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第1話 狐塚町にはあやかしが住んでいる

02-3.

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 鬼である春博を恐れることもなく、容赦なく叩きのめした後にその命を奪うこともしなかった。それどころか、手を差し出してくれた旭を慕い、彼の為に命を捧げようと心に決めたのだ。

 心に開いてしまった穴を埋める為だけに、人を襲っていた春博の居場所を作ったのは、旭だった。

 圧倒的な実力の差を見せつけながらも殺さずに、傍に置いてくれた旭を慕うまでには時間はいらなかった。

(それすら、もう、許されないのだろうか)

 本能に従い、人間を喰らっていた頃に戻るのであろうか。

 何故だろうか。

 そうなった時の事を想像してみると、人間を食するのは本能であると自覚するのと同時に、あの頃に感じていた心に穴が開いたような感覚が蘇る。

 気が狂いそうになる感覚から、救い出してくれた旭を思い出す。

(次はないだろう。あの方は二度も救い出してはくれないだろう)

 そうなれば、春博に待っているのは寿命が尽きるまでの間、人を襲う鬼として畏れられ続け誰にも看取らずに死を迎えるか。

 その前に、霊視の才能を持つ者により祓われ死を迎えるのか。

 それとも、旭の手によって葬られるのだろうか。

(嫌だ。旭様の傍に居られないなど考えたくもない)

 やはり、共に過ごしてきた時間を見直す必要があるのだろうか。

 旭の言葉を思い出しつつ、春博は、歩みを進める。

 答えの出ぬ問いかけを考えるよりも、先にするべきことがある。

 他でもない旭から命じられたことだ。

(そうだ、あの老婆)

 狐塚にお参りをする習慣があるのだろう。

 何度も、何年も、その姿を見てきた。

(あの老婆の願いを叶えるなどおかしいことを言われたのは、今日が初めてではない)

 芦屋美佐子。

 彼女のことを春博は覚えていた。

 両親と手を繋ぎ、幼い笑顔を浮かべていた頃から知っている。

 あの頃も旭は美佐子のことを気にかけていた。

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