りアイスティーだから安心しろ」
しばらくして戻ってきた回収人たちはそう言って、俺たちの輪の中央に入ると、グラスに入った飲み物を一人一人に渡し始めた。
指先に細かい模様を感じる。何となく銅色のタンブラーを思い浮かべた。
「なあ、どうして広場に入る前に酒やら紅茶やらを飲まなきゃならないんだ? また神様のルールか? それともこれに何か入ってるんじゃないだろうな」
回収人の溜息が聞こえた。こんな状況であれだが――こんな状況だからだけど、溜息まで艶めかしく嫌になる。
「どうしてそんなに疑り深いんだ。広場はここと空気の種類が違うんだ。その空気からお前たちを守る予防薬と思え」
「お薬……」
横でマモルの小さな声がした。病弱なマモルがいつもたくさんの薬を手放せなかったのは知っている。死んでからも薬を飲まされるなんてかわいそうだ。
「マモル、回収人が砂糖が入ってるって言ったろ。きっと甘くて美味しい紅茶だ。安心しろ」
「うん。兄ちゃんのお酒は何味だろうね」
やっぱり素直でかわいい。このまま広場で朝を凌げば、次の世界でまたマモルと会えるかも知れない。本当はおばさんとも――。
「全員グラスは持ったな。じゃあ飲んでくれ」
回収人の言葉を合図に、口につけたグラスを思い切って傾けた。
これって……
「ガラナの味がする」
無言ちゃんが言った。そうだ、味は完全にガラナだ。炭酸まで効いている。
「飲みやすいように調整してやったんだよ。原液じゃあとても飲めたもんじゃない」
良かった、最近は飲んでないけど俺はガラナが好きだ。これなら飲み干せそうだ。
「うる……」
突然、バサっと何かが倒れる音がした。今の声からしてウルウだ。
「おい、ウルウ大丈夫か?」
アオチが真っ先に声を上げた。
「大丈夫みたい。寝てる」
今度は無言ちゃんの声だ。
「おい、お前ウルウにも酒を出したのかよ。図体はでかいけど生まれたばかりなんだろう。少しは考えろよ」
珍しく回収人が口籠る。きっとこれは予想外だったんだろう。
「ああ……。酔って陽気になる程度かと思ってたんだ。参ったな。中央広場までは俺が背負って行くか……」
「僕が背負います」
物凄い早さでローヌが割って入ってきた。こいつの場合、自分の乗客に対する責任感ではなく、嫉妬だな。
回収人におんぶしてもらえるなら、今すぐ自分が酔ってぶっ倒れたいとでも思っているはずだ。
「ごちそうさまでした」
マモルの可愛らしい声がした。
「マモル、飲み切ったか?」
「うん、ミルクティーだった。美味しかったよ」
良かった。次の世界で回収人は回収人なんて損な役目は辞めて、飲食店でもやった方が良い。客の好みをここまで感じ取れる店、俺なら通い詰める。
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