奇跡の神様

白木

文字の大きさ
上 下
64 / 331
第二章 鏡の地獄

古い炎2

しおりを挟む
 その日俺達が訪れたのはなんの変哲もないアパートの一室だった。
 「この部屋です」とアパートの管理人が案内してくれたその部屋は傍目にはとても普通に見えたが玄関扉の前に立った俺はぞくっと肌を粟立てさせた。

「御堂、ここ……」
「うん、そうだね」
「外観は綺麗に掃除したんですけど、やっぱり分かりますか?」
「まぁ、僕達はそれが仕事なんで」

 御堂は不安げな表情を見せる管理人ににこりと笑みを見せた。だけど俺はそんな風に御堂が笑っていられる意味が分からない。それはもう明らかな敵意が扉の向こうから漏れ出してきていて俺は既に帰りたくて仕方がない。

「実は室内はまだちゃんと片付けが済んでいないんですよ。入ろうとすると……ひっ!」

 鍵を開けて扉を開けようとした管理人が扉から手を放した。まぁ、それは俺にも見えたよ、扉を掴んだ管理人の腕を掴んだ半透明な指をな。

「あ、鍵だけ預けてくれたら管理人さんはもう大丈夫ですよ。片付いたら呼ぶんで管理人室でお待ちください」

 やはり御堂はにこにこと笑みを崩さない。素でもにこにこしている事の多い御堂だけれど、こんな場面でも営業スマイルを崩さないの尊敬するよ。俺には無理だわ、だってさっきから室内から嫌な気配が漂って来てる。
 管理人さんは明らかにほっとしたような表情で御堂に鍵を手渡すと逃げるように管理人室へと戻っていった。

「なぁ、御堂ここヤバくね?」
「うん、ヤバいね」

 敵意は完全に俺達に向いている、それでも平気な顔で御堂は部屋の鍵を開けた。そして開けた途端にまず鼻をついたのは異様な悪臭。

『御堂! おいらの鼻がもげるっ!』

 俺の肩の上に乗っていたコン太が苦しそうに鼻を抑えている。まぁ、人間より鼻が利くだろうから余計にだよな。

「とりあえず入ってみようか」

 そう言って御堂が部屋に入ろうとした瞬間、部屋の中から嫌な破裂音がした。それは壁が軋んでいるような、乾いた木が折れるようなそんな音だ。

「あはは、大歓迎だ」
「お前、よく笑ってられるな」

 もうこれはあからさまな怪奇現象、いわゆるラップ音というやつだ。

「いつも言ってるけどさあやを得た僕は無敵だよ」

 そう言って御堂は軽く俺の肩を抱いてから靴も脱がずに部屋へと上がり込む。さりげなく力奪ってくのやめろよな、俺にだって心構えがあるっちゅうのに。
 室内は荒れに荒れていて到底裸足では上がれない状態になっている、俺も恐る恐る室内へと足を踏み入れた。
 その部屋は一般的な単身者用のアパート、1LDKの室内はさして広くもないのだがその室内のあちこちにゴミが取っ散らかっていて悪臭を放っている。
 言ってしまえばここは汚部屋で、そんな中でこの部屋に住んでいた住人は数日前に孤独死したのだと聞いている。
 死体は既に警察が回収したあとなのだそうだが、その部屋を片付けようとした清掃員が異常を訴え俺達に依頼が回ってきた。

「こういう依頼って意外と多いんだよね。たぶんこれからもっと増える」

 そう言って御堂は奥の部屋まで踏み込んでカーテンを開け放った。室内に差し込む日差し、けれど明るくなっているはずの室内はやはり何処か薄暗い。

「窓は開けないのか?」
「この悪臭は近所迷惑だしね」

 まぁ、確かにそれはそうだよな。俺も室内に踏み込んではみたけれど、コン太は扉の外から中に入ってこようとしない。
 俺自身もチリチリと肌を刺激されるようなその感覚が先程から不快で仕方がない。たぶん御堂が居なかったら確実に逃げてた。

「さて、分かってると思うけど、ここはもう君の家じゃない。即刻退去願おうか?」

 また室内で乾いた破裂音が響く。

「嫌がっても無駄だよ、大人しく成仏すればよし、抗うようなら強制退去って事になるけれど」

 御堂の右手にはいつの間にか刀が握られていた。相変らず仕事中の御堂の笑みは胡散臭い悪人面だ。
 部屋の隅にうっすらと暗い影が立ち上がり人のような形をなして、こちらへ来るなと威嚇する。自分の城である部屋にずかずかと上がり込まれたあげくこんな悪人面で退去を要請されたら嫌だよなぁ。まぁその気持ち分らんでもない。

「こいつ、自分が死んだこと分かってない?」
「いや、たぶん分かってて何か隠してる、その押し入れ見せてもらおうか?」

 黒い影が目に見えて抵抗感を強くする。先程までチリチリしていた肌への刺激が強くなって不快な事この上ないのだが、まるで意に介さない御堂は遠慮もなく押し入れを開け放った。

「おっと、これは……」

 荒れ放題の室内とは対照的にその押し入れの中はきちんと整えられていた。

「この部屋の主って女だっけ?」
「いや、三十後半の男性だって聞いてる」

 そこにあったのはキラキラと可愛らしい女性用の服や雑貨や愛らしいぬいぐるみ、そして少女漫画などがずらりと並んでそこだけがまるで異空間だ。

「彼女の置き土産?」
「そもそも彼女が居たらこんな汚部屋にならないだろうし、孤独死だってしなかったと思うけど」
「元カノのとか?」

 その時また室内に大きな音が鳴り響き、微かに部屋が揺れた気がした。

「地震!?」
「いや、そうじゃない。触るなって怒ってる」
「やっぱり元カノとかの思い出の品なんじゃね?」
「その割には服のサイズが……さあや、ちょうど似合いそう」
「は!?」

 またしても家鳴りが激しくなった。

「これはもしかして君の秘密のコレクションかい? なんなら業者が入る前に秘密裏に片付けようか?」

 突然家鳴りがぴたりと収まった。え? なに?

「うんうん、それで成仏してくれるならお安い御用さ。大丈夫だよ、僕が請け負った」
「え? え? なに??」

 急に部屋の空気が軽くなったと同時に肌へのピリピリとした刺激が消えた。

「さぁ、さあや、この荷物片付けようか」
「え? お祓いは?」
「荷物片づけたら消えるって」
「はぁ!?」

 俺は訳が分からない。けれど、明らかに部屋の様子が変わる。先程まで拒絶一辺倒だった部屋の空気が浄化されていくのが分かって俺にはまったく理解が追い付かない。
 御堂が適当な段ボールにそのキラキラした品物たちを放り込み、ぱたんとその蓋を閉めると部屋の悪臭も気持ち薄くなって、それに気付いたのかコン太が恐る恐るという感じで部屋へと入ってきた。
 すると窓も開いていないのに何処からかふわりと生温い風が吹きコン太へと纏わりつく。

『やっ! なんだお前っ! やめっ! こらっ!』
『可愛い、なにこの子めっちゃ可愛いぃぃぃ!』

 何故かハイテンションな声が室内に響いて俺はコン太を見やる。するとコン太に纏わりついてた影がふわりと笑んで『ありがとう』と笑って消えていった。

「え? どういう事?」
「この家の家主は極度の可愛いもの好きだったんだろうね。だけどそれを隠してた。まぁ三十も後半の男性が女性ものの服や小物を収集してるなんてなかなか言い出せなかっただろうしね」
「じゃあこれ……」
「故人の私物。さあやと体格同じくらいみたいだね、着てみる?」
「遠慮しとく」

 無事に成仏したとはいえ、死んだ人の遺品を勝手に私的流用しようとするのどうかと思うし、なんで俺が女物の服を着ると思うのだ? そういう所、無神経にも程がある。
 「絶対似合うよ」と御堂は笑みを見せたけれど、断言されても嬉しくないしそんなモノは真っ平ごめんだ!

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

アタエバネ ~恵力学園一年五組の異能者達~

弧川ふき
ファンタジー
優秀な者が多い「恵力学園」に入学するため猛勉強した「形快晴己(かたがいはるき)」の手首の外側に、突如として、数字のように見える字が刻まれた羽根のマークが現れた。 それを隠して過ごす中、学内掲示板に『一年五組の全員は、4月27日の放課後、化学室へ』という張り紙を発見。 そこに行くと、五組の全員と、その担任の姿が。 「あなた達は天の使いによってたまたま選ばれた。強引だとは思うが協力してほしい」 そして差し出されたのは、一枚の紙。その名も、『を』の紙。 彼らの生活は一変する。 ※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・出来事などとは、一切関係ありません。

とあるおっさんのVRMMO活動記

椎名ほわほわ
ファンタジー
VRMMORPGが普及した世界。 念のため申し上げますが戦闘も生産もあります。 戦闘は生々しい表現も含みます。 のんびりする時もあるし、えぐい戦闘もあります。 また一話一話が3000文字ぐらいの日記帳ぐらいの分量であり 一人の冒険者の一日の活動記録を覗く、ぐらいの感覚が お好みではない場合は読まれないほうがよろしいと思われます。 また、このお話の舞台となっているVRMMOはクリアする事や 無双する事が目的ではなく、冒険し生きていくもう1つの人生が テーマとなっているVRMMOですので、極端に戦闘続きという 事もございません。 また、転生物やデスゲームなどに変化することもございませんので、そのようなお話がお好みの方は読まれないほうが良いと思われます。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

ウルティメイド〜クビになった『元』究極メイドは、素材があれば何でも作れるクラフト系スキルで商売をして生計を立てていく〜

西館亮太
ファンタジー
「お前は今日でクビだ。」 主に突然そう宣告された究極と称されるメイドの『アミナ』。 生まれてこの方、主人の世話しかした事の無かった彼女はクビを言い渡された後、自分を陥れたメイドに魔物の巣食う島に転送されてしまう。 その大陸は、街の外に出れば魔物に襲われる危険性を伴う非常に危険な土地だった。 だがそのまま死ぬ訳にもいかず、彼女は己の必要のないスキルだと思い込んでいた、素材と知識とイメージがあればどんな物でも作れる『究極創造』を使い、『物作り屋』として冒険者や街の住人相手に商売することにした。 しかし街に到着するなり、外の世界を知らない彼女のコミュ障が露呈したり、意外と知らない事もあったりと、悩みながら自身は究極なんかでは無かったと自覚する。 そこから始まる、依頼者達とのいざこざや、素材収集の中で起こる騒動に彼女は次々と巻き込まれていく事になる。 これは、彼女が本当の究極になるまでのお話である。 ※かなり冗長です。 説明口調も多いのでそれを加味した上でお楽しみ頂けたら幸いです

処理中です...