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第1話 狐塚町にはあやかしが住んでいる

07-5.

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「久しいな。弥生殿」

 お堂の奥深くに隠れている鬼女へと声を掛ける。

「友の顔を見せてくれないか」

 旭はいつもと変わらない。

 偶然、三竹山に足を運んだかのように振る舞う。

 それには嘘は含まれていない。ただ、目的が別にあることはお堂の奥深くに姿を隠している弥生も気づいているだろう。

「それはできませぬ」

「なぜ?」

「心を奪われる貴方様を見たくはございません」

 お堂の中から声がする。

 若い女性の声だった。

(別人のようだ)

 声が違う。

 春博はそう思ったのだが、根拠がなかった。

「お帰りになってくださいませ」

 力の大半を祠に封じられる以前の弥生の美貌は恐ろしいものだった。

 祠へ封じられるよりも昔、彼女は、町中に噂が広まるほどの美人であった。

 見た者の心を奪うとすら囁かれたその美貌は、あやかしの性であると恐れられつつも、誰も弥生へ言い放つことはなかった。

「私の顔を見てはなりませぬ」

 弥生を一目でも見てしまえば、盲目的に彼女を愛するようになる。

 それは人々の間にまことしやかに囁かれた噂の一つだ。

 弥生を傍に置きたいと願う者が多くいたのは事実だ。だからこそ、弥生はあやかしでありながたも、人として過ごすことができたのだろう。

 それは、村を一つ、壊滅させた日までの話だ。

 今となっては弥生の美貌に心を奪われる者はいない。

「おや、おかしいことを言うものだ」

 旭はそれを知っている。

 人の心を奪い、盲目的に愛されることに溺れていた頃の力はないことを知っている。それなのにもかかわらず、弥生は当然のように顔を見てはならないと繰り返すのはおかしい話だった。

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