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第一章 奇跡の神様
カドの正体
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その日から秋が終わるまで、短い間でしたがシロキさんは毎日僕に会いにきてくれました。
ファミドも僕もシロキさんと山で走り回るのが大好きでした。誰かとこんなに親しくなるのは初めてで、世界が僕だけの物になった気がしていました。
シロキさんが太陽を浴びて、走りまわると汗をかくんです。それは自然なことなんですが、汗って鮮やかなんだと初めて知りました。透明だと思っていたのに、シロキさんの髪の生え際や首筋にあるのはキラキラ光って色んな色に見えるのです。
シロキさんがファミドと一緒に険しい山に入る時はハラハラしました。あの細い腰や指を痛めたらどうしようと思って。シロキさんは結構無頓着で、どこにでも雑に座ったりするんですが、どんなに雑に動いても繊細に見えます。思えばシロキさんは神様なので、そんな心配はいらないんですけど、そういう気持ちにさせる雰囲気がシロキさんにはあるんです。
「明日、移動しなければならないんだ」
シロキさんがそう言ったのは、僕の時間がどんどん長くなってきていた秋の終わりのことです。
「はい……」
僕は涙を堪えて何とか返事をしました。
神様同士がずっと一緒に過ごす事はないって、わかっていましたから、理由をを聞くのはやめました。
町を見下ろす高台で西日を受けるシロキさんの横顔と、夕方の風にサラサラ踊る髪をただ見ていました。
「また、会えますか」
僕はもうどうしようもなくなって聞きました。
シロキさんが僕を見ます。誰でも陽の光の射した目は美しいですが、シロキさんのそれはつやつやと妖艶です。
その目で微笑まれると、落ち着く眼差しなのに、同時に心が揺れて不安にもなるんです。
「今度はルキルくんが会いに来て。冬にね、海を渡った北の島の港町で、僕のお祭りがあるんだ。以前はあまり行ってあげられてなくて、人間には悪いことしてると思ってる。だから今は出来るだけ行ってあげたいんだ。ルキルくんは海の見える場所が好きだから、丁度良いと思う。冬の海も君に似合う。僕の門の近くに君のを移動させて欲しいな」
断る訳ないです。冬をシロキさんと過ごせるなんて。冷たい空に今までで一番の月を輝かせてシロキさんに見せたいと心が躍りました。
それに僕を嫌いになって移動する訳ではない事もわかって、ほっとしてもいました。
「次の月食に移動します。良かった……今年はこの時期に月食があって。僕もファミドも雪が好きなんです。シロキさんと雪の中で遊びたい。シロキさんは自分の使いと遊べないから……あ、ごめんなさい」
浮かれてシロキさんの一番悲しくなることを言ってしまって、僕は口をつぐみました。
「いいんだよ、本当のことだし。僕が望んだことだから寂しくてもしかたない」
シロキさんは使いを持たない神様としても知られていました。
本体、使い、門の基本形態を持っていない神様はシロキさんだけです。正確には使いと門を融合してしまっています。門に力を全てふりきっていると言ってもいいです。本来、使いに使用するはずの能力を、門と融合することで、強化しているのです。
なので、シロキさんの門は、移動に縛りがありません。
僕の海をまたぐ移動は月食の間だけ、と同じような縛りはどの神様にもありますが、シロキさんの門は条件無く、いつでもどこへでも移動可能です。
更に大きさや形も自在に変化させられて、立方体になり神様を中に入れて移動するのです。凄いですよね。『意志を持った門』、他の神様はそう呼んでいました。その門には使いの魂がそのまま閉じ込められているので意志も感情もあるのです。
代償に、シロキさんは孤独でした。
実態を持つ使いがいない事は神様にとって、想像以上に過酷です。移動した先々で使いと一緒に外の世界を歩き、世界を感じ、くだらない心の内を話し、体温を感じ合う使いは神様のよりどころです。
いくら強くて自由な門があっても、千年単位の孤独に耐えることはできるだろか。過去の千年は良く耐えたと自分を称えていれば良いですが、未来の千年は想像もしたくありません。
シロキさんはなぜ融合を受け入れたのか、僕の知らない事情があるのでしょう。それでも、シロキさんと使いが可哀想だと思いました。
ファミドは疑いもなくこんな情けない僕の一部でいてくれます。
シロキさんの使いだって本当は僕が今しているように、シロキさんの隣でシロキさんを見て、触れたいだろう、シロキさんを守ってあげたいだろう。門に閉じ込められているその子の事を思うと苦しくなりました。
「次はシロキさんの門の中に、僕とファミドが遊びに行きます。そうしたらシロキさんの使いも寂しくないから」
僕は泣き顔を見られたくなくて、横を向いて言いました。
「ルキルくん、泣いてるの? そうだね、今度は僕の門に入って。待ってるから」
シロキさんがせっかく隠した僕の顔を両手で包んで自分の方へ向かせて言いました。
「優しい月の神様、必ずまた会おうね。神様同士の約束だよ」
次の月食の夜、僕はシロキさんの軌跡を追って門を北へ移動させました。そこにシロキさんは居なくて、僕とファミドはずっと待ちました。雪がどんどん深く積もってシロキさんの匂いを消しても、それが溶けるまで待ちました。シロキさんは現れなくて、僕は約束を今でも待っているんです。
*
僕はここで話を止め、カドさんとエンドさんを交互に見た。もういいだろか。もう大丈夫だろか。少しの沈黙のあと僕はカドさんの顔を覗きこんで尋ねた。
「それで、今あなたはシロキさんの身体で何をしているんですか? シロキさんの使いのカドさん」
ファミドも僕もシロキさんと山で走り回るのが大好きでした。誰かとこんなに親しくなるのは初めてで、世界が僕だけの物になった気がしていました。
シロキさんが太陽を浴びて、走りまわると汗をかくんです。それは自然なことなんですが、汗って鮮やかなんだと初めて知りました。透明だと思っていたのに、シロキさんの髪の生え際や首筋にあるのはキラキラ光って色んな色に見えるのです。
シロキさんがファミドと一緒に険しい山に入る時はハラハラしました。あの細い腰や指を痛めたらどうしようと思って。シロキさんは結構無頓着で、どこにでも雑に座ったりするんですが、どんなに雑に動いても繊細に見えます。思えばシロキさんは神様なので、そんな心配はいらないんですけど、そういう気持ちにさせる雰囲気がシロキさんにはあるんです。
「明日、移動しなければならないんだ」
シロキさんがそう言ったのは、僕の時間がどんどん長くなってきていた秋の終わりのことです。
「はい……」
僕は涙を堪えて何とか返事をしました。
神様同士がずっと一緒に過ごす事はないって、わかっていましたから、理由をを聞くのはやめました。
町を見下ろす高台で西日を受けるシロキさんの横顔と、夕方の風にサラサラ踊る髪をただ見ていました。
「また、会えますか」
僕はもうどうしようもなくなって聞きました。
シロキさんが僕を見ます。誰でも陽の光の射した目は美しいですが、シロキさんのそれはつやつやと妖艶です。
その目で微笑まれると、落ち着く眼差しなのに、同時に心が揺れて不安にもなるんです。
「今度はルキルくんが会いに来て。冬にね、海を渡った北の島の港町で、僕のお祭りがあるんだ。以前はあまり行ってあげられてなくて、人間には悪いことしてると思ってる。だから今は出来るだけ行ってあげたいんだ。ルキルくんは海の見える場所が好きだから、丁度良いと思う。冬の海も君に似合う。僕の門の近くに君のを移動させて欲しいな」
断る訳ないです。冬をシロキさんと過ごせるなんて。冷たい空に今までで一番の月を輝かせてシロキさんに見せたいと心が躍りました。
それに僕を嫌いになって移動する訳ではない事もわかって、ほっとしてもいました。
「次の月食に移動します。良かった……今年はこの時期に月食があって。僕もファミドも雪が好きなんです。シロキさんと雪の中で遊びたい。シロキさんは自分の使いと遊べないから……あ、ごめんなさい」
浮かれてシロキさんの一番悲しくなることを言ってしまって、僕は口をつぐみました。
「いいんだよ、本当のことだし。僕が望んだことだから寂しくてもしかたない」
シロキさんは使いを持たない神様としても知られていました。
本体、使い、門の基本形態を持っていない神様はシロキさんだけです。正確には使いと門を融合してしまっています。門に力を全てふりきっていると言ってもいいです。本来、使いに使用するはずの能力を、門と融合することで、強化しているのです。
なので、シロキさんの門は、移動に縛りがありません。
僕の海をまたぐ移動は月食の間だけ、と同じような縛りはどの神様にもありますが、シロキさんの門は条件無く、いつでもどこへでも移動可能です。
更に大きさや形も自在に変化させられて、立方体になり神様を中に入れて移動するのです。凄いですよね。『意志を持った門』、他の神様はそう呼んでいました。その門には使いの魂がそのまま閉じ込められているので意志も感情もあるのです。
代償に、シロキさんは孤独でした。
実態を持つ使いがいない事は神様にとって、想像以上に過酷です。移動した先々で使いと一緒に外の世界を歩き、世界を感じ、くだらない心の内を話し、体温を感じ合う使いは神様のよりどころです。
いくら強くて自由な門があっても、千年単位の孤独に耐えることはできるだろか。過去の千年は良く耐えたと自分を称えていれば良いですが、未来の千年は想像もしたくありません。
シロキさんはなぜ融合を受け入れたのか、僕の知らない事情があるのでしょう。それでも、シロキさんと使いが可哀想だと思いました。
ファミドは疑いもなくこんな情けない僕の一部でいてくれます。
シロキさんの使いだって本当は僕が今しているように、シロキさんの隣でシロキさんを見て、触れたいだろう、シロキさんを守ってあげたいだろう。門に閉じ込められているその子の事を思うと苦しくなりました。
「次はシロキさんの門の中に、僕とファミドが遊びに行きます。そうしたらシロキさんの使いも寂しくないから」
僕は泣き顔を見られたくなくて、横を向いて言いました。
「ルキルくん、泣いてるの? そうだね、今度は僕の門に入って。待ってるから」
シロキさんがせっかく隠した僕の顔を両手で包んで自分の方へ向かせて言いました。
「優しい月の神様、必ずまた会おうね。神様同士の約束だよ」
次の月食の夜、僕はシロキさんの軌跡を追って門を北へ移動させました。そこにシロキさんは居なくて、僕とファミドはずっと待ちました。雪がどんどん深く積もってシロキさんの匂いを消しても、それが溶けるまで待ちました。シロキさんは現れなくて、僕は約束を今でも待っているんです。
*
僕はここで話を止め、カドさんとエンドさんを交互に見た。もういいだろか。もう大丈夫だろか。少しの沈黙のあと僕はカドさんの顔を覗きこんで尋ねた。
「それで、今あなたはシロキさんの身体で何をしているんですか? シロキさんの使いのカドさん」
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