奇跡の神様

白木

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第四章 鳥像の門

新月を照らす月3

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 もう一度鏡の角をくすぐってみる。

 やっぱり無邪気に笑う声がする。わたしは頭がおかしくなってしまったのだろか。

 笑い声に不気味さは一切なく、可愛らしいと思ってしまった。

「寂しいのか? わたしもなんだ。ここにあるのはわたしの咎トガかい? 咎トガは君の中で反転して美しいものになるんだな。わたしの咎トガは何色だい?」

 角は一瞬黙りこんだが、紫の光を灯した。

「じゃあ君はそれを――」

 また透き通った笑い声が聞こえ、今度は角に金色の光が戻った。

「君はわたしの仲間たちをどうするつもりだい? さっきみたみんなの表情、君に映った赤い炎、わたしは何だか怖かったんだ」

 その時、さらに信じられないことが起きた。鏡が溶けて、わたしの指先を包んだのだ。それはわたしに絡みつきながら震えていた。

「君も怖いのか。ごめん、君のせいじゃないんだね、わかったよ。君と鏡は別物だ。本当にごめんね」

 わたしはそう言って鏡を抱いた。

 鏡自体には感情も意志もない。ただ人間の本質を映し続ける。

 この子は鏡の命。自分にはどうしようもない身体を持て余して、怯えている優しい命なんだ。

 その夜からわたしはこの子の前に毛布を持ってきて寝るようになった。

 寂しいもの同士、怯えているもの同士、慰め合って怖さを忘れることが出来た。

 この子とまた一緒に過ごせる時が来た時、わたしの記憶が消えていなければ良いのだけれど。


 次の日から、わたしと助手の若者、鏡の角は心休まることがなかった。

 鏡を見たいと集まった人を順番に建物に通して、公平に時間を与えれば良いだけの簡単な役割ではなかったのだ。

 ある者は鏡の前で意識を失くし、ある者は鏡から絶対に離れないと暴れた。鏡を盗み出そうとする者までいた。

 一見平静を装っている人たちすら、日に日に表情が暗くなって行くのがわかり、わたしの不安を募らせた。

 何よりつらいのはそんな仲間にどんな言葉をかけても届かないことだった。いや、どんな言葉をかけて良いのかさえ全くわからなくなっていた。

 たまに口から出る言葉は心と裏腹に軽く、空気の中で空回りしているのが目に見えるようだった。

 そんな中でもあの若者だけは、いつでも生命力のある目をしていて、わたしの心の拠り所になってくれた。

「君は鏡の中にまだ素敵な青年だけが見えているかい?」

 わたしの問いに、また例の人懐っこい笑顔で若者が教えてくれた。

「不思議な鏡ですよね、実は自分の姿をじっと見ていたら、赤い炎が現れました。悲しい色だなとぼんやり眺めていたら、それが三角形の片隅によって、白く変わったんです。白にも種類があると思いますが、そうだな、白金草に似ていた。白くて、真ん中が金色みたいな黄色で。あ、先生はここの生まれだからご存じないかも知れませんね」

 若者はまだ幼さの残る頃、両親と共に海を渡ったこの地に移り住んで来た。

「そうだね、見たことはないけど想像ができるよ」

「でも、また赤に戻ってしまったんです。あ、あの人達まただ、困ったな」

 若者はそう言うと、鏡の順番を競って言い争いを始めた人たちの方へ走って行ってしまった。

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