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第1話 狐塚町にはあやかしが住んでいる
01-8.
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(失うことを恐れるあまりに記憶の奥底にしまい込んでいたようだ)
鈴の音が境内に響き渡る。
透き通った鈴の音を聞き、旭は静かに眼を開けた。
「“あしや みさこ”」
老婆の生きて来た時間を見つめ、旭は、真名を呟いた。
その名は、老婆の名であった。老婆――、芦屋 美佐子は、その時、確かに旭の綺麗な髪の間から見える、白い獣の耳が揺れている様子を見たのだった。
旭の呼んだ名は、鈴の音と同じように響き渡る。
その音は、美佐子の心の中に眠っていたのだろう。
懐かしい思い出を呼び起こす。
忘れていたのだろう。
懐かしくも美しい思い出を呼び起こした美佐子の眼には、涙が溜まっていた。
それから、何も言うことが出来ないまま、旭を見つめる。
「そなたの願い、確かに、聞き届けた」
美佐子の掌を包み込んでいた旭の手が、離れていく。
それを感じながらも、美佐子は何もすることが出来なかった。
ただ、目の前で起きている現象を信じられなさそうに見つめる。
その眼には、生気が宿っていた。
境内に咲き誇る桜の花々が旭を包み隠す。
四季折々の顔を見せる狐塚稲荷神社の最奥、隠されるように置かれている狐塚は、桜の花で覆い尽された。
「狐塚の白狐、旭。そなたの願い、必ずや、叶えよう」
鈴の音が鳴り響く中、旭は笑みを零した。
朱色の着物の上には、艶やかな花々で彩られた黄色の羽織を掛けて舞うように背を向ける。
何処から取り出したのか分からない羽織すら、幻想的に映る。
桜の花の中へと姿を眩ます旭の姿を、美佐子は、暫く見続けた。
――彼は、五百年も昔から狐塚に住むと言い伝えられている存在だった。
狐塚稲荷神社に祀られ、“狐塚様”と慕われている旭は、気が向くままに生きる狐。その姿を視る者には、加護が与えられると信じられる七尾を持つ白狐。
鈴の音と桜の花が止む頃。
狐塚の前には、手を合わせて願い事を呟く美佐子の姿しかなかった。
鈴の音が境内に響き渡る。
透き通った鈴の音を聞き、旭は静かに眼を開けた。
「“あしや みさこ”」
老婆の生きて来た時間を見つめ、旭は、真名を呟いた。
その名は、老婆の名であった。老婆――、芦屋 美佐子は、その時、確かに旭の綺麗な髪の間から見える、白い獣の耳が揺れている様子を見たのだった。
旭の呼んだ名は、鈴の音と同じように響き渡る。
その音は、美佐子の心の中に眠っていたのだろう。
懐かしい思い出を呼び起こす。
忘れていたのだろう。
懐かしくも美しい思い出を呼び起こした美佐子の眼には、涙が溜まっていた。
それから、何も言うことが出来ないまま、旭を見つめる。
「そなたの願い、確かに、聞き届けた」
美佐子の掌を包み込んでいた旭の手が、離れていく。
それを感じながらも、美佐子は何もすることが出来なかった。
ただ、目の前で起きている現象を信じられなさそうに見つめる。
その眼には、生気が宿っていた。
境内に咲き誇る桜の花々が旭を包み隠す。
四季折々の顔を見せる狐塚稲荷神社の最奥、隠されるように置かれている狐塚は、桜の花で覆い尽された。
「狐塚の白狐、旭。そなたの願い、必ずや、叶えよう」
鈴の音が鳴り響く中、旭は笑みを零した。
朱色の着物の上には、艶やかな花々で彩られた黄色の羽織を掛けて舞うように背を向ける。
何処から取り出したのか分からない羽織すら、幻想的に映る。
桜の花の中へと姿を眩ます旭の姿を、美佐子は、暫く見続けた。
――彼は、五百年も昔から狐塚に住むと言い伝えられている存在だった。
狐塚稲荷神社に祀られ、“狐塚様”と慕われている旭は、気が向くままに生きる狐。その姿を視る者には、加護が与えられると信じられる七尾を持つ白狐。
鈴の音と桜の花が止む頃。
狐塚の前には、手を合わせて願い事を呟く美佐子の姿しかなかった。
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