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第二章 鏡の地獄
冬に待つ悪魔1
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エンド
「見て、鏡の舟だよ」
カドが海の中から空を見上げて笑った。
最後の魂が、ルキルくんの作った地獄までの空洞を抜け、鏡の門へ辿りつくのを確認した後、俺たちはゆっくりと海面に向かって上昇した。向かう先に、俺たちを映す船底らしきものが見える。
初めて海水の中に入ったが、直ぐに泳ぎには慣れた。ルキルくんの言う通り、シロキさんの身体が水を拒否しているのか、おぼつかない動きのカドを抱えて空の方へ向かう。
「ナイトさんが近くにいるんですね。迎えを出してくれたんだ。あの船ならファミドも乗れそうです」
ファミドは泳いだ方が早そうだが、ナイトという悪魔は乗せる気満々の大きさで舟を具現化している。
「エンド、ごめんな。俺、調子に乗ってたけど、あまり泳ぐの得意じゃなくて」
カドが俺につかまりながら言う。
「そうだな、上手くはないけど、一緒にいてくれると怖くない」
顔を出すと鏡の舟が待っていた。夜の海と月の戻った空を映して、輝きながら揺れている。
「あれ? ここって………」
カドがきょろきょろと周囲を見回した。
「わかりましたか? 僕が去年の冬、ずっとシロキさんを待っていた港町の海です」
その時、ファミドが勢いよく舟に飛び乗った。水しぶきが俺たち以上に、本体のルキルくんにバサリと強い音を立ててかかった。
「やめてよ、ファミド」
ルキルくんがケタケタと笑う。
こうして子どもっぽい様子を無防備にさらしても、神様だとわかる雰囲気はカドとは違う。何をしていても夜の視線を集めている。
「ほら、乗れよ」
カドを押し上げて先に舟に乗せる。乗り込むと、今度はカドが俺の手を強く握って引き上げてくれた。
俺たちが身体を落ち着けると、舟はくすぐるような微かな水の音を立てて、浜辺の方へ進む。鏡の舟が空と海を映して、自分がどの空間にいるのかわからなくなる。
前に座るカドの黒い髪に滴る水が現実味を帯びていることに安心する。カドが背中を見せたまま、振り返らずに言う。
「俺、海でも雨でもずぶ濡れになるのが好きなんだ。シロキさんも同じかも知れない。一緒に思いっきり水を浴びた記憶がある」
「そうか」
思い描いただけで美しい光景だが、同時にシロキさんが「雨より静かな雪が好きだ」と記憶の中で言っていたことを思い出す。いつかその矛盾の裏を知りたい。
俺は人間の世界の冬の冷たい海風を感じながら目を閉じた。
鏡の悪魔に最初に反応のしたのは意外にもファミドだった。急に舟から飛び降りて、水浸しになりながら浅瀬をばしゃばしゃと駆けて行く。
「あ、ナイトさんです」
ルキルくんも声を弾ませる。シロキさんの記憶では犬にもなつかれていたようだし、動物に好かれる悪魔なのだろうか。
カドは前を向いたままなので表情は見えないが、立ち上がるでもなく、むしろぴくりとも動かない。
声をかけることも触れることもできず、俺はただ黙って後ろ姿を見守る。カドの背中に小さな雪が降って、そして薄く積もっていくのを見て、今この世界が冬だと実感する。
駆け寄ってきたファミドの首の辺りを撫でていた悪魔がこちらを見て、カドと目を合わせた。
想像していたよりずっと穏やかな表情をしている。
「カド、そろそろ降りる――」
言い終わる前に舟の方が海に溶けた。鏡が海と同化していく。俺たちが脚をつけるのに十分な時間をかけて。
カドが数歩、鏡の悪魔の方へ進んで止まった。ルキルくんも黙って二人の様子を見ている。
鏡の悪魔が先にカドに歩み寄って来た。そして目の前に立ち切ない表情で微笑み、右腕を差し出すと、カドの頭を一度だけ、優しく撫でた。
「――やっと会えたな」
「見て、鏡の舟だよ」
カドが海の中から空を見上げて笑った。
最後の魂が、ルキルくんの作った地獄までの空洞を抜け、鏡の門へ辿りつくのを確認した後、俺たちはゆっくりと海面に向かって上昇した。向かう先に、俺たちを映す船底らしきものが見える。
初めて海水の中に入ったが、直ぐに泳ぎには慣れた。ルキルくんの言う通り、シロキさんの身体が水を拒否しているのか、おぼつかない動きのカドを抱えて空の方へ向かう。
「ナイトさんが近くにいるんですね。迎えを出してくれたんだ。あの船ならファミドも乗れそうです」
ファミドは泳いだ方が早そうだが、ナイトという悪魔は乗せる気満々の大きさで舟を具現化している。
「エンド、ごめんな。俺、調子に乗ってたけど、あまり泳ぐの得意じゃなくて」
カドが俺につかまりながら言う。
「そうだな、上手くはないけど、一緒にいてくれると怖くない」
顔を出すと鏡の舟が待っていた。夜の海と月の戻った空を映して、輝きながら揺れている。
「あれ? ここって………」
カドがきょろきょろと周囲を見回した。
「わかりましたか? 僕が去年の冬、ずっとシロキさんを待っていた港町の海です」
その時、ファミドが勢いよく舟に飛び乗った。水しぶきが俺たち以上に、本体のルキルくんにバサリと強い音を立ててかかった。
「やめてよ、ファミド」
ルキルくんがケタケタと笑う。
こうして子どもっぽい様子を無防備にさらしても、神様だとわかる雰囲気はカドとは違う。何をしていても夜の視線を集めている。
「ほら、乗れよ」
カドを押し上げて先に舟に乗せる。乗り込むと、今度はカドが俺の手を強く握って引き上げてくれた。
俺たちが身体を落ち着けると、舟はくすぐるような微かな水の音を立てて、浜辺の方へ進む。鏡の舟が空と海を映して、自分がどの空間にいるのかわからなくなる。
前に座るカドの黒い髪に滴る水が現実味を帯びていることに安心する。カドが背中を見せたまま、振り返らずに言う。
「俺、海でも雨でもずぶ濡れになるのが好きなんだ。シロキさんも同じかも知れない。一緒に思いっきり水を浴びた記憶がある」
「そうか」
思い描いただけで美しい光景だが、同時にシロキさんが「雨より静かな雪が好きだ」と記憶の中で言っていたことを思い出す。いつかその矛盾の裏を知りたい。
俺は人間の世界の冬の冷たい海風を感じながら目を閉じた。
鏡の悪魔に最初に反応のしたのは意外にもファミドだった。急に舟から飛び降りて、水浸しになりながら浅瀬をばしゃばしゃと駆けて行く。
「あ、ナイトさんです」
ルキルくんも声を弾ませる。シロキさんの記憶では犬にもなつかれていたようだし、動物に好かれる悪魔なのだろうか。
カドは前を向いたままなので表情は見えないが、立ち上がるでもなく、むしろぴくりとも動かない。
声をかけることも触れることもできず、俺はただ黙って後ろ姿を見守る。カドの背中に小さな雪が降って、そして薄く積もっていくのを見て、今この世界が冬だと実感する。
駆け寄ってきたファミドの首の辺りを撫でていた悪魔がこちらを見て、カドと目を合わせた。
想像していたよりずっと穏やかな表情をしている。
「カド、そろそろ降りる――」
言い終わる前に舟の方が海に溶けた。鏡が海と同化していく。俺たちが脚をつけるのに十分な時間をかけて。
カドが数歩、鏡の悪魔の方へ進んで止まった。ルキルくんも黙って二人の様子を見ている。
鏡の悪魔が先にカドに歩み寄って来た。そして目の前に立ち切ない表情で微笑み、右腕を差し出すと、カドの頭を一度だけ、優しく撫でた。
「――やっと会えたな」
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