20 / 331
第一章 奇跡の神様
カドの正体
しおりを挟む
その日から秋が終わるまで、短い間でしたがシロキさんは毎日僕に会いにきてくれました。
ファミドも僕もシロキさんと山で走り回るのが大好きでした。誰かとこんなに親しくなるのは初めてで、世界が僕だけの物になった気がしていました。
シロキさんが太陽を浴びて、走りまわると汗をかくんです。それは自然なことなんですが、汗って鮮やかなんだと初めて知りました。透明だと思っていたのに、シロキさんの髪の生え際や首筋にあるのはキラキラ光って色んな色に見えるのです。
シロキさんがファミドと一緒に険しい山に入る時はハラハラしました。あの細い腰や指を痛めたらどうしようと思って。シロキさんは結構無頓着で、どこにでも雑に座ったりするんですが、どんなに雑に動いても繊細に見えます。思えばシロキさんは神様なので、そんな心配はいらないんですけど、そういう気持ちにさせる雰囲気がシロキさんにはあるんです。
「明日、移動しなければならないんだ」
シロキさんがそう言ったのは、僕の時間がどんどん長くなってきていた秋の終わりのことです。
「はい……」
僕は涙を堪えて何とか返事をしました。
神様同士がずっと一緒に過ごす事はないって、わかっていましたから、理由をを聞くのはやめました。
町を見下ろす高台で西日を受けるシロキさんの横顔と、夕方の風にサラサラ踊る髪をただ見ていました。
「また、会えますか」
僕はもうどうしようもなくなって聞きました。
シロキさんが僕を見ます。誰でも陽の光の射した目は美しいですが、シロキさんのそれはつやつやと妖艶です。
その目で微笑まれると、落ち着く眼差しなのに、同時に心が揺れて不安にもなるんです。
「今度はルキルくんが会いに来て。冬にね、海を渡った北の島の港町で、僕のお祭りがあるんだ。以前はあまり行ってあげられてなくて、人間には悪いことしてると思ってる。だから今は出来るだけ行ってあげたいんだ。ルキルくんは海の見える場所が好きだから、丁度良いと思う。冬の海も君に似合う。僕の門の近くに君のを移動させて欲しいな」
断る訳ないです。冬をシロキさんと過ごせるなんて。冷たい空に今までで一番の月を輝かせてシロキさんに見せたいと心が躍りました。
それに僕を嫌いになって移動する訳ではない事もわかって、ほっとしてもいました。
「次の月食に移動します。良かった……今年はこの時期に月食があって。僕もファミドも雪が好きなんです。シロキさんと雪の中で遊びたい。シロキさんは自分の使いと遊べないから……あ、ごめんなさい」
浮かれてシロキさんの一番悲しくなることを言ってしまって、僕は口をつぐみました。
「いいんだよ、本当のことだし。僕が望んだことだから寂しくてもしかたない」
シロキさんは使いを持たない神様としても知られていました。
本体、使い、門の基本形態を持っていない神様はシロキさんだけです。正確には使いと門を融合してしまっています。門に力を全てふりきっていると言ってもいいです。本来、使いに使用するはずの能力を、門と融合することで、強化しているのです。
なので、シロキさんの門は、移動に縛りがありません。
僕の海をまたぐ移動は月食の間だけ、と同じような縛りはどの神様にもありますが、シロキさんの門は条件無く、いつでもどこへでも移動可能です。
更に大きさや形も自在に変化させられて、立方体になり神様を中に入れて移動するのです。凄いですよね。『意志を持った門』、他の神様はそう呼んでいました。その門には使いの魂がそのまま閉じ込められているので意志も感情もあるのです。
代償に、シロキさんは孤独でした。
実態を持つ使いがいない事は神様にとって、想像以上に過酷です。移動した先々で使いと一緒に外の世界を歩き、世界を感じ、くだらない心の内を話し、体温を感じ合う使いは神様のよりどころです。
いくら強くて自由な門があっても、千年単位の孤独に耐えることはできるだろか。過去の千年は良く耐えたと自分を称えていれば良いですが、未来の千年は想像もしたくありません。
シロキさんはなぜ融合を受け入れたのか、僕の知らない事情があるのでしょう。それでも、シロキさんと使いが可哀想だと思いました。
ファミドは疑いもなくこんな情けない僕の一部でいてくれます。
シロキさんの使いだって本当は僕が今しているように、シロキさんの隣でシロキさんを見て、触れたいだろう、シロキさんを守ってあげたいだろう。門に閉じ込められているその子の事を思うと苦しくなりました。
「次はシロキさんの門の中に、僕とファミドが遊びに行きます。そうしたらシロキさんの使いも寂しくないから」
僕は泣き顔を見られたくなくて、横を向いて言いました。
「ルキルくん、泣いてるの? そうだね、今度は僕の門に入って。待ってるから」
シロキさんがせっかく隠した僕の顔を両手で包んで自分の方へ向かせて言いました。
「優しい月の神様、必ずまた会おうね。神様同士の約束だよ」
次の月食の夜、僕はシロキさんの軌跡を追って門を北へ移動させました。そこにシロキさんは居なくて、僕とファミドはずっと待ちました。雪がどんどん深く積もってシロキさんの匂いを消しても、それが溶けるまで待ちました。シロキさんは現れなくて、僕は約束を今でも待っているんです。
*
僕はここで話を止め、カドさんとエンドさんを交互に見た。もういいだろか。もう大丈夫だろか。少しの沈黙のあと僕はカドさんの顔を覗きこんで尋ねた。
「それで、今あなたはシロキさんの身体で何をしているんですか? シロキさんの使いのカドさん」
ファミドも僕もシロキさんと山で走り回るのが大好きでした。誰かとこんなに親しくなるのは初めてで、世界が僕だけの物になった気がしていました。
シロキさんが太陽を浴びて、走りまわると汗をかくんです。それは自然なことなんですが、汗って鮮やかなんだと初めて知りました。透明だと思っていたのに、シロキさんの髪の生え際や首筋にあるのはキラキラ光って色んな色に見えるのです。
シロキさんがファミドと一緒に険しい山に入る時はハラハラしました。あの細い腰や指を痛めたらどうしようと思って。シロキさんは結構無頓着で、どこにでも雑に座ったりするんですが、どんなに雑に動いても繊細に見えます。思えばシロキさんは神様なので、そんな心配はいらないんですけど、そういう気持ちにさせる雰囲気がシロキさんにはあるんです。
「明日、移動しなければならないんだ」
シロキさんがそう言ったのは、僕の時間がどんどん長くなってきていた秋の終わりのことです。
「はい……」
僕は涙を堪えて何とか返事をしました。
神様同士がずっと一緒に過ごす事はないって、わかっていましたから、理由をを聞くのはやめました。
町を見下ろす高台で西日を受けるシロキさんの横顔と、夕方の風にサラサラ踊る髪をただ見ていました。
「また、会えますか」
僕はもうどうしようもなくなって聞きました。
シロキさんが僕を見ます。誰でも陽の光の射した目は美しいですが、シロキさんのそれはつやつやと妖艶です。
その目で微笑まれると、落ち着く眼差しなのに、同時に心が揺れて不安にもなるんです。
「今度はルキルくんが会いに来て。冬にね、海を渡った北の島の港町で、僕のお祭りがあるんだ。以前はあまり行ってあげられてなくて、人間には悪いことしてると思ってる。だから今は出来るだけ行ってあげたいんだ。ルキルくんは海の見える場所が好きだから、丁度良いと思う。冬の海も君に似合う。僕の門の近くに君のを移動させて欲しいな」
断る訳ないです。冬をシロキさんと過ごせるなんて。冷たい空に今までで一番の月を輝かせてシロキさんに見せたいと心が躍りました。
それに僕を嫌いになって移動する訳ではない事もわかって、ほっとしてもいました。
「次の月食に移動します。良かった……今年はこの時期に月食があって。僕もファミドも雪が好きなんです。シロキさんと雪の中で遊びたい。シロキさんは自分の使いと遊べないから……あ、ごめんなさい」
浮かれてシロキさんの一番悲しくなることを言ってしまって、僕は口をつぐみました。
「いいんだよ、本当のことだし。僕が望んだことだから寂しくてもしかたない」
シロキさんは使いを持たない神様としても知られていました。
本体、使い、門の基本形態を持っていない神様はシロキさんだけです。正確には使いと門を融合してしまっています。門に力を全てふりきっていると言ってもいいです。本来、使いに使用するはずの能力を、門と融合することで、強化しているのです。
なので、シロキさんの門は、移動に縛りがありません。
僕の海をまたぐ移動は月食の間だけ、と同じような縛りはどの神様にもありますが、シロキさんの門は条件無く、いつでもどこへでも移動可能です。
更に大きさや形も自在に変化させられて、立方体になり神様を中に入れて移動するのです。凄いですよね。『意志を持った門』、他の神様はそう呼んでいました。その門には使いの魂がそのまま閉じ込められているので意志も感情もあるのです。
代償に、シロキさんは孤独でした。
実態を持つ使いがいない事は神様にとって、想像以上に過酷です。移動した先々で使いと一緒に外の世界を歩き、世界を感じ、くだらない心の内を話し、体温を感じ合う使いは神様のよりどころです。
いくら強くて自由な門があっても、千年単位の孤独に耐えることはできるだろか。過去の千年は良く耐えたと自分を称えていれば良いですが、未来の千年は想像もしたくありません。
シロキさんはなぜ融合を受け入れたのか、僕の知らない事情があるのでしょう。それでも、シロキさんと使いが可哀想だと思いました。
ファミドは疑いもなくこんな情けない僕の一部でいてくれます。
シロキさんの使いだって本当は僕が今しているように、シロキさんの隣でシロキさんを見て、触れたいだろう、シロキさんを守ってあげたいだろう。門に閉じ込められているその子の事を思うと苦しくなりました。
「次はシロキさんの門の中に、僕とファミドが遊びに行きます。そうしたらシロキさんの使いも寂しくないから」
僕は泣き顔を見られたくなくて、横を向いて言いました。
「ルキルくん、泣いてるの? そうだね、今度は僕の門に入って。待ってるから」
シロキさんがせっかく隠した僕の顔を両手で包んで自分の方へ向かせて言いました。
「優しい月の神様、必ずまた会おうね。神様同士の約束だよ」
次の月食の夜、僕はシロキさんの軌跡を追って門を北へ移動させました。そこにシロキさんは居なくて、僕とファミドはずっと待ちました。雪がどんどん深く積もってシロキさんの匂いを消しても、それが溶けるまで待ちました。シロキさんは現れなくて、僕は約束を今でも待っているんです。
*
僕はここで話を止め、カドさんとエンドさんを交互に見た。もういいだろか。もう大丈夫だろか。少しの沈黙のあと僕はカドさんの顔を覗きこんで尋ねた。
「それで、今あなたはシロキさんの身体で何をしているんですか? シロキさんの使いのカドさん」
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~
紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。
行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。
※「Amnesia」は医学用語で、一般的には「記憶喪失」のことを指します。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました
akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」
帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。
謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。
しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。
勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!?
転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。
※9月16日
タイトル変更致しました。
前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。
仲間を強くして無双していく話です。
『小説家になろう』様でも公開しています。
輝くは七色の橋
あず
ファンタジー
色と魔法が根付く世界。7つの国と7つのギルドが世界を回している。色素7カ国のプルウィウス・アルクス王国のスイーツショップで手伝いをする少女、アイリス・シュガーツ。彼女の持つ魔法は少し変わっていて、身体能力や魔力強化のバフ効果をつけられる飴玉を生成することができる魔法だった。特殊な魔法である自分の力にアイリスは誇りに思っていた。そんなとき、彼女の力を欲してカーマインという魔物討伐をメインとするギルドから飴玉の大量発注を受ける。その無理難題の大量発注を皮切りにアイリスの両親が国への反逆罪として投獄されてしまう。理不尽な理由から投獄されてしまった両親を助けるべく、アイリスのことを助けてくれた道場の娘のマレー・クラウドと共に力を合わせて両親を救い出す。だが、それから数日してマレーの道場に行く道すがらにアイリスの双子の妹と弟が何者かによって連れ去られてしまう。双子を助けられなかった自分の無力さに嘆きつつ、双子を助け出すためにアイリスは色素7カ国、色が失われているその他の6カ国を巡り、双子を救出すべく、マレーと一緒に冒険の旅に出る!
スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?
山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。
2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。
異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。
唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる