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第二章 選別の船
逆さまの島
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オオミ
まずい、オゼさんだけ呼んでしまった。
その横に並んでいたローヌさんとウルウが同時に寂しそうな顔をした。
「ウルウとローヌさんも、こっちに来てください!」
今度は二人同時に嬉しそうな顔になる。ウルウは本来表情が乏しくても仕方ない造形なのに、オーバーな目と口の動きで異常にわかりやすいし、元々表情豊かなローヌさんはニコニコして手を振っている。三人も人を殺している疑惑は払拭されていないけど、少し気の毒にも思った。
オゼさんと目を合わせて、三人で雨に打たれながらこちらに歩いてくる姿は平和そのものだ。
というか、オゼさんとローヌさんはいつからあんなに仲良くなったんだろう。お互い僕なんかよりずっと以前から一緒に過ごしているようにわかり合ってる感じがする。大丈夫なのか?
「凄い景色だな。お前、あれが何か聞いたか?」
「へ?」
近づいて来たオゼさんの長い前髪から見える片目が、異常に美しく濡れていて、ついぼんやりしていた。自分の先輩に対して気持ち悪い。
「あの島の雷だよ。一足先に選択されたやつらが雷の中にまとめられて、光の中で明日の朝を待つんだって」
オゼさんの声が違う人のものみたいに感じた。少し前までは、いつも自分の世界に籠っている人だったのに。今は冷たい声の中に、冬に飲むホットドリンクみたいな優しさが混じって、もっと話して欲しいとお願いしそうになる。
「あっ、ああ、回収人さんに聞きました。明日の僕たちは――どうなっているんだろうってアオチさんと話していました」
島に釘付けだったアオチさんがこちらを向いた。普段からかっこいいが、夕陽の造る陰影で余計にかっこよく見える。アオチさんはいくら格好良くても現実味があるところが好きだ。
触れなくても手が届くのがわかる。オゼさんはいつも消えてしまいそうで心配だけれど。
「オゼさん、必ず三人で新しい世界に行きましょうね」
頷いてくれたのだろうか? その時、島が割れたような大きな音がして、ついそちらを向いてしまったので、わからなかった。
「二人とも気をつけろよ。今の雷はこれまでの比じゃない。ローヌはウルウを守ってろ。カオリさんは無言ちゃんと一緒か? おい、無言ちゃん、そこから動くなよ! オオミ、マモルくんはどこだ?」
「アオチさん、落ち着いてください。僕らはまだ大丈夫ですよ。マモルくんはアオチさんの足元です。それに僕らには回収人さんがいるから安心です」
何故かそう言い切ることができた。船首に立つ回収人さんの背中を見る。この人はさっきから島にも雷にも全く関心がないようだ。
弓みたいな銃を脇に抱えて、空を見上げる姿が頼もしい。
この人が鳥の方に注意を払っている間は、僕たちの船に雷が落ちる事も、誤って早めに新しい世界に連れていかれることもない。
「それもそうだな。なあ、俺たちは明日の朝、三人そろって雷の中にいような。ローヌ、そっちの船はそれ以上死人を出すなよ。無言ちゃんとウルウを連れて新しい世界に行くんだ。一人しか連れて行けないとか、誰かの作ったルールなんて知らねえよ。どさくさに紛れて破ってしまえ。それが罪になるなら、ルールを作ったやつの方をこっちの世界に置いていけばいい」
アオチさんの言葉に反応して、オゼさんが僕たち二人を交互に見た。
「俺は――さっきまではごめん。こっちの世界に残りたいなんて言って。今はお前たちとずっと一緒にいたい、本当にそう思ってる」
良かった、考え直してくれたんだ。ローヌさんに何か言われたのだろうか。二人はさっき、僕たちより遅れて船から出てきた。
「僕だって、無言ちゃんとウルウを連れて行きたい気持ちは同じだよ。いや、僕が一番強く願っている。さあ、島の周りの船が持ち上がり始めたよ。明日の予習だ、見逃さないで」
ローヌさんが島の上空を指さした。
「え……」
雷光が空に途中の状態で止まっていた。歪な刀のような形のまま、空を切り裂きかけて逆に固定されてしまったみたいだ。青白い光を纏って、少しも動かない。何かを待っているのか――。
直ぐに待っていたものは判明した。島の周囲を漂っていた船たちが雷光を目指して浮き上がり始めたのだ。さっきまで、遠すぎてかろうじて船の形をしていると思っていたものが次々と、一つずつ浮き上がって行く。外観にも個性があるはずの船が全て白っぽく見えて、それは雷の光に近づくほど青と金と銀の間を彷徨う不思議な色に染まる。
「二列に並んでえらいね」
突然マモルくんが言った。
「二列……ああ、確かに」
僕が見ている船の連なりを追いかけて、同じような船の列が海から空を目指していた。
「仲の良い蛇みたいだな」
アオチさんも空に向かう長い線路のような船の群れを、活き活きした顔で見上げている。そうだ、うねりながら登って行く様は白い蛇にも見えて、縁起が良さそうだ。
「あれ?」
一瞬自分の目がおかしいのかと思って、瞬きをしてから見直してみたが、間違えない。
「二つの蛇がつながってる……」
「気がついちゃった? あれが君が僕の船にかけたのと同じ梯子だよ。二つの船が横並びに連なっている。アオチくんが妙な正義感を出してくれたおかげで僕らは既につながっているけどね。本来は最期の最後のタイミングでつながるものなんだ」
ローヌさんの言葉にアオチさんが慌てた様子で首を振って、水滴を振りまいた。確かにあの時、アオチさんが騒いだりしなければ、僕も梯子を探すフリはしなかったけど……
「本当はこのタイミングなんだな。それなのに俺があんたの船に渡ろうとして勝手に梯子をかけてしまった……なあ、それ、何か支障があるのか?」
何も悪くない、真っ直ぐなアオチさんがかわいそうだ。ローヌさん、どうか『何でもない』と言って。
「うーん、あると言えばあるね。いや、かなりある。君が梯子をこんなに早くにかけてしまったおかげで、僕たちの船は次の世界でも絡み合ってしまう。正常に――つまり今僕たちの見ている通りつながった船は、次の世界でほどけて、まず出会うことはない。でもつながり合う時間の長かった僕たちはまた必ず交差してまうよ」
静かに口元を緩めながら話すローヌさんの声は、とても嬉しそうだ。この人には数えきれないパターンの微笑みがあって翻弄される。
「――でも、まあ、ウルウと無言ちゃんに次の世界でも会えるなら、僕はむしろ嬉しいくらいです」
アオチさんを励ますため、そして本心から明るく言った。
「君たちもそう思ってくれて良かった。実は僕も彼――君たちの回収人から離れられなくなった。対になったってことだ。この世界はもちろん、これからの世界でも、僕らの船は並走し続ける。ああ、君たちに感謝するよ。これは僕がずっと望んでいたことなんだ。これからは僕がずっと彼を支えてあげられる。彼には怒られてしまうけれど」
ローヌさんの悲しい笑い顔が少し暮れてきた夕闇に溶けて行きそうだ。ああ、また笑顔の種類が変わる。
「あなたはどうして――」
海の底から鳴り響いた雷に、僕の声がかき消された。
まずい、オゼさんだけ呼んでしまった。
その横に並んでいたローヌさんとウルウが同時に寂しそうな顔をした。
「ウルウとローヌさんも、こっちに来てください!」
今度は二人同時に嬉しそうな顔になる。ウルウは本来表情が乏しくても仕方ない造形なのに、オーバーな目と口の動きで異常にわかりやすいし、元々表情豊かなローヌさんはニコニコして手を振っている。三人も人を殺している疑惑は払拭されていないけど、少し気の毒にも思った。
オゼさんと目を合わせて、三人で雨に打たれながらこちらに歩いてくる姿は平和そのものだ。
というか、オゼさんとローヌさんはいつからあんなに仲良くなったんだろう。お互い僕なんかよりずっと以前から一緒に過ごしているようにわかり合ってる感じがする。大丈夫なのか?
「凄い景色だな。お前、あれが何か聞いたか?」
「へ?」
近づいて来たオゼさんの長い前髪から見える片目が、異常に美しく濡れていて、ついぼんやりしていた。自分の先輩に対して気持ち悪い。
「あの島の雷だよ。一足先に選択されたやつらが雷の中にまとめられて、光の中で明日の朝を待つんだって」
オゼさんの声が違う人のものみたいに感じた。少し前までは、いつも自分の世界に籠っている人だったのに。今は冷たい声の中に、冬に飲むホットドリンクみたいな優しさが混じって、もっと話して欲しいとお願いしそうになる。
「あっ、ああ、回収人さんに聞きました。明日の僕たちは――どうなっているんだろうってアオチさんと話していました」
島に釘付けだったアオチさんがこちらを向いた。普段からかっこいいが、夕陽の造る陰影で余計にかっこよく見える。アオチさんはいくら格好良くても現実味があるところが好きだ。
触れなくても手が届くのがわかる。オゼさんはいつも消えてしまいそうで心配だけれど。
「オゼさん、必ず三人で新しい世界に行きましょうね」
頷いてくれたのだろうか? その時、島が割れたような大きな音がして、ついそちらを向いてしまったので、わからなかった。
「二人とも気をつけろよ。今の雷はこれまでの比じゃない。ローヌはウルウを守ってろ。カオリさんは無言ちゃんと一緒か? おい、無言ちゃん、そこから動くなよ! オオミ、マモルくんはどこだ?」
「アオチさん、落ち着いてください。僕らはまだ大丈夫ですよ。マモルくんはアオチさんの足元です。それに僕らには回収人さんがいるから安心です」
何故かそう言い切ることができた。船首に立つ回収人さんの背中を見る。この人はさっきから島にも雷にも全く関心がないようだ。
弓みたいな銃を脇に抱えて、空を見上げる姿が頼もしい。
この人が鳥の方に注意を払っている間は、僕たちの船に雷が落ちる事も、誤って早めに新しい世界に連れていかれることもない。
「それもそうだな。なあ、俺たちは明日の朝、三人そろって雷の中にいような。ローヌ、そっちの船はそれ以上死人を出すなよ。無言ちゃんとウルウを連れて新しい世界に行くんだ。一人しか連れて行けないとか、誰かの作ったルールなんて知らねえよ。どさくさに紛れて破ってしまえ。それが罪になるなら、ルールを作ったやつの方をこっちの世界に置いていけばいい」
アオチさんの言葉に反応して、オゼさんが僕たち二人を交互に見た。
「俺は――さっきまではごめん。こっちの世界に残りたいなんて言って。今はお前たちとずっと一緒にいたい、本当にそう思ってる」
良かった、考え直してくれたんだ。ローヌさんに何か言われたのだろうか。二人はさっき、僕たちより遅れて船から出てきた。
「僕だって、無言ちゃんとウルウを連れて行きたい気持ちは同じだよ。いや、僕が一番強く願っている。さあ、島の周りの船が持ち上がり始めたよ。明日の予習だ、見逃さないで」
ローヌさんが島の上空を指さした。
「え……」
雷光が空に途中の状態で止まっていた。歪な刀のような形のまま、空を切り裂きかけて逆に固定されてしまったみたいだ。青白い光を纏って、少しも動かない。何かを待っているのか――。
直ぐに待っていたものは判明した。島の周囲を漂っていた船たちが雷光を目指して浮き上がり始めたのだ。さっきまで、遠すぎてかろうじて船の形をしていると思っていたものが次々と、一つずつ浮き上がって行く。外観にも個性があるはずの船が全て白っぽく見えて、それは雷の光に近づくほど青と金と銀の間を彷徨う不思議な色に染まる。
「二列に並んでえらいね」
突然マモルくんが言った。
「二列……ああ、確かに」
僕が見ている船の連なりを追いかけて、同じような船の列が海から空を目指していた。
「仲の良い蛇みたいだな」
アオチさんも空に向かう長い線路のような船の群れを、活き活きした顔で見上げている。そうだ、うねりながら登って行く様は白い蛇にも見えて、縁起が良さそうだ。
「あれ?」
一瞬自分の目がおかしいのかと思って、瞬きをしてから見直してみたが、間違えない。
「二つの蛇がつながってる……」
「気がついちゃった? あれが君が僕の船にかけたのと同じ梯子だよ。二つの船が横並びに連なっている。アオチくんが妙な正義感を出してくれたおかげで僕らは既につながっているけどね。本来は最期の最後のタイミングでつながるものなんだ」
ローヌさんの言葉にアオチさんが慌てた様子で首を振って、水滴を振りまいた。確かにあの時、アオチさんが騒いだりしなければ、僕も梯子を探すフリはしなかったけど……
「本当はこのタイミングなんだな。それなのに俺があんたの船に渡ろうとして勝手に梯子をかけてしまった……なあ、それ、何か支障があるのか?」
何も悪くない、真っ直ぐなアオチさんがかわいそうだ。ローヌさん、どうか『何でもない』と言って。
「うーん、あると言えばあるね。いや、かなりある。君が梯子をこんなに早くにかけてしまったおかげで、僕たちの船は次の世界でも絡み合ってしまう。正常に――つまり今僕たちの見ている通りつながった船は、次の世界でほどけて、まず出会うことはない。でもつながり合う時間の長かった僕たちはまた必ず交差してまうよ」
静かに口元を緩めながら話すローヌさんの声は、とても嬉しそうだ。この人には数えきれないパターンの微笑みがあって翻弄される。
「――でも、まあ、ウルウと無言ちゃんに次の世界でも会えるなら、僕はむしろ嬉しいくらいです」
アオチさんを励ますため、そして本心から明るく言った。
「君たちもそう思ってくれて良かった。実は僕も彼――君たちの回収人から離れられなくなった。対になったってことだ。この世界はもちろん、これからの世界でも、僕らの船は並走し続ける。ああ、君たちに感謝するよ。これは僕がずっと望んでいたことなんだ。これからは僕がずっと彼を支えてあげられる。彼には怒られてしまうけれど」
ローヌさんの悲しい笑い顔が少し暮れてきた夕闇に溶けて行きそうだ。ああ、また笑顔の種類が変わる。
「あなたはどうして――」
海の底から鳴り響いた雷に、僕の声がかき消された。
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