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第三章 笑う宝石
悪魔の使い3
しおりを挟む 皇子の膝から降りようとしたけれど遅かった。がっしりと腰に回された腕がそれを許してくれなかった。放せとの意味を込めて皇子を見上げて……固まった。
「な、なんで……」
思わず言葉が漏れた。だって、見上げた皇子の顔が真っ赤だったからだ。何なのこの状況は……頬だけでなく顔に熱が集まった気がした。何かを言おうにも気まずさが勝って動けない。それは皇子も同じだったみたいで固まっているようにも見えた。空いている方の手で口元を覆うと顔を背けられてしまった。耳まで髪色に同化して見える。沈黙が重い……
「あ、あの……」
「……ちょっと待て」
沈黙に耐え切れなかったのは私だったけれど、その先に続く言葉を遮られた。何、この状況……どうして皇子は赤くなっているのか。そうさせるようなことを言っただろうか……
「……ったく、それを聞くのかよ……」
漏れた言葉は微かなもので、動揺しているようにも見えた。あの皇子が珍しい。待てと言われたからそれ以上何かを言うのも憚られた。
「ティア」
皇子がティアの名を呼ぶと、ティアは小さく頷いて控えの間に下がってしまった。二人きりになって益々気まずさが増した。皇子が大きく息を吐く音が聞こえた。
「何が気に入ったか、知りたいんだったな?」
「いえ、無理にとは……」
何となく言葉の圧に逃げたくなった。視線を向けていいのか迷い、床を眺めた。
「まず、見た目が好みだ」
「へ? み、見た目って……」
エヴェリーナ様やアンジェリカならわかるけれど、私にその言葉をかける人がいるとは思わなかった。
「俺は派手な見た目の女が苦手なんだ。帝国で散々追いかけられたからな。大人しくて地味な方がホッとする」
「ああ、そういう……」
なるほど、女性に追い回されて逆説的に地味な方に目が行くようになったと……確かに皇子はかっこいいし皇子という身分もあってさぞや人気だっただろう。
「後は……そうだな。適度に抜けていて気を張らずに済むところだな。私的な時間まで皇子を演じたくない」
抜けているって……反論出来ないところが悲しいけれど……それは誉め言葉なのだろうか……
「努力家で自分の限界を弁えずぶっ倒れるまでやり過ぎる阿呆なところも、放っておくと明後日の方向に向かうところもいい。癒される」
「……癒される?」
それのどこに癒しがあるのかわからない。皇子の基準が謎だ……それにさり気なく貶めていないだろうか。とても好きになる要素だと感じないんだけど……
「後は、そうだなぁ。菓子を食う時の緩みきった顔も、突っ掛かって来る時の目を釣り上げている顔もいいな。それから……」
その後も次々と皇子の言う気に入った理由が上げられたけれど……どう考えても褒められているように思えない。失礼な!と怒るべきなんだろうけど、皇子の表情がかつてないほどに柔らかくて幸せそうに見えて突っ込めなかった。
「ああ、寝顔も可愛いぞ。緩みきって悩みなんてありませんって感じがいい。それにこの前キスした時の顔も可愛かったな。鳩が豆鉄砲を食ったようなって言うけど、正にそれだったな。それにこの前の会議では……」
「も、もう十分です!!」
恥ずかしくて聞いていられなくて皇子の口を押えて遮った。
「ひゃぁっ!!」
口を抑えた手首をつかまれると、掌に何かぬめっとした感触があって思わずのけぞった。
「危ないだろう」
バランスを崩して後ろに倒れ込みそうになったのは皇子の腕に阻止された。落ちなくてよかったけれど、今度は指が皇子の口に消えた。
「な、な、な……」
「ああ、甘いな」
指を這う舌の感触がくすぐったくて気持ち悪い。
「わ、私の手は味なんかしません!」
「そうか? 十分に甘いぞ? 多分全身どこも甘いんじゃないか?」
「はあぁぁ!?」
素っ頓狂な声が出たのは仕方がないし私は悪くないと思う。手首から熱が消えたと思ったら顎に何かが触れた。
「ひゃぁ……ん? んん――!?」
くっと顔を持ち上げられたと思ったら視界が暗くなって唇に何かが触れたのを感じて思わず悲鳴が出たけれど、その先は皇子の口に吸い込まれた。何が起きているのかと考えている間に口に何かが侵入してきた。一瞬のようでもあり十分くらいの間があったような気もしたけれど、息が出来るようになった頃には酸欠で死にかけそうだった。
「こういう時は鼻で息をしろ」
「……っつ!! な、にを言ってるの、よっ!! なんて事するのよっ!!」
空気を取り込みながら何とかそれだけは言い切った。まだ息が苦しい。
「何って、わからせるって言っただろう? ソフィの好きなところを上げてもわかっていなさそうだったから。こうするのが手っ取り早い」
「そんなところで手抜きしなくていいから! それにあんな風に言われても嬉しくない! 馬鹿にされているとしか思えないわよ!!」
「ははっ、やっと素が出たな」
「はぁ?」
「そういうところだって、気に入っているのは。遠慮なく俺に本音をぶつけてくるだろ」
満面の笑みを見せた皇子に抗議の声が出せなかった。顔がいいから笑顔も綺麗だ。しかも滅多に見られないだけに破壊力があり過ぎるだろう……言葉を失っていたらドアを叩く音がした。
「ああ、もう会議が始まるか。ああ、今日はゆっくりしていろよ。いいな? ティアに菓子を渡してあるから後で食え」
そう言うと私をソファに座り直させた。直ぐにドアが開いてティアが入ってくる。
「後は頼んだぞ」
すれ違いざまにティアそう言うと、皇子は手をひらひら振りながら行ってしまった。
「な、なんで……」
思わず言葉が漏れた。だって、見上げた皇子の顔が真っ赤だったからだ。何なのこの状況は……頬だけでなく顔に熱が集まった気がした。何かを言おうにも気まずさが勝って動けない。それは皇子も同じだったみたいで固まっているようにも見えた。空いている方の手で口元を覆うと顔を背けられてしまった。耳まで髪色に同化して見える。沈黙が重い……
「あ、あの……」
「……ちょっと待て」
沈黙に耐え切れなかったのは私だったけれど、その先に続く言葉を遮られた。何、この状況……どうして皇子は赤くなっているのか。そうさせるようなことを言っただろうか……
「……ったく、それを聞くのかよ……」
漏れた言葉は微かなもので、動揺しているようにも見えた。あの皇子が珍しい。待てと言われたからそれ以上何かを言うのも憚られた。
「ティア」
皇子がティアの名を呼ぶと、ティアは小さく頷いて控えの間に下がってしまった。二人きりになって益々気まずさが増した。皇子が大きく息を吐く音が聞こえた。
「何が気に入ったか、知りたいんだったな?」
「いえ、無理にとは……」
何となく言葉の圧に逃げたくなった。視線を向けていいのか迷い、床を眺めた。
「まず、見た目が好みだ」
「へ? み、見た目って……」
エヴェリーナ様やアンジェリカならわかるけれど、私にその言葉をかける人がいるとは思わなかった。
「俺は派手な見た目の女が苦手なんだ。帝国で散々追いかけられたからな。大人しくて地味な方がホッとする」
「ああ、そういう……」
なるほど、女性に追い回されて逆説的に地味な方に目が行くようになったと……確かに皇子はかっこいいし皇子という身分もあってさぞや人気だっただろう。
「後は……そうだな。適度に抜けていて気を張らずに済むところだな。私的な時間まで皇子を演じたくない」
抜けているって……反論出来ないところが悲しいけれど……それは誉め言葉なのだろうか……
「努力家で自分の限界を弁えずぶっ倒れるまでやり過ぎる阿呆なところも、放っておくと明後日の方向に向かうところもいい。癒される」
「……癒される?」
それのどこに癒しがあるのかわからない。皇子の基準が謎だ……それにさり気なく貶めていないだろうか。とても好きになる要素だと感じないんだけど……
「後は、そうだなぁ。菓子を食う時の緩みきった顔も、突っ掛かって来る時の目を釣り上げている顔もいいな。それから……」
その後も次々と皇子の言う気に入った理由が上げられたけれど……どう考えても褒められているように思えない。失礼な!と怒るべきなんだろうけど、皇子の表情がかつてないほどに柔らかくて幸せそうに見えて突っ込めなかった。
「ああ、寝顔も可愛いぞ。緩みきって悩みなんてありませんって感じがいい。それにこの前キスした時の顔も可愛かったな。鳩が豆鉄砲を食ったようなって言うけど、正にそれだったな。それにこの前の会議では……」
「も、もう十分です!!」
恥ずかしくて聞いていられなくて皇子の口を押えて遮った。
「ひゃぁっ!!」
口を抑えた手首をつかまれると、掌に何かぬめっとした感触があって思わずのけぞった。
「危ないだろう」
バランスを崩して後ろに倒れ込みそうになったのは皇子の腕に阻止された。落ちなくてよかったけれど、今度は指が皇子の口に消えた。
「な、な、な……」
「ああ、甘いな」
指を這う舌の感触がくすぐったくて気持ち悪い。
「わ、私の手は味なんかしません!」
「そうか? 十分に甘いぞ? 多分全身どこも甘いんじゃないか?」
「はあぁぁ!?」
素っ頓狂な声が出たのは仕方がないし私は悪くないと思う。手首から熱が消えたと思ったら顎に何かが触れた。
「ひゃぁ……ん? んん――!?」
くっと顔を持ち上げられたと思ったら視界が暗くなって唇に何かが触れたのを感じて思わず悲鳴が出たけれど、その先は皇子の口に吸い込まれた。何が起きているのかと考えている間に口に何かが侵入してきた。一瞬のようでもあり十分くらいの間があったような気もしたけれど、息が出来るようになった頃には酸欠で死にかけそうだった。
「こういう時は鼻で息をしろ」
「……っつ!! な、にを言ってるの、よっ!! なんて事するのよっ!!」
空気を取り込みながら何とかそれだけは言い切った。まだ息が苦しい。
「何って、わからせるって言っただろう? ソフィの好きなところを上げてもわかっていなさそうだったから。こうするのが手っ取り早い」
「そんなところで手抜きしなくていいから! それにあんな風に言われても嬉しくない! 馬鹿にされているとしか思えないわよ!!」
「ははっ、やっと素が出たな」
「はぁ?」
「そういうところだって、気に入っているのは。遠慮なく俺に本音をぶつけてくるだろ」
満面の笑みを見せた皇子に抗議の声が出せなかった。顔がいいから笑顔も綺麗だ。しかも滅多に見られないだけに破壊力があり過ぎるだろう……言葉を失っていたらドアを叩く音がした。
「ああ、もう会議が始まるか。ああ、今日はゆっくりしていろよ。いいな? ティアに菓子を渡してあるから後で食え」
そう言うと私をソファに座り直させた。直ぐにドアが開いてティアが入ってくる。
「後は頼んだぞ」
すれ違いざまにティアそう言うと、皇子は手をひらひら振りながら行ってしまった。
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