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第四章 鳥像の門
生命の神様
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使い
門を出ると強い風が吹いていた。新しい世界へ押し出されそうになる。
「嫌だ、わたしはわたしの世界へ帰るんだ」
口に出した自分の声がこだまする。違う、これはわたしが今まで放った無数の鳥たちの残り音。
さっきまでシロキに握られていた指が温かくて、わたしの神様の温もりを思い出した。
わたしのことを覚えているだろうか、忘れないで、と心の中で叫んでから、随分時間が経ってしまった。
落ちる、落ちる、舞うように下降する。
広い空の空気が全身を刺すように冷たい。
わたしとわたしの神様が好きだった夜の艶めかしい香が微かに空気に混じって泣きたくなる。
泣いちゃだめだ、神様に会う時にはきれいな顔でいたい。
流れる広大な空のどこかにわたしたちが一つ前に捨てた世界の扉の影を見て祈った。
少しでも長く、生命の神様が愛する世界が続きますように。
雪が顔の上で溶けて、雲を越したことに気がつく。ああ、もう少し、あともう少し。
雪の中でわたしの長かった心の冬が終わり、今度こそ、本当の冬が来る。
懐かしい海岸の灯りが滲んで見えた。
あんなに輪郭が揺れているのは、濡れた目のせいなのか、大粒の雪のせいなのか、心のせいなのかわからない。加速して、地面に叩きつけられる直前で宙に浮く。
並走していた雪が垂直にわたしの視界を遮りだす。疾走感を抱えたまま海に向かって進む。こんなに早く走ったのはいつぶりだ?
—―違う、飛んでいるんだ。
わたしの神様の元へ雪を切って迷うことなく向かう。
浜辺に光る人がいた。
波を眺めている背中の線を覚えている。あれはわたしの居場所の細い肩。あの体温を感じたい。
わたしの宝物、あなたの身体を返しにきた。
どんどん近づく神様が、雪を躍らせ吹く風に、髪を揺らしてゆっくり振り返る。
この世界の命一つ一つへ強く願う。
わたしの神様を消さないで。疲れ果てても手放さないで、地獄でまた息を吹き返して。生きる力でわたしの神様を、あなた達の世界を踏みとどまらせて。あなたの命ひとつで次の世界への門が開き切ってしまうかも知れない。門の番人はあなただ。鏡の神様に会ったなら、怖がらずに覗いてみるんだ、あなた達の中にわたしの神様を見つけるから。
神様がわたしを見た。
泣き出しそうで泣かない、わたしの好きな表情で。
不完全で完全な神様。
わたしの生命の神様、信じる気持ちがくじけない限り願いは叶う。
神様にもう少しで羽が触れる。
門を出ると強い風が吹いていた。新しい世界へ押し出されそうになる。
「嫌だ、わたしはわたしの世界へ帰るんだ」
口に出した自分の声がこだまする。違う、これはわたしが今まで放った無数の鳥たちの残り音。
さっきまでシロキに握られていた指が温かくて、わたしの神様の温もりを思い出した。
わたしのことを覚えているだろうか、忘れないで、と心の中で叫んでから、随分時間が経ってしまった。
落ちる、落ちる、舞うように下降する。
広い空の空気が全身を刺すように冷たい。
わたしとわたしの神様が好きだった夜の艶めかしい香が微かに空気に混じって泣きたくなる。
泣いちゃだめだ、神様に会う時にはきれいな顔でいたい。
流れる広大な空のどこかにわたしたちが一つ前に捨てた世界の扉の影を見て祈った。
少しでも長く、生命の神様が愛する世界が続きますように。
雪が顔の上で溶けて、雲を越したことに気がつく。ああ、もう少し、あともう少し。
雪の中でわたしの長かった心の冬が終わり、今度こそ、本当の冬が来る。
懐かしい海岸の灯りが滲んで見えた。
あんなに輪郭が揺れているのは、濡れた目のせいなのか、大粒の雪のせいなのか、心のせいなのかわからない。加速して、地面に叩きつけられる直前で宙に浮く。
並走していた雪が垂直にわたしの視界を遮りだす。疾走感を抱えたまま海に向かって進む。こんなに早く走ったのはいつぶりだ?
—―違う、飛んでいるんだ。
わたしの神様の元へ雪を切って迷うことなく向かう。
浜辺に光る人がいた。
波を眺めている背中の線を覚えている。あれはわたしの居場所の細い肩。あの体温を感じたい。
わたしの宝物、あなたの身体を返しにきた。
どんどん近づく神様が、雪を躍らせ吹く風に、髪を揺らしてゆっくり振り返る。
この世界の命一つ一つへ強く願う。
わたしの神様を消さないで。疲れ果てても手放さないで、地獄でまた息を吹き返して。生きる力でわたしの神様を、あなた達の世界を踏みとどまらせて。あなたの命ひとつで次の世界への門が開き切ってしまうかも知れない。門の番人はあなただ。鏡の神様に会ったなら、怖がらずに覗いてみるんだ、あなた達の中にわたしの神様を見つけるから。
神様がわたしを見た。
泣き出しそうで泣かない、わたしの好きな表情で。
不完全で完全な神様。
わたしの生命の神様、信じる気持ちがくじけない限り願いは叶う。
神様にもう少しで羽が触れる。
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