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第1話 狐塚町にはあやかしが住んでいる

07-6.

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「俺の心を弄べたことがあったかい?」

 旭の問いかけに対し、弥生は応えない。

「では、友だと思っているのは俺だけか」

「いいえ。私も貴方様が無二の友であると思ってはいますとも」

「さようか。それならば友に顔を見せておくれ」

 再び、弥生は口を閉ざした。

 顔を見せられない事情があるとしか思えない振る舞いに対し、旭は少しだけ首を傾げて見せた。

(旭様。旭様は、大丈夫なのだろうか)

 恋情に現を抜かす性ではないだろう。

 しかし、見た者の心を奪うと囁かれた美貌の持ち主を相手に平然としていられるのだろうか。

(なにかがあれば、僕が、あの鬼を斬り殺さなければ)

 春博は刀を引き抜き、何が起きても対処が出来るように構える。

 今の春博にはそれくらいしか出来ないのだ。

 名目上は付き人や護衛とされている春博ではあるものの、主である旭の足元にも及ばない。

 これは生きている年月の差も種族の差もある。

 神格を得た旭と彼に仕える鬼では、力量差は言うまでもないだろう。

(この御方が惑わされるとは思わない。だけども、万が一、惑わされてしまわれたらどうすればいいのだ)

 不安だった。

 解決方法が存在しない状況に置かれた自分自身を想像することができない。

 なにもかも旭の御心のままにと、自分自身の意思を殺すように生き、それこそが自身の存在理由だと信じていた。

 だからこそ、生じた問題なのかもしれない。

(僕にはなにもすることができないのだろうか)

 旭の付き人としての役目を果たすことはできる。

 興味のないことに関しては、それが自分自身のことであったとしても、無関心な旭の面倒を三百年近く見て来たのは春博だ。

 旭に救われた日から世話をすることが彼の役目だった。

 それ以外の仕事はできなかった。
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