鳥に追われる

白木

文字の大きさ
上 下
29 / 94
第二章 選別の船

人殺しの船

しおりを挟む
オオミ


「アオチさん、あれ、見えてますか」

 まずそれを確認した。僕の見ているものが現実に起きていることなのか、確かめたかった。

 船を大きく揺らした衝撃の原因を確かめに、全員が――死人のマモルくんとカオリさんも含めて、甲板に出ていた。風が強い。

「見えてるよ――血だらけの女と、血だらけの三つの死体が」

 僕たちの船の側面に衝突した船が真横を並走している。

 さっきのはこれにぶつけられた音か。

 問題は向こうの甲板で起きていることだ。端的に言うと、アオチさんの言った通りだ。

 まず白っぽい服の女の人が体育座りをしている。その服が血まみれなのはもちろん、横顔にも血が滴っていた。膝の上に乗せた両手に顔を埋めているので、目元しか見えない。大きく鋭い目で波を見ている。そう、甲板に転がる死体でも僕たちでもなく、波を見ている。

 その手に握られている物も異様だった。

 三十センチほどの刃物だ。それが僕の知っている物と様子が違う。柄の部分が無いのだ。もっと近寄ればその形状がわかるはずだが、ここからはそれ以外は何とも言えない。かなり強く握っているようだが、手がちぎれそうでも、痛そうでもない。麻痺しているのか?

 その周囲の死体に目を移す。直視はしたくない。勇気を振り絞って薄目で確認した。女の人の一メートル四方に三人転がっている。

二人は背中を向けているが髪型や体格で男女だと解った。もう一人は仰向けの男だ。怖くて顔は良く見れない。湿った甲板に流れる血は気持ち悪くないのに、死体の顔がほんの少し目の端に映っただけで変な汗が吹き出した。視線を自分の船のみんなに戻す。

 一番遠くにオゼさんの横顔があった。真っ直ぐ刃物の女を見ている。真剣な顔は何かを思い出そうとしているみたいだ。知っているのか? この殺人者を。オゼさんの足にすがりつくようにマモルくんが顔を埋めている。明かりを集めて光る、子ども特有のつやつやの髪を、オゼさんが落ち着かせるように撫でている。

 その横にいるカオリさんに一瞬ぎょっとした。何も恐ろしい形相をしていたとか、場違いに笑っていたとかではない。

無表情だったのだ。ただ一つ、軽い溜息をついただけだった。死人には怖いものがないのか?

 回収人さんはどこにいるんだろう。この船を動かしている張本人のくせに、体当たりされて黙っているのか? 殺人者程度でビビるなんて考えられない。

「なあ、ちょっとあれ、まずくないか」

 アオチさんが身を乗りだして低い声で言った。

「あっちの船のブリッジですか? 窓が反射して良く見えないんです――え??」

 回収人さんがブリッジの中にいる。いつの間に……。

それも驚きだが、それ以上に何やってんだあの人。誰かともみ合っている。

 しばらく目を凝らしていると、同じくらいの背丈の男の人の首を後ろから抱え込んで絞めつけているのがわかった。

「止めてください! 死んじゃいますよ!」

「こんな所から叫んだって、聞こえるわけないだろ。どうにかあっちに行けないだろうか」

 アオチさんが隣の船に飛び移れそうな場所を探しながら走り出した。

 オゼさんも異変に気がついてマモルくんをカオリさんへ預けて動き出す。

「あ!」

 その時、回収人さんが首を絞めていた男の力が抜け落ちて、静かに床に沈み込むのを見た。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ガイアセイバーズ spin-off -T大理学部生の波乱-

独楽 悠
青春
優秀な若い頭脳が集う都内の旧帝大へ、新入生として足を踏み入れた川崎 諒。 国内最高峰の大学に入学したものの、目的も展望もあまり描けておらずモチベーションが冷めていたが、入学式で式場中の注目を集める美青年・髙城 蒼矢と鮮烈な出会いをする。 席が隣のよしみで言葉を交わす機会を得たが、それだけに留まらず、同じく意気投合した沖本 啓介をはじめクラスメイトの理学部生たちも巻き込んで、目立ち過ぎる蒼矢にまつわるひと騒動に巻き込まれていく―― およそ1年半前の大学入学当初、蒼矢と川崎&沖本との出会いを、川崎視点で追った話。 ※大学生の日常ものです。ヒーロー要素、ファンタジー要素はありません。 ◆更新日時・間隔…2023/7/28から、20:40に毎日更新(第2話以降は1ページずつ更新) ◆注意事項 ・ナンバリング作品群『ガイアセイバーズ』のスピンオフ作品になります。 時系列はメインストーリーから1年半ほど過去の話になります。 ・作品群『ガイアセイバーズ』のいち作品となりますが、メインテーマであるヒーロー要素,ファンタジー要素はありません。また、他作品との関連性はほぼありません。 他作からの予備知識が無くても今作単体でお楽しみ頂けますが、他ナンバリング作品へお目通し頂けていますとより詳細な背景をご理頂いた上でお読み頂けます。 ・年齢制限指定はありません。他作品はあらかた年齢制限有ですので、お読みの際はご注意下さい。

僕の目の前の魔法少女がつかまえられません!

兵藤晴佳
ライト文芸
「ああ、君、魔法使いだったんだっけ?」というのが結構当たり前になっている日本で、その割合が他所より多い所に引っ越してきた佐々四十三(さっさ しとみ)17歳。  ところ変われば品も水も変わるもので、魔法使いたちとの付き合い方もちょっと違う。  不思議な力を持っているけど、デリケートにできていて、しかも妙にプライドが高い人々は、独自の文化と学校生活を持っていた。  魔法高校と普通高校の間には、見えない溝がある。それを埋めようと努力する人々もいるというのに、表に出てこない人々の心ない行動は、危機のレベルをどんどん上げていく……。 (『小説家になろう』様『魔法少女が学園探偵の相棒になります!』、『カクヨム』様の同名小説との重複掲載です)

よくできた"妻"でして

真鳥カノ
ライト文芸
ある日突然、妻が亡くなった。 単身赴任先で妻の訃報を聞いた主人公は、帰り着いた我が家で、妻の重大な秘密と遭遇する。 久しぶりに我が家に戻った主人公を待ち受けていたものとは……!? ※こちらの作品はエブリスタにも掲載しております。

一か月ちょっとの願い

full moon
ライト文芸
【第8位獲得】心温まる、涙の物語。 大切な人が居なくなる前に、ちゃんと愛してください。 〈あらすじ〉 今まで、かかあ天下そのものだった妻との関係がある時を境に変わった。家具や食器の場所を夫に教えて、いかにも、もう家を出ますと言わんばかり。夫を捨てて新しい良い人のもとへと行ってしまうのか。 人の温かさを感じるミステリー小説です。 これはバッドエンドか、ハッピーエンドか。皆さんはどう思いますか。 <一言> 世にも奇妙な物語の脚本を書きたい。

もう一度『初めまして』から始めよう

シェリンカ
ライト文芸
『黄昏刻の夢うてな』ep.0 WAKANA 母の再婚を機に、長年会っていなかった父と暮らすと決めた和奏(わかな) しかし芸術家で田舎暮らしの父は、かなり変わった人物で…… 新しい生活に不安を覚えていたところ、とある『不思議な場所』の話を聞く 興味本位に向かった場所で、『椿(つばき)』という同い年の少女と出会い、ようやくその土地での暮らしに慣れ始めるが、実は彼女は…… ごく平凡を自負する少女――和奏が、自分自身と家族を見つめ直す、少し不思議な成長物語

君が大地(フィールド)に立てるなら〜白血病患者の為に、ドナーの思いを〜

長岡更紗
ライト文芸
独身の頃、なんとなくやってみた骨髄のドナー登録。 それから六年。結婚して所帯を持った今、適合通知がやってくる。 骨髄を提供する気満々の主人公晃と、晃の体を心配して反対する妻の美乃梨。 ドナー登録ってどんなのだろう? ドナーってどんなことをするんだろう? どんなリスクがあるんだろう? 少しでも興味がある方は、是非、覗いてみてください。 小説家になろうにも投稿予定です。

古屋さんバイト辞めるって

四宮 あか
ライト文芸
ライト文芸大賞で奨励賞いただきました~。 読んでくださりありがとうございました。 「古屋さんバイト辞めるって」  おしゃれで、明るくて、話しも面白くて、仕事もすぐに覚えた。これからバイトの中心人物にだんだんなっていくのかな? と思った古屋さんはバイトをやめるらしい。  学部は違うけれど同じ大学に通っているからって理由で、石井ミクは古屋さんにバイトを辞めないように説得してと店長に頼まれてしまった。  バイト先でちょろっとしか話したことがないのに、辞めないように説得を頼まれたことで困ってしまった私は……  こういう嫌なタイプが貴方の職場にもいることがあるのではないでしょうか? 表紙の画像はフリー素材サイトの https://activephotostyle.biz/さまからお借りしました。

処理中です...