奇跡の神様

白木

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第四章 鳥像の門

反転する咎3

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 男に誘われるまま、私に祈るための広い建物に入った。

 その正面の、少し高くなった舞台上にあの鏡が置かれていた。

 正三角形の立方体。これが人間の本性を映す、生きた鏡だ。

「それにしても、良くあんなものが顔に当たって平気でしたね」

「丁度、角の所が額にね。びっくりしたよ。あれ、わたしだから良かったけど、人間だったら即死だよ、冗談じゃなく」

 鏡に近寄りながらわたしはその場所を指さした。

「ああ、ここ。この角に人間の咎トガが溜まるように造られてるよ。この鏡には浄化の作用もあるんだね、知らなかった。ただし、恐れずに真剣に見た場合だけど。君の仲間は表面だけを見てしまっているんじゃないかな」

 その鏡の周囲だけ、青白く仄明るいのは照らしているからではなく、自ら発光しているせいだ。

 男は鏡に映らないよう、微妙な距離と角度に立って、例の無表情を浮かべている。

「こっちに来なさい」

 男が無言のまま私のそばに来る。わたしはその両肩に手を置き、わたしの前に立たせ、二人で鏡を覗き込んだ。

「――やっぱりきれいだ」

 溜息が出る。

「自画自賛ですか」

 鏡の中の男の氷った目と視線が合う。

「わたしじゃない、君のことに決まってる」

 男の肩に顔を埋めながらわたしは呟いた。

 この鏡に映っても少しも変わらない、白く整った無表情。感情的な所を見てみたいと思わせる。その中にある魂のことだ。

「わたしの咎トガもあそこにあるのでしょうか」

 後ろに立つわたしの怪しげな行動を見ても、微動だにせず、男が尋ねた。

「ああ、ある。わたしには見える」

「え? 泣いているんですか?」

 久しぶりに泣いていた。

「孤独に良く耐えたね」

「さあ……自分が特別辛いとは思いませんが」

「君さ、一度も誰かの一番大切な人になれたことがないんだね。君は覚えていないだろうけど、君は最初に命を放たれてから、何度生命の神様の中を循環しても、今日までずっと孤独の中にいるんだよ」

 鏡の中で男が苦笑いをする。

「そんなにですか。それでもわたしはまだ慣れていないんだ。今も、とても寂しい」

 この男の記憶を鏡越しに覗いて、わたしも悲しくなる。

 良くある話、ではあるが長い命の繰り返しで、一度も誰かの一番にならないのは珍しい。ましてこの男の場合、なまじ魅力的なのが悩ましい。

 今だって『仲間』なんて呼んでいる君の周りの人間たちにとって、君は全然重要じゃない。君はこんなに命を削って愛情を注いでいるのに誰一人応えてはくれない。彼らには他に大切な人がいるから。

「わかるよ、わたしも同じだからね」

「以前のわたしはどんな風に孤独だったのですか」

「それは、そのうちあの鳥が教えてくれるよ」

「鳥? あの生命の神様の使いがですか」

 わたしは頷き、男の肩に手を置いたまま、鏡の前にしゃがむように促した。

 素直に従った男が三角形の妖しく光る鏡の角に顔を近づける。

「ここに咎トガが溜まっているなんて信じられませんね」

「休まず浄化し続けているから、淀むことを知らないんだよ」

「……わたしの咎トガはどんな色ですか」

 男は自分の注いだ愛情が無にかえる度、衝動で周囲を傷つけた。そして後悔して、今度は誰も傷つけぬよう自ら心の檻に入り込んだ。孤独は深まる一方だ。

 全く良くある話だ、絶え間なく同じ試練が続くこと以外は。

「何色って言うのかね、生命の神様が好きな色だ。紫苑シオンの花の色に似てる」

「――どんな色ですか」

「ああ、この地域では咲かないかな。いつか君に見せてあげたい。儚い紫色だよ。でもそんな時間はあるだろうか。君はもしかしたらこのまま生命の神様に……」

 取り込まれてしまうかも知れない、と言いかけて言葉に詰まった。

 ところが男は最初からわかっていたように表情を変えずこう言った。

「わたしは――はっきり伝えなければならない。わたしは生命の神様と混ざりたくなんてないんです」

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