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第一章 鳥に追われる
マモル
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オゼ
「マモル!」
オオミが凝視している窓の外を見て、懐かしさのあまり大きな声を上げてしまった。
今にも「兄ちゃん」と言いそうなかわいらしい顔で俺を見ているマモルがいた。躊躇うことなく窓に駆け寄った。
「オゼさん! 戻って」
後ろでオオミが止めようとしているが、関係ない。
窓に貼りつくように手を置いた時、マモルの姿がすっと消えた。
「あれ……」
恋し過ぎて幻影を見たのだろうか。でもオオミだってしっかり認識していたはずだ。
「オオミ、今、ここに、いたよな?」
後ろを振り返って確認する。カクカクと頷きながらオオミが言った。
「オゼさん、窓の外にデッキがあると思ってませんか? ここの窓の外はすぐ海なんですよ」
震え声でそう言うが、俺にとってはどうでも良いことだ。
「別に不思議でもないだろ、死人なんだから。浮くということもあるんじゃないのか。死んだことがないから知らないけど」
「お前ら、本当にそこにその子がいたのか」
アオチの声を久しぶりに聞いて、存在を思い出した。
「なんだ、いたのか」
俺が敢えて言わなかった言葉を回収人がさらりと口にした。
少し話をしただけだが、こいつに対する警戒心はすっかり何処かに行ってしまった。
今見ても、俺より背が高くて肩幅も広く、胸板も厚い体格には威圧感がある。
一方で白い長髪を束ねたシワの深い横顔には最初に会った時よりもずっと人間らしい優しさが滲んでいた。
この回収人に異常にびびっているアオチと、異常に先輩思いのオオミは未だに異常な警戒を続けているが。
オオミがいつもより低い声でアオチに説明する。
「僕とオゼさんには死んだ少年が見えていたんです。今は消えてしまいましたが、確かにさっき僕の部屋にいた子です。回収人さん、あの子はどこに行ったんでしょうか」
落ち着いているのは口調だけで、良く見るとテーブルに置いた手首から下は白く、小刻みに揺れていた。
死人だとしても、あんなにかわいいマモルを怖がるなんておかしい。
尋ねられた回収人のほうは「回収人さん」と呼ばれて少し嬉しそうだ。こういう所は憎めない。
「全員の所在までわかる訳じゃないが、あの子ならもう直ぐここに来るんじゃないか。足音が聞こえる」
本当か? 俺には聞こえない。迎えに行ってやろう。身体が自然にドアの方へ向かった。急に大きな手で腕を掴まえられた。回収人の手だ。想像していたのより冷たくない。
「お前たちにルールを教えておく。俺にはどいつが死人でどいつが生きてるのか区別がつかない。だが自分が死んだと認識しているやつを追うのも迎えに行くのも駄目だ。死人に呑まれるぞ」
どういう意味だ? こいつらは理解できているだろうか、二人を確認すると、アオチがオオミをかばうように背中に隠して壁際に立っていた。
オオミは回収人からアオチを守り、アオチは死人からオオミを守る。勝手にやってろ。俺はどちらも怖くない。
その時ドアがぎいっと重い音を立てた。
マモルか? 扉が重すぎるのか、少し開いては閉じ、開いては閉じを繰り返している。健気で泣きそうだ。回収人に尋ねた。
「開けてやるのは迎えに行くうちに入るのか」
回収人は俺を片手で制して、もう片方の手でドアを開いた。
やっぱり俺では駄目なのか……。
まず小さな手が見えて、はち切れそうな笑顔のマモルを見た瞬間、床に膝をついていた。
「兄ちゃん」
懐かしい幼い声に、嗚咽を押さえるため自分の口に手を当てた。
何も言えない俺の顔にマモルがそっと手を伸ばしてきた。
――指先が凍っているように冷たい。そのせいで堪えていた涙がこぼれ落ちた。
「マモル、寒くないか」
胸がいっぱいで、死人には意味がなさそうなことを尋ねてしまう。
「兄ちゃん、大丈夫?」
質問は無視して泣いている俺を気遣ってくれるなんて、相変わらずいい子だ。顔に置かれた冷たい手を握りしめて答えた。
「ごめんな、兄ちゃんは大丈夫だ。お前にまた会えて凄く嬉しいだけだ」
「あの……」
後ろからめちゃくちゃ小さな声でオオミに話しかけられた。
「マモルくん、ごめんね。僕、君くらいの歳の頃、この人……回収人さんと会ってから死んだ人が見えるようになって、何度も怖い思いをしてきたんだよ。だから君を見て逃げ出してしまった」
「会った、というのかあれ? 見捨てたんだろ」
余程根に持つタイプらしく、回収人が呟いた。
「このおじさんは怖くないよ」
マモルは本当に出来た子だ。不気味な回収人に気を遣って、怖いと言わないばかりか、殆んどおじいさんなのにおじさんと呼んでやっている。
「お兄さんは兄ちゃんの弟?」
オオミに小首をかしげながら聞く。
「僕は、兄ちゃんの後輩だよ。わかるかな? オオミと呼んでよ」
「オオミさん……」
恥ずかしそうにオオミに向かって笑った。良かった、この二人は仲良くできそうだ。問題は――
「そこに何がいるんだ」
だめだ、アオチは本当に何も見えてない。
「そっちのかっこいいお兄さんには僕が見えないんだね」
マモルがしょんぼりした顔で言った。
急にアオチが嫌いになった。困惑した表情で突っ立てるだけのくせに「かっこいい」なんて言われて。子どもはこんなのが好きなのか? 大したことのないお前を気に入ってくれた、こんなかわいい子が目に入らないなんて、どうかしている。
「このお兄さんはちょっと鈍いんだ。気にしなくていいから」
「そんな言い方するなよ」
そんな俺たちにマモルがキラキラした目で言った。
「兄ちゃん達、ブリッジに行こうよ」
「マモル!」
オオミが凝視している窓の外を見て、懐かしさのあまり大きな声を上げてしまった。
今にも「兄ちゃん」と言いそうなかわいらしい顔で俺を見ているマモルがいた。躊躇うことなく窓に駆け寄った。
「オゼさん! 戻って」
後ろでオオミが止めようとしているが、関係ない。
窓に貼りつくように手を置いた時、マモルの姿がすっと消えた。
「あれ……」
恋し過ぎて幻影を見たのだろうか。でもオオミだってしっかり認識していたはずだ。
「オオミ、今、ここに、いたよな?」
後ろを振り返って確認する。カクカクと頷きながらオオミが言った。
「オゼさん、窓の外にデッキがあると思ってませんか? ここの窓の外はすぐ海なんですよ」
震え声でそう言うが、俺にとってはどうでも良いことだ。
「別に不思議でもないだろ、死人なんだから。浮くということもあるんじゃないのか。死んだことがないから知らないけど」
「お前ら、本当にそこにその子がいたのか」
アオチの声を久しぶりに聞いて、存在を思い出した。
「なんだ、いたのか」
俺が敢えて言わなかった言葉を回収人がさらりと口にした。
少し話をしただけだが、こいつに対する警戒心はすっかり何処かに行ってしまった。
今見ても、俺より背が高くて肩幅も広く、胸板も厚い体格には威圧感がある。
一方で白い長髪を束ねたシワの深い横顔には最初に会った時よりもずっと人間らしい優しさが滲んでいた。
この回収人に異常にびびっているアオチと、異常に先輩思いのオオミは未だに異常な警戒を続けているが。
オオミがいつもより低い声でアオチに説明する。
「僕とオゼさんには死んだ少年が見えていたんです。今は消えてしまいましたが、確かにさっき僕の部屋にいた子です。回収人さん、あの子はどこに行ったんでしょうか」
落ち着いているのは口調だけで、良く見るとテーブルに置いた手首から下は白く、小刻みに揺れていた。
死人だとしても、あんなにかわいいマモルを怖がるなんておかしい。
尋ねられた回収人のほうは「回収人さん」と呼ばれて少し嬉しそうだ。こういう所は憎めない。
「全員の所在までわかる訳じゃないが、あの子ならもう直ぐここに来るんじゃないか。足音が聞こえる」
本当か? 俺には聞こえない。迎えに行ってやろう。身体が自然にドアの方へ向かった。急に大きな手で腕を掴まえられた。回収人の手だ。想像していたのより冷たくない。
「お前たちにルールを教えておく。俺にはどいつが死人でどいつが生きてるのか区別がつかない。だが自分が死んだと認識しているやつを追うのも迎えに行くのも駄目だ。死人に呑まれるぞ」
どういう意味だ? こいつらは理解できているだろうか、二人を確認すると、アオチがオオミをかばうように背中に隠して壁際に立っていた。
オオミは回収人からアオチを守り、アオチは死人からオオミを守る。勝手にやってろ。俺はどちらも怖くない。
その時ドアがぎいっと重い音を立てた。
マモルか? 扉が重すぎるのか、少し開いては閉じ、開いては閉じを繰り返している。健気で泣きそうだ。回収人に尋ねた。
「開けてやるのは迎えに行くうちに入るのか」
回収人は俺を片手で制して、もう片方の手でドアを開いた。
やっぱり俺では駄目なのか……。
まず小さな手が見えて、はち切れそうな笑顔のマモルを見た瞬間、床に膝をついていた。
「兄ちゃん」
懐かしい幼い声に、嗚咽を押さえるため自分の口に手を当てた。
何も言えない俺の顔にマモルがそっと手を伸ばしてきた。
――指先が凍っているように冷たい。そのせいで堪えていた涙がこぼれ落ちた。
「マモル、寒くないか」
胸がいっぱいで、死人には意味がなさそうなことを尋ねてしまう。
「兄ちゃん、大丈夫?」
質問は無視して泣いている俺を気遣ってくれるなんて、相変わらずいい子だ。顔に置かれた冷たい手を握りしめて答えた。
「ごめんな、兄ちゃんは大丈夫だ。お前にまた会えて凄く嬉しいだけだ」
「あの……」
後ろからめちゃくちゃ小さな声でオオミに話しかけられた。
「マモルくん、ごめんね。僕、君くらいの歳の頃、この人……回収人さんと会ってから死んだ人が見えるようになって、何度も怖い思いをしてきたんだよ。だから君を見て逃げ出してしまった」
「会った、というのかあれ? 見捨てたんだろ」
余程根に持つタイプらしく、回収人が呟いた。
「このおじさんは怖くないよ」
マモルは本当に出来た子だ。不気味な回収人に気を遣って、怖いと言わないばかりか、殆んどおじいさんなのにおじさんと呼んでやっている。
「お兄さんは兄ちゃんの弟?」
オオミに小首をかしげながら聞く。
「僕は、兄ちゃんの後輩だよ。わかるかな? オオミと呼んでよ」
「オオミさん……」
恥ずかしそうにオオミに向かって笑った。良かった、この二人は仲良くできそうだ。問題は――
「そこに何がいるんだ」
だめだ、アオチは本当に何も見えてない。
「そっちのかっこいいお兄さんには僕が見えないんだね」
マモルがしょんぼりした顔で言った。
急にアオチが嫌いになった。困惑した表情で突っ立てるだけのくせに「かっこいい」なんて言われて。子どもはこんなのが好きなのか? 大したことのないお前を気に入ってくれた、こんなかわいい子が目に入らないなんて、どうかしている。
「このお兄さんはちょっと鈍いんだ。気にしなくていいから」
「そんな言い方するなよ」
そんな俺たちにマモルがキラキラした目で言った。
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