奇跡の神様

白木

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第二章 鏡の地獄

地獄の終わり7

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 湖が静まり返った。もうどこにも可愛らしく羽をたたんでいた鳥はいない。どうして今夜は月が出てないんだろう。何故かそんなことを考えた。腕の中のナイトを見る。表情がないのに何よりも悲しそうな顔がそこにあった。昼の明るい空に浮かぶ月のように、白く乾いている。その顔のまま下を向き、湖面に浮かぶ残された白い羽をそっとすくう。長いまつ毛の奥に見える、湖の深い黒を映す濡れた目を見た時、僕の心の中で何かが崩れた。

 湖面の空に浮かぶ巨大な作成者の顔を僕は睨みつけた。そいつは無表情で僕らを見下している。

「返せよ。お前どれだけ鳥が好きなんだよ」

 ナイトが僕の着物の裾を引っ張る。

「おい、俺はいいから。止めろよ」

「僕が良くないんだよ、黙ってろ」

 僕はナイトの腕を強く掴み返した。

「痛いな」

 ナイトは振りほどこうとするが、離すわけない。僕は白い羽が舞う空の向こうの作成者の目を見て呟いた。鳥を返す気なんてないよな――。

「もう、いいよ。この空を閉じる、さようなら」

 僕が片手を伸ばすと作成者の巨大な顔が数秒、苦し気に歪んでそのまま空に呑まれた。呑まれる直前、その目から大粒の涙がこぼれて、湖の真ん中に悲しい音を立てて落ちるのを聞いた。あいつの涙が混じった波紋がしつこいくらい押し寄せては僕らの身体を揺らして、怨念すら感じる。

 僕は伸ばした手に力を込め、極楽に続く空を完全に固定した。空は平坦な真っ黒の壁と化し、二度と動くこともない。

 こんなこと、自分に出来ると思わなかった。

 怒りの力は恐ろしい。

「シロキ、お前、とても辛そうだ」

 ナイトの言葉で初めて自分が胸を押さえていることに気がづく。明かり一つない真っ暗な湖の底にこのまま落ちてしまいそうだ。

「なあ、ここを出よう」

 本当の闇の中、ナイトに引きずられるように湖の外に出る。

 痺れるような冷たさを感じ、雪の上にいることを知る。僕は一言も言葉を発せられないほどに、頭も身体も疲弊していて、人形のようにナイトに引きずれるままだ。

「真っ暗だけど、怖くないか? しっかりしろよ」

 馬鹿なこと言うなよ、暗闇が怖いなんてあるわけない。これでも神様なんだから。笑って答えたいのに首を縦に振るのが精いっぱいだった。僕は心の中で自分のしてしまったことを唱える。

 ――この地獄にもう光は届かない。

 僕が空を閉じてしまったから。僕の腕を引くナイトの暖かい手を感じながらやっとの思いで呟いた。

「ごめん」

「気にするなよ」

 いくら目を見開いても先の知れない暗闇に優しい声だけが響く。

 僕たちはしばらく無言で進んだ。カドにはずっと軽蔑されていただろうが、地獄一つを闇に沈めてきたなんて聞いたら、完全に嫌われる。しかも、あの子の大好きなナイトの地獄を。

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