星空(仮)の下で謎解きを

木材あかり

文字の大きさ
上 下
11 / 28
プラネタリウムは密室(仮)ですか?

しおりを挟む
「以上をもちまして、今回の投映を終了いたします。お忘れ物ございませんよう、今一度お座席をお確かめください。お出口は左手側の一か所です。本日はご来場まことにありがとうございました」

私は立ち上がり、プラネタリウムの来場者に一礼する。足早に出ていく人、まだ座席に座っている人、投影機の写真を撮っている人。プラネタリウムの中は客数に対し少し賑やかだった。

来場者は全部で30人いかないくらいだったか。

平日午前中の投映だったらこんなものだ。残っている客を横目にプラネタリウムの操作卓コンソールに手を延ばす。次の投映の準備をしなければ。

そう多くはない作業をしながら顔を上げると、残っていた最後の客が出口へと向かっているところだった。見渡す限りもう客はいない。ドーム内には退場BGMが響くのみである。準備が終わりヘッドマイクを外したころにやっと違和感を覚えた。

アテンダントが帰ってこない。

当県立科学博物館で職員の補佐を担当するアテンダント。プラネタリウムの補佐では観覧券の受け取り、投影中の見回りと途中入退場者の案内、投影後の見送りが仕事である。すべての客がドーム内から出た後扉を閉め、担当プラネタリアンに途中入退場客の数を報告するのが常だが。

確か今日のアテンダントは新人さんだった。一人での担当は初めてだからまだ要領がわからないのかもしれない。投影前アナウンスや投影中の見回りは新人にしてはまあまあ出来ていたと思うが。

無表情というか顔に出ない子だったなあ。

というのは第一印象。案の定、出口扉の傍でぼーっとしているアテンダントを発見。

「なにぼーっとしてるんだ。客が全員出たら扉を閉める、だ」

ありがとうございました、と出口付近にいた客たちに会釈し扉を引き閉じた後、未だ突っ立ったままの新人アテンダントに向き直る。


「えーっと。アマデラさん、だっけ?」

胸ポケットに付いた小さな名札に目を向ける。『尼寺』の文字。

「プラネタリウム、終ワル。出口、開ケル。客、皆出ル。扉、閉メル。おーけー?」

と指導してやると無表情で頷く。

「で、途中入退場者は?いなかった?」

「はい。いませんでし、た……?」

変わらぬ表情で首をかしげる。

「いやこっちが聞いているんだが……」

まあアテンダントさんが退場させていないのならいないんだろう。


「ということで、初プラネお疲れ様でした!」

労いの言葉をかける。新人さんはしばらく佇んでいたかと思うと、お疲れ様でしたと小さく答えドームから退出した。挨拶はちゃんとできる子らしい。

「変わった子だったな……。さーて。休憩休憩」

一時的に機械を立ち下げプラネタリウムを出る。そして入口近くの質問箱を回収後、プラネタリウム準備室へと向かった。


「あ、お帰り後藤君」

ドアを開けるとカール主任こと津和井主任に出迎えられる。ロマンスグレーな髪と髭。それに合わせたような白のスーツを着こなした紳士である。

「主任。さっきのプラネ、途中入退場ありました?」

今いる準備室はプラネタリウムの入口側にあり、ドアの窓からはプラネタリウムの入口とロビーまで見渡せる。先ほどの回の間、主任は事務作業をするためにずっと準備室にいたはずである。

「いいや。途中入退場した客はいなかったよ」

「ありがとうございます」

プラネタリウム日誌の今日一回目の欄、主任が書いてくれた「入場者数27人」の横に「途中入退場者なし」と記入する。

「じゃあ俺、休憩入りますね」

ストックしてあるカップ麺を取り出しながら主任を目で追うと外出されるご様子。

「では私も。今日は外に食べに出ようか。ああ、備品もついでに買ってくるから帰りは次の投映終了後になるかな」

「主任今日は弁当じゃないんスね。あ、おやつにハーゲンダッツ3つほど買って来てください」

濡羽色の外套を羽織った主任の背中に投げかける。右手を挙げてそれに答える主任。

窓の向こうには梅雨入り前の灰色の空が広がっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)

青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。 だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。 けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。 「なぜですか?」 「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」 イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの? これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない) 因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

次代の希望 愛されなかった王太子妃の愛

Rj
恋愛
王子様と出会い結婚したグレイス侯爵令嬢はおとぎ話のように「幸せにくらしましたとさ」という結末を迎えられなかった。愛し合っていると思っていたアーサー王太子から結婚式の二日前に愛していないといわれ、表向きは仲睦まじい王太子夫妻だったがアーサーにはグレイス以外に愛する人がいた。次代の希望とよばれた王太子妃の物語。 全十二話。(全十一話で投稿したものに一話加えました。2/6変更)

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

公主の嫁入り

マチバリ
キャラ文芸
 宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。  17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。  中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。

処理中です...