あやかし喫茶の縁結び

佐倉海斗

文字の大きさ
上 下
3 / 59
第一話 墓参りは姉弟の縁を結び直す

01-3.

しおりを挟む
 この七十年間、一度もその目には伊織の姿が映し出されることはなかったのだが、今は、震える手で伊織の腕を掴んでいる。

 ……いっそのこと怯えてくれたらいいものを。

 その目には恐怖はない。

 その目には涙が溜まっている。

 ……どうして、泣きそうな顔をするんだよ。美香子姉さん。

 簡単に振り払うことができる枯れ枝のような手だった。

 皺が増えた顔は泣きそうな表情のようにも、怒っているようにも見える。

 ……振り払えないじゃないか。

 目の前にいる伊織のことを認識しつつ、ありえない現実に戸惑っているのだろう。

 それならば、これは夢を見ているだけなのだと現実に突き飛ばしてしまうことが老婆、山田美香子の為なのだとわかっていながらも、伊織は動けなかった。

「はは、今にも死にそうな婆さんがなんのつもりだ?」

 その変化は切ない別れを意味しているのだということも知っていた。

 はたして、上手く笑えているだろうか。

「墓荒らしでも捕まえようとしたか? それとも、想定外の化け物が相手で声も出ないか。何か言ってみたらどうだ」

 伊織の腕を掴んだまま、状況を理解していない美香子は姉だった。

 伊織が人として生きていたのは、彼のような不可思議な力を持つ者は人型兵器として扱われるのが当然だった時代だ。

「生き抜いたアンタを恨んで化けて出たように見えるか?」

 今の時代では考えられない酷い待遇だった。

 科学では証明できない不可思議な力を持つ人は存在する。その力を表現する言葉は多くあり、どれもが的を射ていない言葉だった。

「役目を果たせないままに行方をくらましたろくでなしに見えるか?」

 伊織は笑ってみせた。

 呆然とした顔をしながらも、手を離そうとしない美香子が言うはずもないもとわかっているような台詞を口にする。

「その枯れ枝のような腕じゃあなにもできねえだろ。婆さん。俺を捕まえてなんのつもりだ」

 悲しき時代を共に生きた美香子は伊織のことを忘れなかったのだろう。

 時代に翻弄され、行方知らずとなった弟のことをろくでなしと思っていたのならば、どれほどに良かっただろうか。

 軍によって告げられた形だけの死を受け入れられたのならば、美香子の心に重荷を背負わせることはなかったのだろうか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鬼様に生贄として捧げられたはずが、なぜか溺愛花嫁生活を送っています!?

小達出みかん
キャラ文芸
両親を亡くし、叔父一家に冷遇されていた澪子は、ある日鬼に生贄として差し出される。 だが鬼は、澪子に手を出さないばかりか、壊れ物を扱うように大事に接する。美味しいごはんに贅沢な衣装、そして蕩けるような閨事…。真意の分からぬ彼からの溺愛に澪子は困惑するが、それもそのはず、鬼は澪子の命を助けるために、何度もこの時空を繰り返していた――。 『あなたに生きていてほしい、私の愛しい妻よ』 繰り返される『やりなおし』の中で、鬼は澪子を救えるのか? ◇程度にかかわらず、濡れ場と判断したシーンはサブタイトルに※がついています ◇後半からヒーロー視点に切り替わって溺愛のネタバレがはじまります

夫に元カノを紹介された。

ほったげな
恋愛
他人と考え方や価値観が違う、ズレた夫。そんな夫が元カノを私に紹介してきた。一体何を考えているのか。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

生まれ変わっても一緒にはならない

小鳥遊郁
恋愛
カイルとは幼なじみで夫婦になるのだと言われて育った。 十六歳の誕生日にカイルのアパートに訪ねると、カイルは別の女性といた。 カイルにとって私は婚約者ではなく、学費や生活費を援助してもらっている家の娘に過ぎなかった。カイルに無一文でアパートから追い出された私は、家に帰ることもできず寒いアパートの廊下に座り続けた結果、高熱で死んでしまった。 輪廻転生。 私は生まれ変わった。そして十歳の誕生日に、前の人生を思い出す。

ニンジャマスター・ダイヤ

竹井ゴールド
キャラ文芸
 沖縄県の手塚島で育った母子家庭の手塚大也は実母の死によって、東京の遠縁の大鳥家に引き取られる事となった。  大鳥家は大鳥コンツェルンの創業一族で、裏では日本を陰から守る政府機関・大鳥忍軍を率いる忍者一族だった。  沖縄県の手塚島で忍者の修行をして育った大也は東京に出て、忍者の争いに否応なく巻き込まれるのだった。

デリバリー・デイジー

SoftCareer
キャラ文芸
ワケ有りデリヘル嬢デイジーさんの奮闘記。 これを読むと君もデリヘルに行きたくなるかも。いや、行くんじゃなくて呼ぶんだったわ……あっ、本作品はR-15ですが、デリヘル嬢は18歳にならないと呼んじゃだめだからね。 ※もちろん、内容は百%フィクションですよ!

処理中です...