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第二章 選別の船
本当の人殺し
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アオチ
こっちの船は俺たちのより更に非現実的だった。
俺たちのはクラシカルで洒落た内装だったが、こちらは良く言えば近未来的だ。悪く言うと無機質な銀色で統一されていて不気味だ。海に浮くのではなく空に浮く船と言われた方が納得するかも知れない。
その硬く冷たい床に、白い服装の男がうつ伏せで倒れていた。
さっき、回収人が乱暴に床に放り投げた姿勢のまま、ピクリとも動かない。死んでしまったのだろうか。
駆け寄って膝をつく。取りあえず肩と腰に手を当て、仰向けにしてみた。背丈から想像していなかった軽さで天井を向いたそいつの青白い顔を見て、自分の心臓が一回大きく血を送り出したのを感じた。
「おい、生きてるか」
男は目を閉じたまま、何も反応しない。口元を見ても、胸元を見ても呼吸をしているのかさえ分からない。こういう時はどうしたら良いんだろう。グラグラ揺らすのも駄目だろうが、医療の知識は全くだ。――そうだ、脈を確かめれば良いのか?
そっと、白い首筋に指を当てた。どの辺で触れるんだ? はっきりしないのでどんどん指を這わせた。
「くすぐったい」
「え?」
突然目の前の顔が子どものように笑って、俺の中の緊張がほどけた。
「良かった、無事だったんだ」
そいつの笑顔が急に消え、機械的な言葉で俺にこう言った。
「僕なら迷わず君を選んだのに」
昼間の光が刺し、そいつの灰色の目を照らす。回収人に良く似た、海を覗いている気分にさせる目だ。
「何……言ってるんだ? 頭でも打ったか? 少し休むか? そうだ、この船の医務室はどこだ」
平静を装うため立ち上がろうとした俺の腕を、男が掴んで引き留めた。
「今言ったことは秘密にして。今度こそ彼に殺される」
「彼って、回収人か。大体なんでこんな事になったんだ。お前が船をぶつけてきたからか?」
またそいつが人懐っこい顔に戻る。表情を変える度、目元にできるシワが魅力的だ。
「ぶつけたから怒られたんじゃなくて、梯子を渡そうとしたから怒られたんだよ」
「梯子って、船と船を繋ぐ梯子か? それなら俺の後輩が向こうから渡したぞ。だから俺がここに来れたんだ」
「君、その後輩好きかい?」
そいつが上半身を勢い良く起こしながら聞いた。何だ、動きも質問もいきなり。死んでるなんて思って損をした。
「当たり前だ」
「じゃあ、梯子は君が渡したことにしておきなよ。さ、外に出よう」
さっきまで首を絞められ気絶していたのが嘘のような軽やかさでそいつは立ち上がった。と、感心した瞬間、思いっきりよろけて反射的に支える。
「無理するな、一緒に出よう」
甲板に出ると、まず回収人の広い背中が目の前にあったが、それを避けて、隣の船のオオミを探した。直ぐに目が合う。良かった。まだ「僕が梯子をかけました」なんて言ってないみたいだ。
もちろん、そんな事を口走ったら「俺がやった」と言い直してやる。何故だかわからないがそれが回収人の逆鱗に触れるなら、絶対俺がやったことにしなくては。
オオミは俺の隣でまだしっかり立っていられない男を睨んでいる。どうしたんだ? 勘の良いあいつが何か不穏なものを感じ取ったのだろうか。こいつがどうかしたか? ふと、怖くなって自分の抱えている男の顔を覗く。
ところが、俺がそいつの表情を確認する前に回収人が胸ぐらをつかんで持ち上げてしまった。まずい、まだ全然怒りが収まっていない。梯子ごときでこんなに怒るか、普通。
「のこのこ出て来るんじゃねえよ、死にぞこないが」
顔を近づけて凄む様子は震えるほど怖いが、また首を絞めたりし出す前に仲裁に入らなくては。
「おい、止めろよ――」
回収人の次の言葉に身体が動かなくなった。
「止めねえよ。人殺しをウロウロさせていたら危ねえだろう」
こっちの船は俺たちのより更に非現実的だった。
俺たちのはクラシカルで洒落た内装だったが、こちらは良く言えば近未来的だ。悪く言うと無機質な銀色で統一されていて不気味だ。海に浮くのではなく空に浮く船と言われた方が納得するかも知れない。
その硬く冷たい床に、白い服装の男がうつ伏せで倒れていた。
さっき、回収人が乱暴に床に放り投げた姿勢のまま、ピクリとも動かない。死んでしまったのだろうか。
駆け寄って膝をつく。取りあえず肩と腰に手を当て、仰向けにしてみた。背丈から想像していなかった軽さで天井を向いたそいつの青白い顔を見て、自分の心臓が一回大きく血を送り出したのを感じた。
「おい、生きてるか」
男は目を閉じたまま、何も反応しない。口元を見ても、胸元を見ても呼吸をしているのかさえ分からない。こういう時はどうしたら良いんだろう。グラグラ揺らすのも駄目だろうが、医療の知識は全くだ。――そうだ、脈を確かめれば良いのか?
そっと、白い首筋に指を当てた。どの辺で触れるんだ? はっきりしないのでどんどん指を這わせた。
「くすぐったい」
「え?」
突然目の前の顔が子どものように笑って、俺の中の緊張がほどけた。
「良かった、無事だったんだ」
そいつの笑顔が急に消え、機械的な言葉で俺にこう言った。
「僕なら迷わず君を選んだのに」
昼間の光が刺し、そいつの灰色の目を照らす。回収人に良く似た、海を覗いている気分にさせる目だ。
「何……言ってるんだ? 頭でも打ったか? 少し休むか? そうだ、この船の医務室はどこだ」
平静を装うため立ち上がろうとした俺の腕を、男が掴んで引き留めた。
「今言ったことは秘密にして。今度こそ彼に殺される」
「彼って、回収人か。大体なんでこんな事になったんだ。お前が船をぶつけてきたからか?」
またそいつが人懐っこい顔に戻る。表情を変える度、目元にできるシワが魅力的だ。
「ぶつけたから怒られたんじゃなくて、梯子を渡そうとしたから怒られたんだよ」
「梯子って、船と船を繋ぐ梯子か? それなら俺の後輩が向こうから渡したぞ。だから俺がここに来れたんだ」
「君、その後輩好きかい?」
そいつが上半身を勢い良く起こしながら聞いた。何だ、動きも質問もいきなり。死んでるなんて思って損をした。
「当たり前だ」
「じゃあ、梯子は君が渡したことにしておきなよ。さ、外に出よう」
さっきまで首を絞められ気絶していたのが嘘のような軽やかさでそいつは立ち上がった。と、感心した瞬間、思いっきりよろけて反射的に支える。
「無理するな、一緒に出よう」
甲板に出ると、まず回収人の広い背中が目の前にあったが、それを避けて、隣の船のオオミを探した。直ぐに目が合う。良かった。まだ「僕が梯子をかけました」なんて言ってないみたいだ。
もちろん、そんな事を口走ったら「俺がやった」と言い直してやる。何故だかわからないがそれが回収人の逆鱗に触れるなら、絶対俺がやったことにしなくては。
オオミは俺の隣でまだしっかり立っていられない男を睨んでいる。どうしたんだ? 勘の良いあいつが何か不穏なものを感じ取ったのだろうか。こいつがどうかしたか? ふと、怖くなって自分の抱えている男の顔を覗く。
ところが、俺がそいつの表情を確認する前に回収人が胸ぐらをつかんで持ち上げてしまった。まずい、まだ全然怒りが収まっていない。梯子ごときでこんなに怒るか、普通。
「のこのこ出て来るんじゃねえよ、死にぞこないが」
顔を近づけて凄む様子は震えるほど怖いが、また首を絞めたりし出す前に仲裁に入らなくては。
「おい、止めろよ――」
回収人の次の言葉に身体が動かなくなった。
「止めねえよ。人殺しをウロウロさせていたら危ねえだろう」
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