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第一章 奇跡の神様
過去から来た夜1
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過去からきた夜 ルキル
シロキさんと最初に会ったのは秋の夜です。
その頃僕はいつも通り人間の世界にいて、港を見おろす山の上に門を置いていました。人間の歩く道からそれた木々の中、少し開けた場所です。
人間の世界では神様本体も使いも門も、透き通った状態でいるので、見られても不都合はないのですが、僕は静かな場所が好きなんです。
たまにうっかりした神様が人間に実態を見られて騒がれることはありますが、僕は滅多なことではそういう失敗はしません。
その夜、僕はイチョウを見に山の下の方までファミドを置いて出かけました。いつもはファミドも連れて行くのですが、その日は秋の心地良い夜風に銀色の毛を揺らして、あんまり気持ち良さそうに寝入っていたので起こせなかったんです。
無邪気に寝ている使いほどかわいいものってないです。神様は悪魔と同じく休息は取りますが睡眠は必要ありません。でも使いのファミドは短時間ですが完全に寝入ってしまうことがあります。
そういえば使いにはいろんな実態があるんですよ。僕のは狐の実態ですが、色んな動物や、人型の実態もあります。僕は人見知りなんで、動物の実態で良かったです。
僕はかわいい寝息を立てているファミドにそっと抱きついて「直ぐ戻るね」と言って山を下りました。
イチョウの木の下に座り、月光を少し強くして、僕はサラサラ降る葉を浴びていました。夜のイチョウの葉って桜みたにに白っぽく怪し気に落ちて綺麗なんです。そう、シロキさんもそんな神様です。青空を背にすると鮮やかで、闇の中では妖艶なんです。
本当の桜を見るまでここにいようかな、なんて考えていると、僕の目の前の道を、とても疲れた様子の人間が一人、通りかかりました。その人間は僕の方を見て、そう、確かに僕の方を見て、幸せそうに声も出さずに笑いました。僕が見えるの? その人間はしばらく僕の方を見つめた後、頭上の月を仰ぎながら、軽い足取りで走り去りました。歌でも歌っているようでした。
ごく稀にこんなことがあるんです。僕はいつも無気力で夢もなく冷たく空に浮いているだけの子どもです。照らされなければ、映されなければ存在すらつかめない少年のまま、こんなに永く居るだけの石です。だから、たまにこうやって誰かと目が合ったり、僕を見て未来に希望を持つような人間がいるとたまらなく嬉しくなるんです。
僕には長い過去ばかりなのに、未来にも意味がある存在に思えて少し自惚れてしまいます。
しばらく幸せの余韻に浸った後、僕は門に戻って、そこで寝ているファミドにこの話を聞かせたくて仕方なくなりました。寝ていたら、起こさないように小声で一方的に話すのでもいい、そう思って僕は立ち上がりました。
その時、ファミドの悲鳴が聞こえんたんです。僕のいる場所からかなり離れていましたが、僕にははっきりわかりました。僕は左眼に鋭い痛みを感じて、その時にはもう走り出していました。
山道は僕の身体を細かく傷つけますが、傷は作られた先から修復していくので全く気になりません。それより目の上がズキズキとうずき続けていて僕はファミドが心配で、自分の心臓の音がうるさくて仕方ありませんでした。
門の数歩手前で、僕は衝撃で動けなくなりました。左眼の上を真っ赤にしたファミドが肩で息をして、やっと立っていました。銀色のきれいな毛が赤く濡れているのが薄暗闇の中、異様に鮮やかに見えました。その顔に覆い被さるように黒い着物姿の背の高い男の人がいます。
「誰?」
シロキさんと最初に会ったのは秋の夜です。
その頃僕はいつも通り人間の世界にいて、港を見おろす山の上に門を置いていました。人間の歩く道からそれた木々の中、少し開けた場所です。
人間の世界では神様本体も使いも門も、透き通った状態でいるので、見られても不都合はないのですが、僕は静かな場所が好きなんです。
たまにうっかりした神様が人間に実態を見られて騒がれることはありますが、僕は滅多なことではそういう失敗はしません。
その夜、僕はイチョウを見に山の下の方までファミドを置いて出かけました。いつもはファミドも連れて行くのですが、その日は秋の心地良い夜風に銀色の毛を揺らして、あんまり気持ち良さそうに寝入っていたので起こせなかったんです。
無邪気に寝ている使いほどかわいいものってないです。神様は悪魔と同じく休息は取りますが睡眠は必要ありません。でも使いのファミドは短時間ですが完全に寝入ってしまうことがあります。
そういえば使いにはいろんな実態があるんですよ。僕のは狐の実態ですが、色んな動物や、人型の実態もあります。僕は人見知りなんで、動物の実態で良かったです。
僕はかわいい寝息を立てているファミドにそっと抱きついて「直ぐ戻るね」と言って山を下りました。
イチョウの木の下に座り、月光を少し強くして、僕はサラサラ降る葉を浴びていました。夜のイチョウの葉って桜みたにに白っぽく怪し気に落ちて綺麗なんです。そう、シロキさんもそんな神様です。青空を背にすると鮮やかで、闇の中では妖艶なんです。
本当の桜を見るまでここにいようかな、なんて考えていると、僕の目の前の道を、とても疲れた様子の人間が一人、通りかかりました。その人間は僕の方を見て、そう、確かに僕の方を見て、幸せそうに声も出さずに笑いました。僕が見えるの? その人間はしばらく僕の方を見つめた後、頭上の月を仰ぎながら、軽い足取りで走り去りました。歌でも歌っているようでした。
ごく稀にこんなことがあるんです。僕はいつも無気力で夢もなく冷たく空に浮いているだけの子どもです。照らされなければ、映されなければ存在すらつかめない少年のまま、こんなに永く居るだけの石です。だから、たまにこうやって誰かと目が合ったり、僕を見て未来に希望を持つような人間がいるとたまらなく嬉しくなるんです。
僕には長い過去ばかりなのに、未来にも意味がある存在に思えて少し自惚れてしまいます。
しばらく幸せの余韻に浸った後、僕は門に戻って、そこで寝ているファミドにこの話を聞かせたくて仕方なくなりました。寝ていたら、起こさないように小声で一方的に話すのでもいい、そう思って僕は立ち上がりました。
その時、ファミドの悲鳴が聞こえんたんです。僕のいる場所からかなり離れていましたが、僕にははっきりわかりました。僕は左眼に鋭い痛みを感じて、その時にはもう走り出していました。
山道は僕の身体を細かく傷つけますが、傷は作られた先から修復していくので全く気になりません。それより目の上がズキズキとうずき続けていて僕はファミドが心配で、自分の心臓の音がうるさくて仕方ありませんでした。
門の数歩手前で、僕は衝撃で動けなくなりました。左眼の上を真っ赤にしたファミドが肩で息をして、やっと立っていました。銀色のきれいな毛が赤く濡れているのが薄暗闇の中、異様に鮮やかに見えました。その顔に覆い被さるように黒い着物姿の背の高い男の人がいます。
「誰?」
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