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第三章 笑う宝石
金と青と4
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そのカドが、悪魔の血を欲して苦しんでいると聞いて、今直ぐにでも自分を傷つけたくなった。
「俺もカドとシロキさんに血をやりたい」
教えてくれたアドバンドに懇願した。もはや掴みかかっていた。
「落ち着けよ、怖いな。行ってやれよ、血が必要かはその時次第だから、いきなり血まみれになって駆け込むなよ、シロキさんにどん引かれるぞ。鏡の悪魔がずっと付っきりなんだ。あいつもたまに自分の地獄に戻らなくちゃいけないから、その間、数時間だけでも居てやれば助かると思う。実際今俺がその役割をしている」
「鏡の門の中でシロキさんと過ごすのか」
「当たり前だろ、シロキさんに出て行けとでも言うつもりか」
「わかった」
ゴクリと唾を呑んだ。
「なんだよ、お前本当に怖いな。まあ、シロキさんはそういうの鈍いからいいだろう。それとお前に頼みがあるんだ。むしろその方が本題だ」
何だろう、聞く前に「いいぞ」と声に出しそうになった。
頼まれたことは意外にもカドを傷つけた男――悪魔になりかけだったという人間の魂と、そいつが極楽から奪ってきたトリプガイドを、水の地獄から人間の世界に還して欲しいということだった。
「わかった、いつだ」
即答した俺に、アドバンドの方が面食らっていた。
「すごい安請け合いだな」
彫の深い顔で爽やかに笑う。
「シロキさんのためになるならなんでもいい。それに悪魔になりかけの魂、ということは金色なんだろ? そいつとトリプガイドの青はきっと海に良く似合う」
初めて鏡の門に入った時は緊張した。シロキさんに会うのもそうだが、まず、この全方位鏡の壁の、どこにあの可愛いカドがいるのかと探した。
キョロキョロと辺りを見渡したが解らない。近くの壁にそっと手を当て、小さく名前を呼んでみた。
「こっちにいるよ」
カドの代わりにシロキさんの揺らぐ声がした。思っていたよりずっと落ち着いた声に安心して振り返り、ぎょっとした。
シロキさんが少し離れた床にべったり貼りついていた。駆け寄ろうとすると、空間が縮小し、あっと言う間に手の届く場所まで近づいた。慌てて膝をついてシロキさんを覗き込む。倒れていると思ったのだ。
「こんな格好のままでごめんね。カドから離れたくないんだ」
「これが……」
そう言って床に手を置くと、鏡が晴れた日の浜辺の波のような優しい冷たさで、指を包み込んだ。
「良かった……」
言ってからはっとしてシロキさんを見た。シロキさんにとってはこれ以上ない悲惨な状況なのに、心ないことを口走ってしまった。しかし実際に、指先のカドから安堵のようなものを感じたのだ。
「君は爪の形まで美しいね」
固まってしまった。
酷いことを言うと責められると覚悟したのに、少し疲れた表情で呟いた言葉がそれだった。
ぼんやりと俺の指先を見て寝そべっているシロキさんの身体を鏡のカドが淡く包み込んでいるのが幻想的だ。
「……爪の形なんて。つまらないだろ、俺は」
シロキさんは何も言わずにきれいな目で俺を見ている。
「俺も欠片で出来ていたら良かったのに」
思わず声に出してしまった。
「どういうこと? 君のそういう不思議なところも好きだよ」
そうだ、シロキさんは知らないんだった。
カドが手の内側で笑った気がした。
「俺もカドとシロキさんに血をやりたい」
教えてくれたアドバンドに懇願した。もはや掴みかかっていた。
「落ち着けよ、怖いな。行ってやれよ、血が必要かはその時次第だから、いきなり血まみれになって駆け込むなよ、シロキさんにどん引かれるぞ。鏡の悪魔がずっと付っきりなんだ。あいつもたまに自分の地獄に戻らなくちゃいけないから、その間、数時間だけでも居てやれば助かると思う。実際今俺がその役割をしている」
「鏡の門の中でシロキさんと過ごすのか」
「当たり前だろ、シロキさんに出て行けとでも言うつもりか」
「わかった」
ゴクリと唾を呑んだ。
「なんだよ、お前本当に怖いな。まあ、シロキさんはそういうの鈍いからいいだろう。それとお前に頼みがあるんだ。むしろその方が本題だ」
何だろう、聞く前に「いいぞ」と声に出しそうになった。
頼まれたことは意外にもカドを傷つけた男――悪魔になりかけだったという人間の魂と、そいつが極楽から奪ってきたトリプガイドを、水の地獄から人間の世界に還して欲しいということだった。
「わかった、いつだ」
即答した俺に、アドバンドの方が面食らっていた。
「すごい安請け合いだな」
彫の深い顔で爽やかに笑う。
「シロキさんのためになるならなんでもいい。それに悪魔になりかけの魂、ということは金色なんだろ? そいつとトリプガイドの青はきっと海に良く似合う」
初めて鏡の門に入った時は緊張した。シロキさんに会うのもそうだが、まず、この全方位鏡の壁の、どこにあの可愛いカドがいるのかと探した。
キョロキョロと辺りを見渡したが解らない。近くの壁にそっと手を当て、小さく名前を呼んでみた。
「こっちにいるよ」
カドの代わりにシロキさんの揺らぐ声がした。思っていたよりずっと落ち着いた声に安心して振り返り、ぎょっとした。
シロキさんが少し離れた床にべったり貼りついていた。駆け寄ろうとすると、空間が縮小し、あっと言う間に手の届く場所まで近づいた。慌てて膝をついてシロキさんを覗き込む。倒れていると思ったのだ。
「こんな格好のままでごめんね。カドから離れたくないんだ」
「これが……」
そう言って床に手を置くと、鏡が晴れた日の浜辺の波のような優しい冷たさで、指を包み込んだ。
「良かった……」
言ってからはっとしてシロキさんを見た。シロキさんにとってはこれ以上ない悲惨な状況なのに、心ないことを口走ってしまった。しかし実際に、指先のカドから安堵のようなものを感じたのだ。
「君は爪の形まで美しいね」
固まってしまった。
酷いことを言うと責められると覚悟したのに、少し疲れた表情で呟いた言葉がそれだった。
ぼんやりと俺の指先を見て寝そべっているシロキさんの身体を鏡のカドが淡く包み込んでいるのが幻想的だ。
「……爪の形なんて。つまらないだろ、俺は」
シロキさんは何も言わずにきれいな目で俺を見ている。
「俺も欠片で出来ていたら良かったのに」
思わず声に出してしまった。
「どういうこと? 君のそういう不思議なところも好きだよ」
そうだ、シロキさんは知らないんだった。
カドが手の内側で笑った気がした。
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