奇跡の神様

白木

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第三章 笑う宝石

笑う宝石2

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 初めて海を見た。湖とは全然違う。

「陽が落ちるまで待とう。浄化が終わった魂を人間の世界に還す時は、いつも夜に海に堕とすんだ」

 高い崖の上で、俺より数歩、海に近い方に立っていたシスが振り向いた。夏の夕方は冬よりずっと長いと聞く。

「じゃあ暗くなってから来れば良かったのにと思ったか? お前の地獄に海がないと聞いて見せたくなったんだ。海が太陽といるところを。俺はおせっかいだな、迷惑だったか」

 すまなそうに形の良い眉毛を寄せる。

「迷惑なもんか。ありがとう、本当に嬉しいよ。もう少し近づいてみたいな」

 シスが満面の笑みを浮かべる。

「そうか、少し歩くと浜辺に降りられるんだ。行ってみよう」

 水の地獄に運ばれる魂の罪は確か『嫉妬』だったな。水の悪魔がシスみたいなやつばかりなら嫉妬は忘れるだろう。硬質な美しさに澄みきった明るさが宿る。こいつは笑う宝石だ。極楽も意外と良く考えているじゃないか。

 炎の地獄だってそうだ。あそこに行くのは『怒り』の魂だ。アドバンドのように強くて冷静な悪魔に怒りなど無意味だろう。

 じゃあ俺は何だろう、自分を殺した人間の魂を預けるのに、どの辺がふさわしいんだ。

「ほら、着いたぞ」

 歩く宝石が振り返った。波の音がする。白いしぶきを上げて寄ってくる波の中に、微かに混じる、引いていく短い音が好きだ。

 あの波に触れたい。

「少し海に入ってみたらどうだ」

 シスに促され、ゆっくり海に足を踏み入れた。

 怖いわけではない。もったいなくて、時間をかけたかった。

「カドみたいな温度がする」

 海水に触れて俺が言うとシスが何も言わずに微笑んだ。鏡の地獄の湖を想像していたから、その滑らかさに驚くと同時に、体温を少しだけ奪う優しいカドの感触を思い出して愛おしくなった。

「気に入ったか? 俺はここにいるから、楽しめよ。太陽が消えかけたら、また崖に戻ろう」

 俺はただ頷くと、膝の辺りまで海水に浸かる。寄せてくる波はもっと感じていたいのに直ぐに遠ざかり、名残惜しい気持ちを見透かしているかのようにまたやって来る。

 足元の感触だけでは飽き足らず、視線を可能な限り遠くに広げてみる。

 水には慣れているはずなのに、冬の湖とは全く別物に見える。

 ここの水は自由だ。そして我がままだ。太陽にすら挑発的だったり、誘惑するようだったり奔放な姿を見せている。困惑した太陽が挑発に負けないように熱を発し、互いにけん制し合っている様子が面白い。俺はどっちの味方をしよう。こういう時は弱い方だ。太陽を応援してやろう。おい、頑張れ。誘いに負けたら海に落ちてしまうぞ。

「お前、海が似合うな」

 後ろの砂浜に腰を下ろしたシスが声をかけてきた。

「え?」

「波と同化してる。いや、お前が波を映しているのか」

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