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第二章 選別の船
人殺しの船
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オオミ
「アオチさん、あれ、見えてますか」
まずそれを確認した。僕の見ているものが現実に起きていることなのか、確かめたかった。
船を大きく揺らした衝撃の原因を確かめに、全員が――死人のマモルくんとカオリさんも含めて、甲板に出ていた。風が強い。
「見えてるよ――血だらけの女と、血だらけの三つの死体が」
僕たちの船の側面に衝突した船が真横を並走している。
さっきのはこれにぶつけられた音か。
問題は向こうの甲板で起きていることだ。端的に言うと、アオチさんの言った通りだ。
まず白っぽい服の女の人が体育座りをしている。その服が血まみれなのはもちろん、横顔にも血が滴っていた。膝の上に乗せた両手に顔を埋めているので、目元しか見えない。大きく鋭い目で波を見ている。そう、甲板に転がる死体でも僕たちでもなく、波を見ている。
その手に握られている物も異様だった。
三十センチほどの刃物だ。それが僕の知っている物と様子が違う。柄の部分が無いのだ。もっと近寄ればその形状がわかるはずだが、ここからはそれ以外は何とも言えない。かなり強く握っているようだが、手がちぎれそうでも、痛そうでもない。麻痺しているのか?
その周囲の死体に目を移す。直視はしたくない。勇気を振り絞って薄目で確認した。女の人の一メートル四方に三人転がっている。
二人は背中を向けているが髪型や体格で男女だと解った。もう一人は仰向けの男だ。怖くて顔は良く見れない。湿った甲板に流れる血は気持ち悪くないのに、死体の顔がほんの少し目の端に映っただけで変な汗が吹き出した。視線を自分の船のみんなに戻す。
一番遠くにオゼさんの横顔があった。真っ直ぐ刃物の女を見ている。真剣な顔は何かを思い出そうとしているみたいだ。知っているのか? この殺人者を。オゼさんの足にすがりつくようにマモルくんが顔を埋めている。明かりを集めて光る、子ども特有のつやつやの髪を、オゼさんが落ち着かせるように撫でている。
その横にいるカオリさんに一瞬ぎょっとした。何も恐ろしい形相をしていたとか、場違いに笑っていたとかではない。
無表情だったのだ。ただ一つ、軽い溜息をついただけだった。死人には怖いものがないのか?
回収人さんはどこにいるんだろう。この船を動かしている張本人のくせに、体当たりされて黙っているのか? 殺人者程度でビビるなんて考えられない。
「なあ、ちょっとあれ、まずくないか」
アオチさんが身を乗りだして低い声で言った。
「あっちの船のブリッジですか? 窓が反射して良く見えないんです――え??」
回収人さんがブリッジの中にいる。いつの間に……。
それも驚きだが、それ以上に何やってんだあの人。誰かともみ合っている。
しばらく目を凝らしていると、同じくらいの背丈の男の人の首を後ろから抱え込んで絞めつけているのがわかった。
「止めてください! 死んじゃいますよ!」
「こんな所から叫んだって、聞こえるわけないだろ。どうにかあっちに行けないだろうか」
アオチさんが隣の船に飛び移れそうな場所を探しながら走り出した。
オゼさんも異変に気がついてマモルくんをカオリさんへ預けて動き出す。
「あ!」
その時、回収人さんが首を絞めていた男の力が抜け落ちて、静かに床に沈み込むのを見た。
「アオチさん、あれ、見えてますか」
まずそれを確認した。僕の見ているものが現実に起きていることなのか、確かめたかった。
船を大きく揺らした衝撃の原因を確かめに、全員が――死人のマモルくんとカオリさんも含めて、甲板に出ていた。風が強い。
「見えてるよ――血だらけの女と、血だらけの三つの死体が」
僕たちの船の側面に衝突した船が真横を並走している。
さっきのはこれにぶつけられた音か。
問題は向こうの甲板で起きていることだ。端的に言うと、アオチさんの言った通りだ。
まず白っぽい服の女の人が体育座りをしている。その服が血まみれなのはもちろん、横顔にも血が滴っていた。膝の上に乗せた両手に顔を埋めているので、目元しか見えない。大きく鋭い目で波を見ている。そう、甲板に転がる死体でも僕たちでもなく、波を見ている。
その手に握られている物も異様だった。
三十センチほどの刃物だ。それが僕の知っている物と様子が違う。柄の部分が無いのだ。もっと近寄ればその形状がわかるはずだが、ここからはそれ以外は何とも言えない。かなり強く握っているようだが、手がちぎれそうでも、痛そうでもない。麻痺しているのか?
その周囲の死体に目を移す。直視はしたくない。勇気を振り絞って薄目で確認した。女の人の一メートル四方に三人転がっている。
二人は背中を向けているが髪型や体格で男女だと解った。もう一人は仰向けの男だ。怖くて顔は良く見れない。湿った甲板に流れる血は気持ち悪くないのに、死体の顔がほんの少し目の端に映っただけで変な汗が吹き出した。視線を自分の船のみんなに戻す。
一番遠くにオゼさんの横顔があった。真っ直ぐ刃物の女を見ている。真剣な顔は何かを思い出そうとしているみたいだ。知っているのか? この殺人者を。オゼさんの足にすがりつくようにマモルくんが顔を埋めている。明かりを集めて光る、子ども特有のつやつやの髪を、オゼさんが落ち着かせるように撫でている。
その横にいるカオリさんに一瞬ぎょっとした。何も恐ろしい形相をしていたとか、場違いに笑っていたとかではない。
無表情だったのだ。ただ一つ、軽い溜息をついただけだった。死人には怖いものがないのか?
回収人さんはどこにいるんだろう。この船を動かしている張本人のくせに、体当たりされて黙っているのか? 殺人者程度でビビるなんて考えられない。
「なあ、ちょっとあれ、まずくないか」
アオチさんが身を乗りだして低い声で言った。
「あっちの船のブリッジですか? 窓が反射して良く見えないんです――え??」
回収人さんがブリッジの中にいる。いつの間に……。
それも驚きだが、それ以上に何やってんだあの人。誰かともみ合っている。
しばらく目を凝らしていると、同じくらいの背丈の男の人の首を後ろから抱え込んで絞めつけているのがわかった。
「止めてください! 死んじゃいますよ!」
「こんな所から叫んだって、聞こえるわけないだろ。どうにかあっちに行けないだろうか」
アオチさんが隣の船に飛び移れそうな場所を探しながら走り出した。
オゼさんも異変に気がついてマモルくんをカオリさんへ預けて動き出す。
「あ!」
その時、回収人さんが首を絞めていた男の力が抜け落ちて、静かに床に沈み込むのを見た。
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