61 / 148
第二話 玄武宮の賢妃は動じない
05-8.
しおりを挟む(んー……何だか温かい)
とても、優しい温もりに私の身体が包まれている───幸せ!
(これが……本当の幸せ)
───ずっとずっと私の心はどこか満たされないままだった。
お母さんの顔色と機嫌だけを窺って生きていたあの頃。
伯爵家に引き取られてからは「使えない」「ダメな子」「役立たず」散々、罵られた。
少しでも褒めて貰えるようにと頑張ったけど、なかなか思うようにはいかなかった。
全ての記憶が繋がってから、私にとっての幸せだった時を思い出そうとすると、そこにはあの男の子───カイザルがいる。
(初めてのお友達……)
愛とか恋とかはよく分からなかった。
それでも、私はカイザルと会っていたあの短い日々が楽しくて大好きだった。
(ありがとう、カイザル───)
「……眩し…………朝?」
そんな幸せな気持ちで私は目を開ける。
陽の光がかなり眩しい。
もしかしてこれは結構いい時間なのでは?
(今、何時かしら? どうして誰も起こしてくれな───)
「ん?」
そこで自分の身体に巻きついている腕が目に入った。
「ひっ! 腕……人間の腕、よね?」
最初に私は自分の腕の確認をした。間違いなく私の腕──はここにある。
「これは…………ハッ!」
そこで、ようやく昨夜のことを思い出した。
初夜が延期になったはずなのに、カイザルは部屋に戻らず私をベッドに押し倒して──
(たくさんキスをされた気がする! それで、私……頭の中がトロンとして……)
「え……まさかの寝落ち?」
そうとしか思えなかった。だってそこから先の記憶が無い。
そうなるとこの腕、それとこの温もりは───
(一晩中、抱きしめてくれていたのかしら?)
私を包むカイザルの温もりが、とにかく“私のことを大好き”と言ってくれているみたいで幸せな気持ちになれた。
「うっ……ん…………」
「は! カイザルもお目覚めかしら?」
私は慌てて後ろを振り向きカイザルの顔を見ようとした。
「…………コ、レット…………シェイ、ラ……」
「…………」
すごいわ。ベッドの上で私を抱きしめながら、二人の女性の名前を寝言で呼んでいる。
とっても不誠実な発言のはずなのに、ただの一途になっているという……
私はそっとカイザルの頬に手を触れる。
そしてそこに自分の顔を近づけてチュッと彼の頬にキスをした。
「カイザル───ありがとう」
シェイラを強く想ってくれて。
そして、コレットを見つけてくれて───
────
「……ん? コレット?」
「───おはよう、カイザル」
どうやらカイザルの目も覚めたらしい。
だけど、少し寝ぼけているのかどこか焦点の合わない目で私をじっと見る。
「可愛い可愛い俺のコレットがいる……」
「カイザル?」
「夢の中でもコレットが俺の腕の中にいたのに、目が覚めてもコレット……」
「……コレットです」
私がそう答えると、カイザルがへにゃっと笑った。
「──!?」
これまで見たことのないその笑顔? に私は大きく戸惑った。
(……もう! 本当にカイザルがわけ分からないわ!)
小説では、愛してもいない私を娶りお飾りの妻として冷遇するはずのカイザル……
今はこんなにヘニャヘニャの笑顔を見せている。
小説と現実は違うのだと、すでにたくさん実感させられてきたけれど……
(……あの妙に無口な日々はなんだったの?)
そのことも聞きたいと思っていたのに、まだ聞けていなかったことを思い出した。
「ねぇ、カイザル!」
「ん~? コレット?」
「……っ」
カイザルがへにゃっとした笑顔のまま私の名前を呼ぶ。
ちょっと今聞いても大丈夫かな? と思ったけれどやはり忘れないうちに聞いておこうと思った。
「……どうしてあなたずっと無愛想で無口だったの?」
「……無口?」
「私の記憶の中のカイザルも、それに昨夜のあなたもよく喋る人だったわ」
「……よく喋る?」
「なのに、結婚してから……いいえ、顔合わせの時もね? あなたはびっくりするくらい無口だった。どうして!?」
私が勢いよく訊ねると、カイザルはしばらく考え込んでから、ボンっと顔を赤くした。
「え……」
何故ここで顔が赤くなる?
「そ、そ、そそそれは……」
「それは?」
躊躇うカイザルに私はグイッと迫る。
「……」
「カイザル!」
「う! ………………から」
ようやくカイザルは観念したのか、ポソッと言った。
「シェイラが……」
「シェイラ? どうして私?」
「────シェイラが言ったじゃないか!」
「ん?」
私は首を傾げてカイザルの次の言葉を待った。
「しつこい男や口うるさい人は嫌われる……」
「え!」
「男の人は少し無口でミステリアスな人がカッコイイと!」
「…………あ!」
そう言われてカイザルとの会話を思い出した。
あの頃は“ミステリアス”がよく分からなかったけど確かにその話をしていた。
───よく分からないが、男は無口な方がカッコイイ……というわけか
───そうみたい
───ふーん……
(も、もしかして、あの時のカイザルの「ふーん……」は……興味のないふーんではなく……)
「え! そ、それで……?」
「……」
私がびっくりしてカイザルの顔を見たら茹でダコになったカイザルが頷く。
そして必死な顔で私に言った。
「───す、好きな人にはカッコイイと思って貰いたいじゃないか!」
「!」
「シェイラ……いや、コレットに少しでも俺をカッコイイと思って、それで俺を好きになってもらいたかったんだ!!!!」
(────やだ、可愛い!)
そんなカイザルの言葉に私の胸が盛大にキュンとした。
カイザルが望んだカッコイイではなく可愛い……でだけれど。
「それであんな態度を?」
「…………ミステリアスだっただろ?」
「……」
いや、ただのコミュ障だったわよ……とは言えない。
だけど、なんて不器用な人なの……そんな無理しなくても私は───
「……カイザルのことが好き」
「え?」
「無口だろうとお喋りだろうと関係ないわ? 私はあなたが好きよ」
「コレット……」
カイザルの目が大きく見開かれる。
「シェイラも…………あなたが好きだったわ、カイザル」
「シェイラ……も?」
「ええ! 毎日毎日あなたに会えるのが楽しみだったわ───」
と、そこまで言ったらカイザルがギュッと私を抱きしめ、あっという間に唇が塞がれた。
「んっ……」
(カイザルは可愛いけれど、手が早い……)
なんて思った。
───
そんな熱いキスをこれでもかとたくさん贈られた後にカイザルは私の耳元で言った。
「いいか、コレット。医者の許可がおりたら覚悟しておいてくれ。俺を煽ったのは君だ!」
────と。
今度は私が茹でダコになって頷く番だった。そして───
「ちょっ……カイザル……擽ったい」
「だめ?」
「んん……ダメじゃない、けどぉ……!」
何故かとっくに朝のはずなのに誰も部屋に起こしに来ない。
なので、カイザルからのキス攻撃が止まらない。
お互いの気持ちを確認しあえたことから、カイザルの中に遠慮という物が無くなった気がする。
(は、話を変えるのよ……)
イチャイチャな雰囲気じゃない話に! そうすれば……
と、そこで私はもう一つ浮かんだ疑問を訊ねることにした。
「そ、そうよ! カイザル」
「んー……?」
「あ、あなたがシェイラにくれようとしていた、た、誕生日プレゼントって何!?」
1
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説
炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~
悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。
強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。
お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。
表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。
第6回キャラ文芸大賞応募作品です。

後宮にて、あなたを想う
じじ
キャラ文芸
真国の皇后として後宮に迎え入れられた蔡怜。美しく優しげな容姿と穏やかな物言いで、一見人当たりよく見える彼女だが、実は後宮なんて面倒なところに来たくなかった、という邪魔くさがり屋。
家柄のせいでら渋々嫁がざるを得なかった蔡怜が少しでも、自分の生活を穏やかに暮らすため、嫌々ながらも後宮のトラブルを解決します!

仮初め後宮妃と秘された皇子
くろのあずさ
キャラ文芸
西に位置する長庚(ちょこう)国では、ふたつの後宮が王家の繁栄を支えてきた。
皇帝のために用意されている太白宮と次期皇帝となる皇子のために用意されている明星宮のふたつからなり、凜風(リンファ)は次期皇帝の第一皇子の即妃、珠倫(シュロン)の女官として仕えている。
ある日、珠倫に共に仕えている女官の春蘭(シュンラン)があと三ヶ月で後宮を去ると聞かされ……
「あの、大丈夫です。私もたいして胸はありませんが、女性の魅力はそれだけじゃありませんから」
「……凜風はやはり馬鹿なのですか?」
孤児で生まれ虐げられながらも、頑張るヒロインが恋を知って愛され、成長する成り上がり物語
おおかみ宿舎の食堂でいただきます
ろいず
キャラ文芸
『おおかみ宿舎』に食堂で住み込みで働くことになった雛姫麻乃(ひなきまの)。麻乃は自分を『透明人間』だと言う。誰にも認識されず、すぐに忘れられてしまうような存在。
そんな麻乃が『おおかみ宿舎』で働くようになり、宿舎の住民達は二癖も三癖もある様な怪しい人々で、麻乃の周りには不思議な人々が集まっていく。
美味しい食事を提供しつつ、麻乃は自分の過去を取り戻していく。
【完結】国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く
gari@七柚カリン
キャラ文芸
☆たくさんの応援、ありがとうございました!☆ 植物を慈しむ巫女見習いの凛月には、二つの秘密がある。それは、『植物の心がわかること』『見目が変化すること』。
そんな凛月は、次期巫女を侮辱した罪を着せられ国外追放されてしまう。
心機一転、紹介状を手に向かったのは隣国の都。そこで偶然知り合ったのは、高官の峰風だった。
峰風の取次ぎで紹介先の人物との対面を果たすが、提案されたのは後宮内での二つの仕事。ある時は引きこもり後宮妃(欣怡)として巫女の務めを果たし、またある時は、少年宦官(子墨)として庭園管理の仕事をする、忙しくも楽しい二重生活が始まった。
仕事中に秘密の能力を活かし活躍したことで、子墨は女嫌いの峰風の助手に抜擢される。女であること・巫女であることを隠しつつ助手の仕事に邁進するが、これがきっかけとなり、宮廷内の様々な騒動に巻き込まれていく。
※ 一話の文字数を1,000~2,000文字程度で区切っているため、話数は多くなっています。
一部、話の繋がりの関係で3,000文字前後の物もあります。
公主の嫁入り
マチバリ
キャラ文芸
宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。
17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。
中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。
月華後宮伝
織部ソマリ
キャラ文芸
【10月中旬】5巻発売です!どうぞよろしくー!
◆神託により後宮に入ることになった『跳ねっ返りの薬草姫』と呼ばれている凛花。冷徹で女嫌いとの噂がある皇帝・紫曄の妃となるのは気が進まないが、ある目的のために月華宮へ行くと心に決めていた。凛花の秘めた目的とは、皇帝の寵を得ることではなく『虎に変化してしまう』という特殊すぎる体質の秘密を解き明かすこと! だが後宮入り早々、凛花は紫曄に秘密を知られてしまう。しかし同じく秘密を抱えている紫曄は、凛花に「抱き枕になれ」と予想外なことを言い出して――?
◆第14回恋愛小説大賞【中華後宮ラブ賞】受賞。ありがとうございます!
◆旧題:月華宮の虎猫の妃は眠れぬ皇帝の膝の上 ~不本意ながらモフモフ抱き枕を拝命いたします~

〖完結〗死にかけて前世の記憶が戻りました。側妃? 贅沢出来るなんて最高! と思っていたら、陛下が甘やかしてくるのですが?
藍川みいな
恋愛
私は死んだはずだった。
目を覚ましたら、そこは見知らぬ世界。しかも、国王陛下の側妃になっていた。
前世の記憶が戻る前は、冷遇されていたらしい。そして池に身を投げた。死にかけたことで、私は前世の記憶を思い出した。
前世では借金取りに捕まり、お金を返す為にキャバ嬢をしていた。給料は全部持っていかれ、食べ物にも困り、ガリガリに痩せ細った私は路地裏に捨てられて死んだ。そんな私が、側妃? 冷遇なんて構わない! こんな贅沢が出来るなんて幸せ過ぎるじゃない!
そう思っていたのに、いつの間にか陛下が甘やかして来るのですが?
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる