117 / 331
第二章 鏡の地獄
閉じた地獄8
しおりを挟む マリーとジョゼフが同棲を始めたらしい。
オレは今日もぼっちだ。あいつら今日もいちゃつきやがって、なんだか腹の虫がおさまらないぜ。この間もマリーが鍛錬場を出た後、たまたま研究所前の公園で会ったから「よう、久しぶりに3人で商店街へ行かないか?」と誘ったら「ごめん、あたしジョゼフのところに行くから」と断られた。
わかるか?急に置いてけぼりにされるこの気持ちを。親友達が悪気なくても急に去っていくようなこの感覚。しかも自分を置いてあいつら2人が……。
とにかくオレは今日も苛ついて仕方ないのである。
「アレンくん、今度はこの書類に目を通してね」
そう言ってきたのは研究所の医療介護課のミハイル課長だ。オレは今、ここで研修生として働いているからだ。
「またかよ!どんだけ書類見りゃあいいんだよ、クソがッ」
「……………」
ミハイルは乱暴に書類を受け取るオレに嫌そうな目を向けている。彼は間違っていない。研修生の分際でこんな態度を取られたら、普通の上司なら激怒するところだろう。だが、安心してほしい。この研究所にマトモな人間など1人もいないからだ。
医療介護課のミハイル課長は隠れ(てない)サイコパスだ。奴は元々病院で外科医として務めていたが、持ち前の狂った発作によって退職を迫られたらしい。
共同の核兵器研究課のノエル課長も頭がおかしい。オレに勝る口の悪さだ。それだけでも驚くぐらいなのに、ノエルはさらに隠れ(てない)ドMなのだ。
そんなドMに影響されてなのか、同じ核兵器研究課にいる年配の女性であるヴィクトリアさんもなんと……隠れ(てない)ドSだったりする。彼女の机の引き出しは決して開いてはならない。
その他の研究員達も残念ながら何かを患っている。暇さえあれば自分の身体で新薬の実験をして興奮してたり、同僚同士で訳の分からない話をしていたりする。この間もある研究員がルリコンゴウインコのデカイぬいぐるみを持ってきて「オイラの彼女だょぐへへ」とか言いながら出勤してきたのである。
変人しかいない状態でこの研究所がなんとか稼働できていることが不思議で仕方ない。
「っていうかアレンくんは何でここで研修生やろうと思ったの?楽しいの?」
「……興味、あったから」
オレはミハイルの質問に呟くように答えた。
助けたい人がいるとか、自分自身が医療の世話になってるからとか……気まずくて言えん。
「そう、興味ね……」
ミハイルはニヤニヤしながら言ってきた。
うるさい奴だ。今度オレが絶望の新薬を開発したら真っ先にこいつに治験してもらおう。
「まぁ、アレンくんが実は友達想いなのはジョゼフくんから聞いてるからねぇ」
「決めたぞ。オレが出世したらまずはどっかの変態の息の根を止めてやろう」
「変態ってノエルのこと?それは是非ともお願いします!あ、解剖するからその時は身体は捨てないでね」
「………」
ちげーよ、変態はテメェのことだ馬鹿め。
「貴様ら!この僕を侮辱するならただじゃおかないぞ愚人どもめ!」
「ほら、出たよ!この研究所には変態しかいねーのかよ!」
出たというのはノエルのことである。奴はオレ達とは離れた席にいるというのに、響き渡るような大きな声で悪態をついた。
「もぉ、地獄耳だなぁ本当に……くだらないこと気にしてないで仕事しなよ」
ミハイルはノエルに向けて言った。
悪いがそれを言うならテメェもこの研究所の全員に当てはまることだ。さっきから研究員Aさんがネイルを爪に塗っているのではなくて、隣で爆睡してる研究員Bくんの眼鏡に塗ってるぞ。嫌がらせが桁違いにひでーぞ。鍛錬場より無法地帯じゃねぇか。
「ミハイルぱいせん、今から脱いで全裸になりまっす」
突然、オレ達の前に研究員Cが白衣のボタンを外しながら近づいてきた。
「ハァ?!」
オレはそれを見てキレた。
「えっ、お腹を出すの?急所を見せるってことはそういうこと?解剖していいの?」
「何なんだよテメーら!?仕事ができないのか?!誰一人としてまともに研究仕事をしてる奴はいねーじゃねぇかよ!」
研究員Cは脱ぎ始めた。ミハイルは涎を拭き始めた。
「だからそれをやめろっつってんだよ!いい加減にしろ!!」
オレは2人まとめてキックとパンチを喰らわせた。鍛錬場での経験がこんなところに出るとは思わなかった。というか、こんなの嫌だ。
※
午後5時。
午前中に終わる鍛錬場とは違い、研究所ではこの時間が定時退勤となっている。
今日もオレは激しく疲れている。毎日変人共に精神を削られているからだ。
「ハァ……まあ、少しは勉強になってるからいいのか……?」
オレは帰り道となる通りを歩きながら考えていた。確かに医療介護課には変人と変態しかいないが、ミハイルは面倒見がいい。
毎日飽きもせずオレに研究資料を見せては丁寧に説明してくれているからだ。だからオレは研修生になってから医療について学べているのである。
「…………あ」
研究所前の公園へ少し視線を移すと見知った2人の姿があった。
マリーとジョゼフだ。
なんと、あの2人………一緒にベンチに座って手を繋いでいるではないか。
少し昔だったら、オレが2人を見かけても普通に挨拶もできただろうに、あれでは話しかけにくい。
だがオレはそれでも玉砕しに行った。
「おい、そこのリア充共。久しぶりだなァ、元気か?」
オレは2人が座っているベンチの前で仁王立ちしてそう聞いた。
「ああ、今は体調に問題はない。心配してくれるのか」
ジョゼフは何とも幸せそうにオレに応えた。
「心配なんかしてねーよ、うるせぇな!元気そうならもうオレが必要ねぇってことだよ!もういいよ、帰るわ!お前ら早く結婚しろ!」
オレはそこから半ば泣きながら走り足で自宅まで帰った。マリーは「結婚」という言葉に反応して赤面していた。オレはなんだか悲しくなった。
「あれ、指揮官?こんなところで会うなんて………って、泣いてるんですか?!」
研究員住居へ向かう通りで鍛錬場の現指揮官のミカン兵士に会った。午前の鍛錬が終わって、今は彼女のプライベート時間なのだろう。やけにカラフルなパーカーを着ていて、商店街から買ってきたであろうジェラートを食べながら歩いていた。
「泣いてねーよ!つーか、今の指揮官はお前だろうが!」
「いえ、泣いてますよね?何かあったんですか?」
「何もねぇよ、うるせぇな!」
「指揮官、そうやって心配してる人に対して怒鳴るのはよくありません。私はあなたを心配して声をかけているというのに、そうやって優しく接してくれる人に対して怒鳴るのですか?非常識です。これでは一般社会で生きる大人としては失格なのでやめてください」
「…………」
そうだった。
そういえばこの女は無駄に生真面目なところがあって何も言い返せないんだった。
「指揮官、そんなんじゃ友達いなくなりますよ」
「そんなこと言われなくてももうオレには友達なんていないもん……」
「えっ、どういうことですか?」
「あいつら同棲とか始めてから……オレと遊んでくれなくなったもん。元気になってから構ってくれなくなったもん」
「その、子どもみたいな喋り方やめてくれません?似合わないから」
「……………」
確かに似合わないからやめることにする。
「まあ、仕方ないですよ。きっとあの2人も指揮官のこと嫌いになったわけじゃないですから、今は2人にとって幸せな時期なんですよ」
「そういう問題じゃねーんだよ。あの2人しか友達いなかったオレが寂しくなっちゃったって言いてぇんだよ」
「ずいぶんと素直に言うんですね……」
「うん」
「…………」
「………………」
とにかくオレは誰にも構ってもらえなくて寂しいのである。
「あの、指揮官」
ミカンは急に雰囲気を変えてオレに話しかけた。手に持ってるジェラートが落ちそうで気になる。
「もう、指揮官じゃねぇんだけど……何?」
「その、良かったら私と商店街に行きませんか?」
憐れみを掛けられてオレは苛々した。誰がぼっちで寂しいって言ってんだよ、冗談に決まってるだろ!オレは一匹狼だ。いつでも孤高に生きているし、それを苦に思ったことなどないのだ。
「うん、一緒に行こ」
口から出たのは肯定の言葉だった。
それからオレはミカンと一緒に商店街へ行き、例のシャーベーットを貪っているのである。何を言おう。いや、欲しかったわけではない。別に、ミカンがずっと持っていたシャーベットをガン見していたわけではない。仕方ないから買ったのだ。
「指揮官とこうして商店街を歩きながら並んでシャーベットを食べる日が来るなんて思いもしませんでした」
ミカンは真顔でそう言っていた。
何で真顔なんだ。誘ったのはお前だろう。オレと居て楽しくないというのか?!
……いや、楽しくないだろうな。
オレみたいな性格のねじ曲がった野郎と居ても楽しい人間はきっといないだろうな。
「あれ、指揮官。何か落ち込んでます?」
ミカンはまた真顔でオレに聞いた。
「落ち込んでねーよ」
「いや、落ち込んでますよね?最初から元気ないじゃないですか。あの2人のこともそうですけど、今も」
「うるせぇよ、あの2人のことなんてもうどうでもいいんだよ!」
本当はどうでもよくないし、できれば前みたいに3人で会ったりしたいけど、でも、2人の時間の邪魔もしたくないし……なんかもう嫌だ。何がしたいのか自分でもわからない。
「えっと、私。指揮官の性格がなんとなく掴めてきました。本当はあの2人と話がしたいんですよね?」
「………………」
「迷うぐらいでしたら、話しに行きましょうよ」
「いや、それはいい」
「良くないですよ、友達なら言いたいことがあればきちんと言うべきです」
「いや、いいって」
別にこれといって言いたいことがある訳でもないし。
「じゃあ、どうするんですか?」
「とりあえずシャーベットが溶ける前に食べる」
オレはミカンの話題を変えてシャーベットに向き直った。近くにあったベンチに座ると、ミカンも遠慮なく隣に座ってきた。
「指揮官、それ何味ですか?」
「グレープフルーツ」
「えっ、グレープフルーツは苦くて私は苦手なんですよね」
「苦い?甘くないか」
「味覚音痴なんですか?」
「……………」
会話が途切れた。
オレはきっとこの女とは仲良くできないだろう。
「アレン指揮官ってすぐ表情に出るからわかりやすいですね」
ミカンは今日で初めてオレに笑顔を見せた。
「はぁ?馬鹿にしてんのかよ」
すぐ表情に出すような奴は兵士には向かない。つまり、馬鹿なのである。オレは馬鹿ではない。
「いいえ、そうではありません。確かにそういうタイプの人って嘘がつけなかったり、戦法とか台無しにするような馬鹿で兵士に向かないんですけど、私は指揮官を馬鹿にしてませんよ、今は」
「馬鹿にしてんじゃん」
「ふふっ、すみません」
ミカンは笑ってから美味しそうにシャーベットを舐めた。
「笑いごとじゃねぇんだよ、もしそれがオレだってんなら大問題だろーが……あっ」
「指揮官はもう兵士じゃないじゃないですか」
「そうだった……いや、お前が指揮官指揮官言うから忘れちまうだろう!」
「指揮官はドジっ子なんですか?」
「だから、指揮官って言うのやめろつってんだよ!」
勢いよく叫んだらシャーベットが床に落ちた。おまけに商店街を行き交う人々に痛い視線を送られている。
「指揮か……えっと、アレンさん。静かにしてください」
さん付けなんて生まれて初めて呼ばれた。超びっくり。
そんなことより床に落ちてしまったシャーベットを見ていたらなんだか絶望の淵に落とされるような感覚に襲われた。なんだろう、病気で初めて血を吐いた時よりも精神的に来た。
「しきっ、アレンさんって本当に純粋ですよね。シャーベット、もう一つ買いますから泣かないでください」
なんたる醜態。落ちたシャーベットごときで泣いてるところを見られてしまった。
ミカンはそんなオレを見て笑っている。もういいよ、いっそとことん馬鹿にしてくれ。オレは落ち込んでいるのだ。友達いなくなったし、シャーベット落とすし、嫌なことだらけだ。
突然、ミカンはポケットからハンカチを取り出してオレに近づけた。そのまま目を拭かれて、驚くと同時に体が硬直した。
「さっ、新しいシャーベットを買いに行きましょ」
ミカンがそのハンカチを仕舞うと、今度は手を握られてどこかへと連れていかれた。オレは何も反応できずにそのままついていった。
女子に手を握られるなんて初めてで心臓が口から飛び出そうだった。
爆発しそう。
オレは今日もぼっちだ。あいつら今日もいちゃつきやがって、なんだか腹の虫がおさまらないぜ。この間もマリーが鍛錬場を出た後、たまたま研究所前の公園で会ったから「よう、久しぶりに3人で商店街へ行かないか?」と誘ったら「ごめん、あたしジョゼフのところに行くから」と断られた。
わかるか?急に置いてけぼりにされるこの気持ちを。親友達が悪気なくても急に去っていくようなこの感覚。しかも自分を置いてあいつら2人が……。
とにかくオレは今日も苛ついて仕方ないのである。
「アレンくん、今度はこの書類に目を通してね」
そう言ってきたのは研究所の医療介護課のミハイル課長だ。オレは今、ここで研修生として働いているからだ。
「またかよ!どんだけ書類見りゃあいいんだよ、クソがッ」
「……………」
ミハイルは乱暴に書類を受け取るオレに嫌そうな目を向けている。彼は間違っていない。研修生の分際でこんな態度を取られたら、普通の上司なら激怒するところだろう。だが、安心してほしい。この研究所にマトモな人間など1人もいないからだ。
医療介護課のミハイル課長は隠れ(てない)サイコパスだ。奴は元々病院で外科医として務めていたが、持ち前の狂った発作によって退職を迫られたらしい。
共同の核兵器研究課のノエル課長も頭がおかしい。オレに勝る口の悪さだ。それだけでも驚くぐらいなのに、ノエルはさらに隠れ(てない)ドMなのだ。
そんなドMに影響されてなのか、同じ核兵器研究課にいる年配の女性であるヴィクトリアさんもなんと……隠れ(てない)ドSだったりする。彼女の机の引き出しは決して開いてはならない。
その他の研究員達も残念ながら何かを患っている。暇さえあれば自分の身体で新薬の実験をして興奮してたり、同僚同士で訳の分からない話をしていたりする。この間もある研究員がルリコンゴウインコのデカイぬいぐるみを持ってきて「オイラの彼女だょぐへへ」とか言いながら出勤してきたのである。
変人しかいない状態でこの研究所がなんとか稼働できていることが不思議で仕方ない。
「っていうかアレンくんは何でここで研修生やろうと思ったの?楽しいの?」
「……興味、あったから」
オレはミハイルの質問に呟くように答えた。
助けたい人がいるとか、自分自身が医療の世話になってるからとか……気まずくて言えん。
「そう、興味ね……」
ミハイルはニヤニヤしながら言ってきた。
うるさい奴だ。今度オレが絶望の新薬を開発したら真っ先にこいつに治験してもらおう。
「まぁ、アレンくんが実は友達想いなのはジョゼフくんから聞いてるからねぇ」
「決めたぞ。オレが出世したらまずはどっかの変態の息の根を止めてやろう」
「変態ってノエルのこと?それは是非ともお願いします!あ、解剖するからその時は身体は捨てないでね」
「………」
ちげーよ、変態はテメェのことだ馬鹿め。
「貴様ら!この僕を侮辱するならただじゃおかないぞ愚人どもめ!」
「ほら、出たよ!この研究所には変態しかいねーのかよ!」
出たというのはノエルのことである。奴はオレ達とは離れた席にいるというのに、響き渡るような大きな声で悪態をついた。
「もぉ、地獄耳だなぁ本当に……くだらないこと気にしてないで仕事しなよ」
ミハイルはノエルに向けて言った。
悪いがそれを言うならテメェもこの研究所の全員に当てはまることだ。さっきから研究員Aさんがネイルを爪に塗っているのではなくて、隣で爆睡してる研究員Bくんの眼鏡に塗ってるぞ。嫌がらせが桁違いにひでーぞ。鍛錬場より無法地帯じゃねぇか。
「ミハイルぱいせん、今から脱いで全裸になりまっす」
突然、オレ達の前に研究員Cが白衣のボタンを外しながら近づいてきた。
「ハァ?!」
オレはそれを見てキレた。
「えっ、お腹を出すの?急所を見せるってことはそういうこと?解剖していいの?」
「何なんだよテメーら!?仕事ができないのか?!誰一人としてまともに研究仕事をしてる奴はいねーじゃねぇかよ!」
研究員Cは脱ぎ始めた。ミハイルは涎を拭き始めた。
「だからそれをやめろっつってんだよ!いい加減にしろ!!」
オレは2人まとめてキックとパンチを喰らわせた。鍛錬場での経験がこんなところに出るとは思わなかった。というか、こんなの嫌だ。
※
午後5時。
午前中に終わる鍛錬場とは違い、研究所ではこの時間が定時退勤となっている。
今日もオレは激しく疲れている。毎日変人共に精神を削られているからだ。
「ハァ……まあ、少しは勉強になってるからいいのか……?」
オレは帰り道となる通りを歩きながら考えていた。確かに医療介護課には変人と変態しかいないが、ミハイルは面倒見がいい。
毎日飽きもせずオレに研究資料を見せては丁寧に説明してくれているからだ。だからオレは研修生になってから医療について学べているのである。
「…………あ」
研究所前の公園へ少し視線を移すと見知った2人の姿があった。
マリーとジョゼフだ。
なんと、あの2人………一緒にベンチに座って手を繋いでいるではないか。
少し昔だったら、オレが2人を見かけても普通に挨拶もできただろうに、あれでは話しかけにくい。
だがオレはそれでも玉砕しに行った。
「おい、そこのリア充共。久しぶりだなァ、元気か?」
オレは2人が座っているベンチの前で仁王立ちしてそう聞いた。
「ああ、今は体調に問題はない。心配してくれるのか」
ジョゼフは何とも幸せそうにオレに応えた。
「心配なんかしてねーよ、うるせぇな!元気そうならもうオレが必要ねぇってことだよ!もういいよ、帰るわ!お前ら早く結婚しろ!」
オレはそこから半ば泣きながら走り足で自宅まで帰った。マリーは「結婚」という言葉に反応して赤面していた。オレはなんだか悲しくなった。
「あれ、指揮官?こんなところで会うなんて………って、泣いてるんですか?!」
研究員住居へ向かう通りで鍛錬場の現指揮官のミカン兵士に会った。午前の鍛錬が終わって、今は彼女のプライベート時間なのだろう。やけにカラフルなパーカーを着ていて、商店街から買ってきたであろうジェラートを食べながら歩いていた。
「泣いてねーよ!つーか、今の指揮官はお前だろうが!」
「いえ、泣いてますよね?何かあったんですか?」
「何もねぇよ、うるせぇな!」
「指揮官、そうやって心配してる人に対して怒鳴るのはよくありません。私はあなたを心配して声をかけているというのに、そうやって優しく接してくれる人に対して怒鳴るのですか?非常識です。これでは一般社会で生きる大人としては失格なのでやめてください」
「…………」
そうだった。
そういえばこの女は無駄に生真面目なところがあって何も言い返せないんだった。
「指揮官、そんなんじゃ友達いなくなりますよ」
「そんなこと言われなくてももうオレには友達なんていないもん……」
「えっ、どういうことですか?」
「あいつら同棲とか始めてから……オレと遊んでくれなくなったもん。元気になってから構ってくれなくなったもん」
「その、子どもみたいな喋り方やめてくれません?似合わないから」
「……………」
確かに似合わないからやめることにする。
「まあ、仕方ないですよ。きっとあの2人も指揮官のこと嫌いになったわけじゃないですから、今は2人にとって幸せな時期なんですよ」
「そういう問題じゃねーんだよ。あの2人しか友達いなかったオレが寂しくなっちゃったって言いてぇんだよ」
「ずいぶんと素直に言うんですね……」
「うん」
「…………」
「………………」
とにかくオレは誰にも構ってもらえなくて寂しいのである。
「あの、指揮官」
ミカンは急に雰囲気を変えてオレに話しかけた。手に持ってるジェラートが落ちそうで気になる。
「もう、指揮官じゃねぇんだけど……何?」
「その、良かったら私と商店街に行きませんか?」
憐れみを掛けられてオレは苛々した。誰がぼっちで寂しいって言ってんだよ、冗談に決まってるだろ!オレは一匹狼だ。いつでも孤高に生きているし、それを苦に思ったことなどないのだ。
「うん、一緒に行こ」
口から出たのは肯定の言葉だった。
それからオレはミカンと一緒に商店街へ行き、例のシャーベーットを貪っているのである。何を言おう。いや、欲しかったわけではない。別に、ミカンがずっと持っていたシャーベットをガン見していたわけではない。仕方ないから買ったのだ。
「指揮官とこうして商店街を歩きながら並んでシャーベットを食べる日が来るなんて思いもしませんでした」
ミカンは真顔でそう言っていた。
何で真顔なんだ。誘ったのはお前だろう。オレと居て楽しくないというのか?!
……いや、楽しくないだろうな。
オレみたいな性格のねじ曲がった野郎と居ても楽しい人間はきっといないだろうな。
「あれ、指揮官。何か落ち込んでます?」
ミカンはまた真顔でオレに聞いた。
「落ち込んでねーよ」
「いや、落ち込んでますよね?最初から元気ないじゃないですか。あの2人のこともそうですけど、今も」
「うるせぇよ、あの2人のことなんてもうどうでもいいんだよ!」
本当はどうでもよくないし、できれば前みたいに3人で会ったりしたいけど、でも、2人の時間の邪魔もしたくないし……なんかもう嫌だ。何がしたいのか自分でもわからない。
「えっと、私。指揮官の性格がなんとなく掴めてきました。本当はあの2人と話がしたいんですよね?」
「………………」
「迷うぐらいでしたら、話しに行きましょうよ」
「いや、それはいい」
「良くないですよ、友達なら言いたいことがあればきちんと言うべきです」
「いや、いいって」
別にこれといって言いたいことがある訳でもないし。
「じゃあ、どうするんですか?」
「とりあえずシャーベットが溶ける前に食べる」
オレはミカンの話題を変えてシャーベットに向き直った。近くにあったベンチに座ると、ミカンも遠慮なく隣に座ってきた。
「指揮官、それ何味ですか?」
「グレープフルーツ」
「えっ、グレープフルーツは苦くて私は苦手なんですよね」
「苦い?甘くないか」
「味覚音痴なんですか?」
「……………」
会話が途切れた。
オレはきっとこの女とは仲良くできないだろう。
「アレン指揮官ってすぐ表情に出るからわかりやすいですね」
ミカンは今日で初めてオレに笑顔を見せた。
「はぁ?馬鹿にしてんのかよ」
すぐ表情に出すような奴は兵士には向かない。つまり、馬鹿なのである。オレは馬鹿ではない。
「いいえ、そうではありません。確かにそういうタイプの人って嘘がつけなかったり、戦法とか台無しにするような馬鹿で兵士に向かないんですけど、私は指揮官を馬鹿にしてませんよ、今は」
「馬鹿にしてんじゃん」
「ふふっ、すみません」
ミカンは笑ってから美味しそうにシャーベットを舐めた。
「笑いごとじゃねぇんだよ、もしそれがオレだってんなら大問題だろーが……あっ」
「指揮官はもう兵士じゃないじゃないですか」
「そうだった……いや、お前が指揮官指揮官言うから忘れちまうだろう!」
「指揮官はドジっ子なんですか?」
「だから、指揮官って言うのやめろつってんだよ!」
勢いよく叫んだらシャーベットが床に落ちた。おまけに商店街を行き交う人々に痛い視線を送られている。
「指揮か……えっと、アレンさん。静かにしてください」
さん付けなんて生まれて初めて呼ばれた。超びっくり。
そんなことより床に落ちてしまったシャーベットを見ていたらなんだか絶望の淵に落とされるような感覚に襲われた。なんだろう、病気で初めて血を吐いた時よりも精神的に来た。
「しきっ、アレンさんって本当に純粋ですよね。シャーベット、もう一つ買いますから泣かないでください」
なんたる醜態。落ちたシャーベットごときで泣いてるところを見られてしまった。
ミカンはそんなオレを見て笑っている。もういいよ、いっそとことん馬鹿にしてくれ。オレは落ち込んでいるのだ。友達いなくなったし、シャーベット落とすし、嫌なことだらけだ。
突然、ミカンはポケットからハンカチを取り出してオレに近づけた。そのまま目を拭かれて、驚くと同時に体が硬直した。
「さっ、新しいシャーベットを買いに行きましょ」
ミカンがそのハンカチを仕舞うと、今度は手を握られてどこかへと連れていかれた。オレは何も反応できずにそのままついていった。
女子に手を握られるなんて初めてで心臓が口から飛び出そうだった。
爆発しそう。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~
一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。
しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。
流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。
その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。
右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。
この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。
数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。
元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。
根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね?
そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。
色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。
……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!
2回目の人生は異世界で
黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった
アタエバネ ~恵力学園一年五組の異能者達~
弧川ふき
ファンタジー
優秀な者が多い「恵力学園」に入学するため猛勉強した「形快晴己(かたがいはるき)」の手首の外側に、突如として、数字のように見える字が刻まれた羽根のマークが現れた。
それを隠して過ごす中、学内掲示板に『一年五組の全員は、4月27日の放課後、化学室へ』という張り紙を発見。
そこに行くと、五組の全員と、その担任の姿が。
「あなた達は天の使いによってたまたま選ばれた。強引だとは思うが協力してほしい」
そして差し出されたのは、一枚の紙。その名も、『を』の紙。
彼らの生活は一変する。
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・出来事などとは、一切関係ありません。


巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

公爵家三男に転生しましたが・・・
キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが…
色々と本当に色々とありまして・・・
転生しました。
前世は女性でしたが異世界では男!
記憶持ち葛藤をご覧下さい。
作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

転生令嬢の食いしん坊万罪!
ねこたま本店
ファンタジー
訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。
そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。
プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。
しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。
プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。
これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。
こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。
今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。
※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。
※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる