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第三章 笑う宝石
笑う宝石8
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蜘蛛を助けた男の魂とトリプガイドを人間の世界に還し、鏡の空間に戻るとシロキがせわしなく床を這いつくばっていた。待ちくたびれてソワソワしていたのだろうが、ふざけているのかと思った。俺を見て、空間を縮めると同時に四つん這いで寄って来て、目の前でまたペタリと床に顔と身体を付け俺に聞いてきた。
「どうだった?」
「――お前、いい加減にしろよ。歩き方を忘れてしまうぞ。こう言っちゃ悪いがカドだって迷惑してるんじゃないか」
その時、久しぶりにカドが声を出した。
「シロキさん、俺なら大丈夫だよ。でも寝そべったままじゃシロキさんも疲れるだろ」
「カド」
シロキが微笑んで一層べったり床に顔をこすりつけた。
「おい、カドがかわいそうだ。やめろ」
強引に腕を掴んで起き上がらせる。シロキがちょっと不貞腐れて座りなおした。
そんなシロキの肩を俺の留守を見守ってくれていたアドバンドが優しく支えた。
「長い時間留守にして悪かったな。ありがとう。でもこいつのことはあんまり甘やかないでくれ。いつまでもこんなんじゃ鏡の神様じゃなく床の妖怪だ」
シロキがアドバンドの肩に顔を埋めて俺と目を合わせない。こいつは怒るといつもこうだ。
「おい、そんなに怒るなよ」
近くに座ると案の定、少し身を引いてそっぽを向いた。
見た目は完全に大人なのに中身はまるっきり子どもだな。アドバンドが苦笑いしながら俺に尋ねてきた。
「それで? 無事に還してやったか?」
「俺にも聞かせて、どんなふうに還したの?」
調子が良いのか、カドが以前のように好奇心旺盛な声をあげる。
俺は今しがた体験した話を三人に聞かせた。
カドも姿が見えたら目を輝かせていただろう。俺にはわかる。
自分もまた興奮して頬が上気し、少し汗ばんでくるのを感じた。
触れている鏡の床の温度がわずかに冷えた。
「すごい、俺も見たかったな。トリプガイドと融合した金色の魂」
故意ではないと言え、自分を傷つけた男の魂に対してあまりにも無邪気なカドの言葉を聞くのは苦しかった。
さっきは目も合わせなかったシロキが俺をじっと見ていた。どうしたんだろう。珍しく全く感情が読めない。
「シロキ……」
「僕とその魂、どっちがきれい」
「は?」
何なんだこいつは。鏡に向かって毎日こんな質問をしている人間の記憶を見たことがある。くだらない。こいつの場合は実態の話をしているのではないだろうけど。
なんでわかりきったことを聞きたがるんだろうか、答えはいつでも決まっている。
「お前だよ」
その時はまだシロキに頼めなかった。「人間の世界に連れて行ってくれ」なんて。
カドは落ち着いている時間こそ、以前のように聡明で可愛らしくてシロキと俺を安心させたが、殆んどの時間は寝ていたし、不定期に空間中を震わせて苦しみ出すので、一時も気が抜けなかった。こんな状態でそんなことを言い出せるわけがない。
そうしているうちにシロキが成り行きで鏡の地獄から空を閉ざすことになり、俺は自分を殺した人間の魂を消すという役割から解放されたが、それと同時に存在する意味も失った。
シロキに執着していた美形の変態――いや、シスが最後に大量の血を分けてくれたことでカドが完成してくれたことだけが救いだった。
「どうだった?」
「――お前、いい加減にしろよ。歩き方を忘れてしまうぞ。こう言っちゃ悪いがカドだって迷惑してるんじゃないか」
その時、久しぶりにカドが声を出した。
「シロキさん、俺なら大丈夫だよ。でも寝そべったままじゃシロキさんも疲れるだろ」
「カド」
シロキが微笑んで一層べったり床に顔をこすりつけた。
「おい、カドがかわいそうだ。やめろ」
強引に腕を掴んで起き上がらせる。シロキがちょっと不貞腐れて座りなおした。
そんなシロキの肩を俺の留守を見守ってくれていたアドバンドが優しく支えた。
「長い時間留守にして悪かったな。ありがとう。でもこいつのことはあんまり甘やかないでくれ。いつまでもこんなんじゃ鏡の神様じゃなく床の妖怪だ」
シロキがアドバンドの肩に顔を埋めて俺と目を合わせない。こいつは怒るといつもこうだ。
「おい、そんなに怒るなよ」
近くに座ると案の定、少し身を引いてそっぽを向いた。
見た目は完全に大人なのに中身はまるっきり子どもだな。アドバンドが苦笑いしながら俺に尋ねてきた。
「それで? 無事に還してやったか?」
「俺にも聞かせて、どんなふうに還したの?」
調子が良いのか、カドが以前のように好奇心旺盛な声をあげる。
俺は今しがた体験した話を三人に聞かせた。
カドも姿が見えたら目を輝かせていただろう。俺にはわかる。
自分もまた興奮して頬が上気し、少し汗ばんでくるのを感じた。
触れている鏡の床の温度がわずかに冷えた。
「すごい、俺も見たかったな。トリプガイドと融合した金色の魂」
故意ではないと言え、自分を傷つけた男の魂に対してあまりにも無邪気なカドの言葉を聞くのは苦しかった。
さっきは目も合わせなかったシロキが俺をじっと見ていた。どうしたんだろう。珍しく全く感情が読めない。
「シロキ……」
「僕とその魂、どっちがきれい」
「は?」
何なんだこいつは。鏡に向かって毎日こんな質問をしている人間の記憶を見たことがある。くだらない。こいつの場合は実態の話をしているのではないだろうけど。
なんでわかりきったことを聞きたがるんだろうか、答えはいつでも決まっている。
「お前だよ」
その時はまだシロキに頼めなかった。「人間の世界に連れて行ってくれ」なんて。
カドは落ち着いている時間こそ、以前のように聡明で可愛らしくてシロキと俺を安心させたが、殆んどの時間は寝ていたし、不定期に空間中を震わせて苦しみ出すので、一時も気が抜けなかった。こんな状態でそんなことを言い出せるわけがない。
そうしているうちにシロキが成り行きで鏡の地獄から空を閉ざすことになり、俺は自分を殺した人間の魂を消すという役割から解放されたが、それと同時に存在する意味も失った。
シロキに執着していた美形の変態――いや、シスが最後に大量の血を分けてくれたことでカドが完成してくれたことだけが救いだった。
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