152 / 331
第三章 笑う宝石
笑う宝石8
しおりを挟む
蜘蛛を助けた男の魂とトリプガイドを人間の世界に還し、鏡の空間に戻るとシロキがせわしなく床を這いつくばっていた。待ちくたびれてソワソワしていたのだろうが、ふざけているのかと思った。俺を見て、空間を縮めると同時に四つん這いで寄って来て、目の前でまたペタリと床に顔と身体を付け俺に聞いてきた。
「どうだった?」
「――お前、いい加減にしろよ。歩き方を忘れてしまうぞ。こう言っちゃ悪いがカドだって迷惑してるんじゃないか」
その時、久しぶりにカドが声を出した。
「シロキさん、俺なら大丈夫だよ。でも寝そべったままじゃシロキさんも疲れるだろ」
「カド」
シロキが微笑んで一層べったり床に顔をこすりつけた。
「おい、カドがかわいそうだ。やめろ」
強引に腕を掴んで起き上がらせる。シロキがちょっと不貞腐れて座りなおした。
そんなシロキの肩を俺の留守を見守ってくれていたアドバンドが優しく支えた。
「長い時間留守にして悪かったな。ありがとう。でもこいつのことはあんまり甘やかないでくれ。いつまでもこんなんじゃ鏡の神様じゃなく床の妖怪だ」
シロキがアドバンドの肩に顔を埋めて俺と目を合わせない。こいつは怒るといつもこうだ。
「おい、そんなに怒るなよ」
近くに座ると案の定、少し身を引いてそっぽを向いた。
見た目は完全に大人なのに中身はまるっきり子どもだな。アドバンドが苦笑いしながら俺に尋ねてきた。
「それで? 無事に還してやったか?」
「俺にも聞かせて、どんなふうに還したの?」
調子が良いのか、カドが以前のように好奇心旺盛な声をあげる。
俺は今しがた体験した話を三人に聞かせた。
カドも姿が見えたら目を輝かせていただろう。俺にはわかる。
自分もまた興奮して頬が上気し、少し汗ばんでくるのを感じた。
触れている鏡の床の温度がわずかに冷えた。
「すごい、俺も見たかったな。トリプガイドと融合した金色の魂」
故意ではないと言え、自分を傷つけた男の魂に対してあまりにも無邪気なカドの言葉を聞くのは苦しかった。
さっきは目も合わせなかったシロキが俺をじっと見ていた。どうしたんだろう。珍しく全く感情が読めない。
「シロキ……」
「僕とその魂、どっちがきれい」
「は?」
何なんだこいつは。鏡に向かって毎日こんな質問をしている人間の記憶を見たことがある。くだらない。こいつの場合は実態の話をしているのではないだろうけど。
なんでわかりきったことを聞きたがるんだろうか、答えはいつでも決まっている。
「お前だよ」
その時はまだシロキに頼めなかった。「人間の世界に連れて行ってくれ」なんて。
カドは落ち着いている時間こそ、以前のように聡明で可愛らしくてシロキと俺を安心させたが、殆んどの時間は寝ていたし、不定期に空間中を震わせて苦しみ出すので、一時も気が抜けなかった。こんな状態でそんなことを言い出せるわけがない。
そうしているうちにシロキが成り行きで鏡の地獄から空を閉ざすことになり、俺は自分を殺した人間の魂を消すという役割から解放されたが、それと同時に存在する意味も失った。
シロキに執着していた美形の変態――いや、シスが最後に大量の血を分けてくれたことでカドが完成してくれたことだけが救いだった。
「どうだった?」
「――お前、いい加減にしろよ。歩き方を忘れてしまうぞ。こう言っちゃ悪いがカドだって迷惑してるんじゃないか」
その時、久しぶりにカドが声を出した。
「シロキさん、俺なら大丈夫だよ。でも寝そべったままじゃシロキさんも疲れるだろ」
「カド」
シロキが微笑んで一層べったり床に顔をこすりつけた。
「おい、カドがかわいそうだ。やめろ」
強引に腕を掴んで起き上がらせる。シロキがちょっと不貞腐れて座りなおした。
そんなシロキの肩を俺の留守を見守ってくれていたアドバンドが優しく支えた。
「長い時間留守にして悪かったな。ありがとう。でもこいつのことはあんまり甘やかないでくれ。いつまでもこんなんじゃ鏡の神様じゃなく床の妖怪だ」
シロキがアドバンドの肩に顔を埋めて俺と目を合わせない。こいつは怒るといつもこうだ。
「おい、そんなに怒るなよ」
近くに座ると案の定、少し身を引いてそっぽを向いた。
見た目は完全に大人なのに中身はまるっきり子どもだな。アドバンドが苦笑いしながら俺に尋ねてきた。
「それで? 無事に還してやったか?」
「俺にも聞かせて、どんなふうに還したの?」
調子が良いのか、カドが以前のように好奇心旺盛な声をあげる。
俺は今しがた体験した話を三人に聞かせた。
カドも姿が見えたら目を輝かせていただろう。俺にはわかる。
自分もまた興奮して頬が上気し、少し汗ばんでくるのを感じた。
触れている鏡の床の温度がわずかに冷えた。
「すごい、俺も見たかったな。トリプガイドと融合した金色の魂」
故意ではないと言え、自分を傷つけた男の魂に対してあまりにも無邪気なカドの言葉を聞くのは苦しかった。
さっきは目も合わせなかったシロキが俺をじっと見ていた。どうしたんだろう。珍しく全く感情が読めない。
「シロキ……」
「僕とその魂、どっちがきれい」
「は?」
何なんだこいつは。鏡に向かって毎日こんな質問をしている人間の記憶を見たことがある。くだらない。こいつの場合は実態の話をしているのではないだろうけど。
なんでわかりきったことを聞きたがるんだろうか、答えはいつでも決まっている。
「お前だよ」
その時はまだシロキに頼めなかった。「人間の世界に連れて行ってくれ」なんて。
カドは落ち着いている時間こそ、以前のように聡明で可愛らしくてシロキと俺を安心させたが、殆んどの時間は寝ていたし、不定期に空間中を震わせて苦しみ出すので、一時も気が抜けなかった。こんな状態でそんなことを言い出せるわけがない。
そうしているうちにシロキが成り行きで鏡の地獄から空を閉ざすことになり、俺は自分を殺した人間の魂を消すという役割から解放されたが、それと同時に存在する意味も失った。
シロキに執着していた美形の変態――いや、シスが最後に大量の血を分けてくれたことでカドが完成してくれたことだけが救いだった。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~
紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。
行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。
※「Amnesia」は医学用語で、一般的には「記憶喪失」のことを指します。
思想で溢れたメモリー
やみくも
ファンタジー
幼少期に親が亡くなり、とある組織に拾われ未成年時代を過ごした「威風曖人亅
約5000年前に起きた世界史に残る大きな出来事の真相を探る組織のトップの依頼を受け、時空の歪みを調査中に曖人は見知らぬ土地へと飛ばされてしまった。
???「望む世界が違うから、争いは絶えないんだよ…。」
思想に正解なんて無い。
その想いは、個人の価値観なのだから…
思想=強さの譲れない正義のぶつかり合いが今、開戦する。
補足:設定がややこしくなるので年代は明かしませんが、遠い未来の話が舞台という事を頭の片隅に置いておいて下さい。
21世紀では無いです。
※ダラダラやっていますが、進める意志はあります。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
アタエバネ ~恵力学園一年五組の異能者達~
弧川ふき
ファンタジー
優秀な者が多い「恵力学園」に入学するため猛勉強した「形快晴己(かたがいはるき)」の手首の外側に、突如として、数字のように見える字が刻まれた羽根のマークが現れた。
それを隠して過ごす中、学内掲示板に『一年五組の全員は、4月27日の放課後、化学室へ』という張り紙を発見。
そこに行くと、五組の全員と、その担任の姿が。
「あなた達は天の使いによってたまたま選ばれた。強引だとは思うが協力してほしい」
そして差し出されたのは、一枚の紙。その名も、『を』の紙。
彼らの生活は一変する。
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・出来事などとは、一切関係ありません。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。
スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?
山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。
2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。
異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。
唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。

ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる