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第三章 笑う宝石
もう一つの融合15
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ふわふわした穂が横たわるのに丁度良い、乾燥した草の上にイサリを見つけた。呼吸がひどく弱々しかった。
駆け寄って触れた、その指先があまりに冷たかったので、俺は経験から実態がもう温もりを取り戻すことはないとわかった。ガジエアで刺された傷はない、走り過ぎたんだろう。
弱った身体で、力いっぱい、冷えた鮮やかな夜を駆けた。
「とても気持ち良かったんだ」
「え?」
いつか人間の女がシアンにしていたように横に膝をついて、手を握っていた。
「走って、苦しくて、生きていて幸せだった」
そう言ってイサリは目を閉じた。
「マツリを守って」
「マツリのことは必ず守るよ」
草を踏む足の音と、激しい呼吸の音がして、後ろからマツリの声が響いた。
「兄さん――」
優しさの塊のような声が止まり、俺を真っすぐ見た。
「あなた……」
俺の答えも聞かず、イサリに駆け寄る。
「兄さん、どうしてこんなところまで一人で来たの。寒くない? 苦しいの?」
ああ、またこの声だ。失いかけているものに話しかける時、何でいつも、みんな同じ切ない音を出すんだろう。マツリは泣かない。こいつはイサリが死ぬまで絶対泣かない。
俺にはわかる。今も優しい笑いを浮かべ、俺の反対側の横から身を低くして顔を寄せている。本当は泣きたくて仕方ないだろう。でも、イサリが息を止めるまで、黒く濡れたような目から涙は溢れない。
「え? 何?」
イサリが微かに口を動したが、秋風に揺れる葉の音に負けて聞こえない。
「ありがとう」
イサリが今度は小さいけれど、はっきりと聞き取れる声で言っ
た。命を全部使って言った。マツリがイサリの手を折れるほど強く握り、今まで見た人間の中で一番美しい顔で笑う。
イサリの身体は役割を終えた。マツリがその胸に顔を埋めたまま離れないのを見ながら、俺は別の不安に襲われていた。
イサリの魂が身体から出てきてしまう――。
「なあ、お前、兄さんの魂を守れるか」
駆け寄って触れた、その指先があまりに冷たかったので、俺は経験から実態がもう温もりを取り戻すことはないとわかった。ガジエアで刺された傷はない、走り過ぎたんだろう。
弱った身体で、力いっぱい、冷えた鮮やかな夜を駆けた。
「とても気持ち良かったんだ」
「え?」
いつか人間の女がシアンにしていたように横に膝をついて、手を握っていた。
「走って、苦しくて、生きていて幸せだった」
そう言ってイサリは目を閉じた。
「マツリを守って」
「マツリのことは必ず守るよ」
草を踏む足の音と、激しい呼吸の音がして、後ろからマツリの声が響いた。
「兄さん――」
優しさの塊のような声が止まり、俺を真っすぐ見た。
「あなた……」
俺の答えも聞かず、イサリに駆け寄る。
「兄さん、どうしてこんなところまで一人で来たの。寒くない? 苦しいの?」
ああ、またこの声だ。失いかけているものに話しかける時、何でいつも、みんな同じ切ない音を出すんだろう。マツリは泣かない。こいつはイサリが死ぬまで絶対泣かない。
俺にはわかる。今も優しい笑いを浮かべ、俺の反対側の横から身を低くして顔を寄せている。本当は泣きたくて仕方ないだろう。でも、イサリが息を止めるまで、黒く濡れたような目から涙は溢れない。
「え? 何?」
イサリが微かに口を動したが、秋風に揺れる葉の音に負けて聞こえない。
「ありがとう」
イサリが今度は小さいけれど、はっきりと聞き取れる声で言っ
た。命を全部使って言った。マツリがイサリの手を折れるほど強く握り、今まで見た人間の中で一番美しい顔で笑う。
イサリの身体は役割を終えた。マツリがその胸に顔を埋めたまま離れないのを見ながら、俺は別の不安に襲われていた。
イサリの魂が身体から出てきてしまう――。
「なあ、お前、兄さんの魂を守れるか」
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