6 / 94
第一章 鳥に追われる
黒い天の川2
しおりを挟む
翌朝、オオミに会った時は驚いた。元々、顔を見ただけ引きこもりがちとわかる風貌だけれど、そういう問題ではなかった。
目の充血は怖いくらいだし、反対にその周りの薄い皮膚は青黒くなっている。何があったんだろう。
「おはよう、鳥、見たか?」
明るい話題を振ってみた。
「おはようございます。はい、何だか怖かったですね」
死人のような声が返ってきた。怖かった……? どういう意味だ。
こいつ鳥恐怖症か? 昔鳥を飼っていたとか話していた記憶があるけど、気のせいだったか。
その日の午後「コーヒーを買ってきます」と言ってふらふら出て行ったオオミが戻ってきた時は、思わず「お前、帰れよ」と強い口調で言ってしまった。
それほど顔色がやばかった。
「大丈夫ですよ」
じとっとした目で言い返された。こいつはこうやって強情なところがある。
「そうか……」
そう言ってわざわざ俺の分も買ってきてくれたコーヒーを受け取って、浮かせた腰を下ろしたが、心の中で「目が据わって怖えよ」と思っていた。
オオミも謎に椅子にぶつかりながら、隣のデスクに落ち着いた。
「ほら、コーヒー代。あ、そうだ具合悪いところ悪いんだけどーー」
「はい、なんですか」
やっぱり顔が怖い。このタイミングで、言おうかどうか迷った。
「船に乗れることになったよ。俺とお前とオゼの三人で」
「本当ですか」
怖い顔がぱあっと明るくなる。――なんだ、言って良かった。
「そうなんだ。今、お前が外に出てる間にメッセージが届いてな」
ここ最近の俺たちは、年末年始の休暇が取れるかどうかも怪しいほど忙しかった。みんなより遅れてやっと休みが取れるとわかった時には、空にも陸にも帰省の手段がなくなっていた。
同じ部署で同郷のオオミとオゼもチケットを取り損ねたと知り、「船舶会社に勤める叔父にどうにかならないか聞いてみてやる」と約束してから数日が経っていた。
こいつも諦めかけていたに違いない。
「向こうに着くまで丸一日近くかかるぞ。それに――あんまりリラックスできないと思う。作業船の空いてるキャビンを借りることになるから――」
「それでも帰れるだけで嬉しいです」
オオミの顔に生気が戻ったので良しとしよう。
ところでオゼは今日出社してるんだろうか。全然見かけていない。珍しいことではないが。
「ちょっと聞いていいですか」
黙って聞いていたオオミが意を決した顔で言った。
「なに?」
「鳥に癒されたみたいなこと言ってましたが、正気ですか」
何だ、そんなことか。
「正気だよ。お前こそ何でそんなに怯えてるんだ」
窓から漏れ始めた朝陽に目を細めて、オオミが確認するように、質問で返してきた。
「目玉を咥えているのを見ても、平気なんですか」
「ああ……」
肯定とも否定とも取れる曖昧な声で答えるのが精一杯だった。俺はやっぱり狂っているんだろうか。
――さっき鳥に連れ去らわれる目玉を見た時、その持ち主を羨ましいと思ってしまったんだ。
目の充血は怖いくらいだし、反対にその周りの薄い皮膚は青黒くなっている。何があったんだろう。
「おはよう、鳥、見たか?」
明るい話題を振ってみた。
「おはようございます。はい、何だか怖かったですね」
死人のような声が返ってきた。怖かった……? どういう意味だ。
こいつ鳥恐怖症か? 昔鳥を飼っていたとか話していた記憶があるけど、気のせいだったか。
その日の午後「コーヒーを買ってきます」と言ってふらふら出て行ったオオミが戻ってきた時は、思わず「お前、帰れよ」と強い口調で言ってしまった。
それほど顔色がやばかった。
「大丈夫ですよ」
じとっとした目で言い返された。こいつはこうやって強情なところがある。
「そうか……」
そう言ってわざわざ俺の分も買ってきてくれたコーヒーを受け取って、浮かせた腰を下ろしたが、心の中で「目が据わって怖えよ」と思っていた。
オオミも謎に椅子にぶつかりながら、隣のデスクに落ち着いた。
「ほら、コーヒー代。あ、そうだ具合悪いところ悪いんだけどーー」
「はい、なんですか」
やっぱり顔が怖い。このタイミングで、言おうかどうか迷った。
「船に乗れることになったよ。俺とお前とオゼの三人で」
「本当ですか」
怖い顔がぱあっと明るくなる。――なんだ、言って良かった。
「そうなんだ。今、お前が外に出てる間にメッセージが届いてな」
ここ最近の俺たちは、年末年始の休暇が取れるかどうかも怪しいほど忙しかった。みんなより遅れてやっと休みが取れるとわかった時には、空にも陸にも帰省の手段がなくなっていた。
同じ部署で同郷のオオミとオゼもチケットを取り損ねたと知り、「船舶会社に勤める叔父にどうにかならないか聞いてみてやる」と約束してから数日が経っていた。
こいつも諦めかけていたに違いない。
「向こうに着くまで丸一日近くかかるぞ。それに――あんまりリラックスできないと思う。作業船の空いてるキャビンを借りることになるから――」
「それでも帰れるだけで嬉しいです」
オオミの顔に生気が戻ったので良しとしよう。
ところでオゼは今日出社してるんだろうか。全然見かけていない。珍しいことではないが。
「ちょっと聞いていいですか」
黙って聞いていたオオミが意を決した顔で言った。
「なに?」
「鳥に癒されたみたいなこと言ってましたが、正気ですか」
何だ、そんなことか。
「正気だよ。お前こそ何でそんなに怯えてるんだ」
窓から漏れ始めた朝陽に目を細めて、オオミが確認するように、質問で返してきた。
「目玉を咥えているのを見ても、平気なんですか」
「ああ……」
肯定とも否定とも取れる曖昧な声で答えるのが精一杯だった。俺はやっぱり狂っているんだろうか。
――さっき鳥に連れ去らわれる目玉を見た時、その持ち主を羨ましいと思ってしまったんだ。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ガイアセイバーズ spin-off -T大理学部生の波乱-
独楽 悠
青春
優秀な若い頭脳が集う都内の旧帝大へ、新入生として足を踏み入れた川崎 諒。
国内最高峰の大学に入学したものの、目的も展望もあまり描けておらずモチベーションが冷めていたが、入学式で式場中の注目を集める美青年・髙城 蒼矢と鮮烈な出会いをする。
席が隣のよしみで言葉を交わす機会を得たが、それだけに留まらず、同じく意気投合した沖本 啓介をはじめクラスメイトの理学部生たちも巻き込んで、目立ち過ぎる蒼矢にまつわるひと騒動に巻き込まれていく――
およそ1年半前の大学入学当初、蒼矢と川崎&沖本との出会いを、川崎視点で追った話。
※大学生の日常ものです。ヒーロー要素、ファンタジー要素はありません。
◆更新日時・間隔…2023/7/28から、20:40に毎日更新(第2話以降は1ページずつ更新)
◆注意事項
・ナンバリング作品群『ガイアセイバーズ』のスピンオフ作品になります。
時系列はメインストーリーから1年半ほど過去の話になります。
・作品群『ガイアセイバーズ』のいち作品となりますが、メインテーマであるヒーロー要素,ファンタジー要素はありません。また、他作品との関連性はほぼありません。
他作からの予備知識が無くても今作単体でお楽しみ頂けますが、他ナンバリング作品へお目通し頂けていますとより詳細な背景をご理頂いた上でお読み頂けます。
・年齢制限指定はありません。他作品はあらかた年齢制限有ですので、お読みの際はご注意下さい。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/light_novel.png?id=7e51c3283133586a6f12)
僕の目の前の魔法少女がつかまえられません!
兵藤晴佳
ライト文芸
「ああ、君、魔法使いだったんだっけ?」というのが結構当たり前になっている日本で、その割合が他所より多い所に引っ越してきた佐々四十三(さっさ しとみ)17歳。
ところ変われば品も水も変わるもので、魔法使いたちとの付き合い方もちょっと違う。
不思議な力を持っているけど、デリケートにできていて、しかも妙にプライドが高い人々は、独自の文化と学校生活を持っていた。
魔法高校と普通高校の間には、見えない溝がある。それを埋めようと努力する人々もいるというのに、表に出てこない人々の心ない行動は、危機のレベルをどんどん上げていく……。
(『小説家になろう』様『魔法少女が学園探偵の相棒になります!』、『カクヨム』様の同名小説との重複掲載です)
よくできた"妻"でして
真鳥カノ
ライト文芸
ある日突然、妻が亡くなった。
単身赴任先で妻の訃報を聞いた主人公は、帰り着いた我が家で、妻の重大な秘密と遭遇する。
久しぶりに我が家に戻った主人公を待ち受けていたものとは……!?
※こちらの作品はエブリスタにも掲載しております。
一か月ちょっとの願い
full moon
ライト文芸
【第8位獲得】心温まる、涙の物語。
大切な人が居なくなる前に、ちゃんと愛してください。
〈あらすじ〉
今まで、かかあ天下そのものだった妻との関係がある時を境に変わった。家具や食器の場所を夫に教えて、いかにも、もう家を出ますと言わんばかり。夫を捨てて新しい良い人のもとへと行ってしまうのか。
人の温かさを感じるミステリー小説です。
これはバッドエンドか、ハッピーエンドか。皆さんはどう思いますか。
<一言>
世にも奇妙な物語の脚本を書きたい。
もう一度『初めまして』から始めよう
シェリンカ
ライト文芸
『黄昏刻の夢うてな』ep.0 WAKANA
母の再婚を機に、長年会っていなかった父と暮らすと決めた和奏(わかな)
しかし芸術家で田舎暮らしの父は、かなり変わった人物で……
新しい生活に不安を覚えていたところ、とある『不思議な場所』の話を聞く
興味本位に向かった場所で、『椿(つばき)』という同い年の少女と出会い、ようやくその土地での暮らしに慣れ始めるが、実は彼女は……
ごく平凡を自負する少女――和奏が、自分自身と家族を見つめ直す、少し不思議な成長物語
君が大地(フィールド)に立てるなら〜白血病患者の為に、ドナーの思いを〜
長岡更紗
ライト文芸
独身の頃、なんとなくやってみた骨髄のドナー登録。
それから六年。結婚して所帯を持った今、適合通知がやってくる。
骨髄を提供する気満々の主人公晃と、晃の体を心配して反対する妻の美乃梨。
ドナー登録ってどんなのだろう?
ドナーってどんなことをするんだろう?
どんなリスクがあるんだろう?
少しでも興味がある方は、是非、覗いてみてください。
小説家になろうにも投稿予定です。
古屋さんバイト辞めるって
四宮 あか
ライト文芸
ライト文芸大賞で奨励賞いただきました~。
読んでくださりありがとうございました。
「古屋さんバイト辞めるって」
おしゃれで、明るくて、話しも面白くて、仕事もすぐに覚えた。これからバイトの中心人物にだんだんなっていくのかな? と思った古屋さんはバイトをやめるらしい。
学部は違うけれど同じ大学に通っているからって理由で、石井ミクは古屋さんにバイトを辞めないように説得してと店長に頼まれてしまった。
バイト先でちょろっとしか話したことがないのに、辞めないように説得を頼まれたことで困ってしまった私は……
こういう嫌なタイプが貴方の職場にもいることがあるのではないでしょうか?
表紙の画像はフリー素材サイトの
https://activephotostyle.biz/さまからお借りしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる