鳥に追われる

白木

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第二章 選別の船

わたしの殺したもの

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オゼ


「ローヌ、お前どうやって上がって来た」

 アオチが俺たちを庇うようにそいつの前に立った。

 こいつがあっちの船の回収人か。初めて近くで見た。

 思ってたよりきれいだ。水に濡れているせいだろうか。それに何だか、とても懐かしい。本当にこれが人殺しなのか? 何か間違えている気がする――。

「もう少しで嵐がくる。だから、這い上がってきた」

 優しい声をしていた。

「自力で上がってこれるのに、今まで船に引きずられていたのか。何考えてんだよ」

 アオチはこいつを完全に殺人者と信じて疑っていない。本当のところはどうなんだ……。

「だって君たちの回収人、僕のこと怒ってただろ、ねえ、君たち取り持ってよ。その前に――君と君ははじめましてだね」

 そう言って俺とマモルの方に向き直って、手を伸ばす。細くてきれいな指だ。この手で三人も惨殺したのか?

「汚い手を伸ばしてくるなよ」

 アオチが払ってしまったので、触れることができなかった。

「きれいな手をしてるな」

 つい口に出してしまう。

「何言ってるんだ、お前。人殺しの手だぞ」

「いや、その、鎖だか縄だか知らないけど、手繰り寄せて船に上がってきたんだろ? その割に傷一つないなと思って……」

「……まあ、そうだな。回収人っていう人種は馬鹿力で傷の治りが早いんだろ」

 貝殻のようなそいつの爪から目を逸らし、マモルを見た。オオミが強く手をつないでいるが、怖がっている様子はない。

「おじちゃん、大丈夫?」

 マモルが心配そうに尋ねる。ローヌというやつが笑って答えた。

「心配してくれるのかい、ありがとう。でも僕もお兄さんと呼ばれたかったな」

 声質のせいなのか、歌うように滑らかにしゃべるせいなのか、全然ずうずうしく聞こえない。マモルも気まずくなったのかもじもじしてかわいい。

「あのね、おじちゃ……お兄さん、ウルウを連れて行かないで」 

 そうだ、ウルウはどこに行った。あいつは元々ローヌの船の客だ。連れ帰りに来たのかも知れない。

「そうだね……。そこに隠れてるんだろ? ソンタ」

 思い出したようにローヌはそう言いながら娯楽室のソファへ歩き出した。目の前を通り抜けた時、晴れた夕方の空から降る匂いがした。――いや、匂いではなく、本当に空気が入れ替わった。

「ソンタ? ウルウのことか? おい、ウルウに何かしたら――」

 慌てて後を追うアオチに続いて、俺もソファの裏をのぞいた。

「うるう…………」

 そこにウルウが俺のかけてやったひざ掛けで身体をくるみ、頭をカラフルになったTシャツで隠してしゃがみ込んでいた。布越しにも震えているのがわかる。アオチがその上からウルウを抱き、ローヌを睨みつけた。

「君たちはウルウって呼んでるのか。大丈夫だよ、この子は。今のところね」

「今のところ、ってなんだよ」

 アオチが低く言って、ますます強くウルウを抱きしめた。

ローヌが悲しい溜息をつく。

「僕にもわからないんだよ。甲板にいたあの女なら知っているのかもね。ねえ、君たちの回収人は伝えているの? この世界では今、たくさんの船がそれぞれの故郷に向かっているけれど、次の世界に行く時、乗っている客はいつも一人だけなこと」

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