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第1話 狐塚町にはあやかしが住んでいる

03-1.霊視の巫女は自信が持てない

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「旭様。狐塚香織を連れて参りました」

 部屋の奥からは、気怠そうな返事が聞こえる。

 先ほどまでの態度とは異なり、丁寧に障子を開ける。

 それから、決まり文句なのだろう言葉を続ける春博に視線を向けながら、一緒に頭を下げる。

(お父さんから話を聞いていたけれど、どんな人なのかな)

 五百年も昔から、狐塚稲荷神社に住んでいると教えられて来た“狐塚様”こと、旭の姿を見たことはなかった。

 その性格や趣向などは、神主を務めている父から聞いた。

 こうして、本殿の中に入ったのは初めてである。

 それも、旭から招かれた。

 恐怖と不安から早まる心臓の音を感じながら、春博の言葉を聞く。

 旭の従者だと名乗る鬼の春博とは、幼少期から接して来た。

 それでも、いまだに接する度に恐怖を抱いている。

 機嫌を損ねてしまう度に死を覚悟する。

 それほどに恐ろしい存在だった。

(人を食べるお稲荷様だって、言っていたけど、本当なのかな……)

 どちらかと言えば、何かにつけて“喰う”と脅してきたのは、春博である。

 聞かされてきた話から旭を想像する。

 顔を上げて視ることができればいいのだが、緊張して顔を上げられそうにもない。

(春博さんだって怖くて仕方がないのに)

 目の前にいるのは、この神社を守る神なのだ。

 好奇心よりも恐怖心が勝ってしまうのは仕方ないことだろう。

(怖い)

 狐塚町を守る神として崇められ続けている旭の機嫌を損ねてしまえば、この町には災厄が起きるだろう。

(怖くて仕方がないよ)

 あやかしや災いを振りまく荒魂となった神への対処法を心得る人間が多くいた時代ならば、対処をする手段はあったであろうが、今では難しい話だ。
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