奇跡の神様

白木

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第四章 鳥像の門

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 この音は何だろう。重い機械音が雪雲を潜って空をこちらに向かってくる。

 ああ、世界に散っていた鏡か――。

 直ぐに思い当たった。鏡がやって来るんだ。それが揃うのを確認したら、ここから海へ落ちよう。

 目の前で、異常に美しい少年が「死なないで」と言ってくれているのが悲しい。

 昨日死んだ、わたしの助手が――純粋な若者がこの土地にやって来た時の姿と重なる。

 背後で人間の神様が鏡とごにょごにょ話しているのが聞こえる。

 これから自殺をしようというのに、全くわたしを止める様子はない。演技でも辛い素振りをしてくれてたらいいのに。本当に人間の神様らしい、そう思うと今までの言動が蘇って可笑しくなった。

 こういう小さなことに心がくすぐられる瞬間を無くすのが、死んだら一番悔やむことだ。

 でもわたしは生命の神様の目を覚まさせてあげなければならない。

 わたしの魂のどこがそんなに気に入っているのか知らないが、妙にわたしに執着しているあの神様に。

 初めて会った時、異常に熱っぽい目で見られて思わず顔をそらした。

 若い時に女の人からあんな目で見られたことが何度かあるのを思い出したが、まさか気のせいだろうと恐る恐る顔を上げた。まだ同じ視線を投げ続けていたので、怖くなって二度とそちらを向かないようにした。

 何と、それから「また会えないかな」と話かけられた。悪いとは思いつつ「わからない」とうやむやに答えた。

 わたしの命と自分の命を混じり合わせたい、そんな神様とは到底信じ難いことを望んでいると聞いた時は寒気がした。

 神様なら「命を包み込む」とかじゃ駄目なのか。

 あの神様には他の人間がただ自分から千切れた紙くずにでも見えているのではないと思った。

 紙くずは言い過ぎかも知れないが、少なくとも一つ一つが必死で生きている代わりのない存在とは思っていない。命を個ではなく、全体と捉えている。

 だから、これは私にしかできないことだ。

 彼が唯一、個として認識できるわたしが死んだらわかってくれるかもしれない。心を痛め、少しの間でも絶望してくれるかもしれない。

 そして、命を大切にして欲しい。

 わたしの願いはそれだけだ。

 雪雲を揺り動かす音がどんどん大きくなって、鼓膜が限界だと思った時、それは現れた。

「九つの鏡……」

 わたしに手を差し伸べていた、少年の姿の神様も海の方へ向き直る。

 本当に全て同じ形なんだな。でも、何か違う……良く見ると三角形の立方体の中に揺れるものが違う。中で火が燃えていたり、水が揺れているように見える物もあって幻想的だ。

 鏡が揃ったのを確認したなら、もうわたしに残すことはない。

 雪と海と月と鏡が渦巻いて、このまま命を燃やし尽くしてしまいたい焦燥が加速する。

 命を大切にして欲しいなんて願うわたしが今、世界で一番、命を投げ出して開放されたい気持ちで溢れかえっている。

 空中で鳥の旋回のように動く鏡がその速度を止める前に、そっちに気を取られてるいる神様たちの隙をぬって、わたしは海へ飛び込んだ。

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