奇跡の神様

白木

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第四章 鳥像の門

鏡の行方3

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 長い間、固まってしまった。それはわたしにとって一番重い呪縛の言葉だから。

 信仰とか戒律とか、正直、全然興味がない。でも――「救って」という言葉はわたしにとっての縛りだ。

「それ、命の神様にも言ったの?」

「いいえ。言ったでしょう、わたしを救うのはあなたです。今でもわたしはしょっちゅうあの海辺に行っています。海を見ていると落ち着くので。その度に、あの神様は現れます。でも遠くからわたしを見ているだけです。あれは会っているうちに入るのでしょうか」

「見ているだけ? 君は気にはならないの」

 男は顔を横に向け、ここからは見えない海の方を見た。横顔も寂し気に整っていて、冷えた風がよく似合う。

「……別に。見られているな、とは感じますが、嫌ではないです。わたしからは目を合わせないようにしていますが」

 何なんだ。この男も生命の神様も。

 神様を平然と無視しているこの男も怖いし、何も言わずに見つめるだけの生命の神様も怖い。見た目が好み、とかだろうか。いや、あるわけないよな。この男の中に何かがあるんだ。

「さあ、散歩に行きましょう」

 男が立ち上がり、ロンが嬉しそうに飛び跳ねた。

 

 その夜はひと際静かだった。

 集落の大人が半分以上で、隣の山に落ちた鏡を拾いに行っていたからだ。

「鏡って、どんなものでしょう」

 少し怯えた目で男がわたしを見た。

「君たちは見たことないもんね。ない方が幸せだとわたしは思うけど」

 男が立ち止まり、ロンがその顔を見上げた。

「自分の姿が映る、と聞きました。見ない方が良いですか。みんな、競って見に行きたがったので、留守番をかって出ましたが、今からでも忠告に行くべきでしょうか」

「放っておきなさい。そして君は見ても大丈夫。むしろ知るべきだ。自分の美しさを」

 男がふっと笑った。子どものように。

「わたしは、自分の美しさなんかを気にするような歳ではありません。好奇心と恐怖が半々なのです。あれはどこから来たのですか」

 本当の事を言っても良いのだろうか。こいつになら良いか、生命の神様も特別気に入っているようだし。

「生命の神様が造ったんだよ。太陽を反射して空に散るのをわたしも見ていた」

 夜に放たなかったことを月の神様が嫉妬すると思ったほど、強い光を受けた鏡は陽の美しさだった。

「わたしを見ている神様ですか。生命の神様――でしたよね。鏡は物質では?」

「あれは生きているんだよ」


 ――本当にあの頃の自分の愚かさが恐ろしい。


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