11 / 28
プラネタリウムは密室(仮)ですか?
☆
しおりを挟む
「以上をもちまして、今回の投映を終了いたします。お忘れ物ございませんよう、今一度お座席をお確かめください。お出口は左手側の一か所です。本日はご来場まことにありがとうございました」
私は立ち上がり、プラネタリウムの来場者に一礼する。足早に出ていく人、まだ座席に座っている人、投影機の写真を撮っている人。プラネタリウムの中は客数に対し少し賑やかだった。
来場者は全部で30人いかないくらいだったか。
平日午前中の投映だったらこんなものだ。残っている客を横目にプラネタリウムの操作卓に手を延ばす。次の投映の準備をしなければ。
そう多くはない作業をしながら顔を上げると、残っていた最後の客が出口へと向かっているところだった。見渡す限りもう客はいない。ドーム内には退場BGMが響くのみである。準備が終わりヘッドマイクを外したころにやっと違和感を覚えた。
アテンダントが帰ってこない。
当県立科学博物館で職員の補佐を担当するアテンダント。プラネタリウムの補佐では観覧券の受け取り、投影中の見回りと途中入退場者の案内、投影後の見送りが仕事である。すべての客がドーム内から出た後扉を閉め、担当プラネタリアンに途中入退場客の数を報告するのが常だが。
確か今日のアテンダントは新人さんだった。一人での担当は初めてだからまだ要領がわからないのかもしれない。投影前アナウンスや投影中の見回りは新人にしてはまあまあ出来ていたと思うが。
無表情というか顔に出ない子だったなあ。
というのは第一印象。案の定、出口扉の傍でぼーっとしているアテンダントを発見。
「なにぼーっとしてるんだ。客が全員出たら扉を閉める、だ」
ありがとうございました、と出口付近にいた客たちに会釈し扉を引き閉じた後、未だ突っ立ったままの新人アテンダントに向き直る。
「えーっと。アマデラさん、だっけ?」
胸ポケットに付いた小さな名札に目を向ける。『尼寺』の文字。
「プラネタリウム、終ワル。出口、開ケル。客、皆出ル。扉、閉メル。おーけー?」
と指導してやると無表情で頷く。
「で、途中入退場者は?いなかった?」
「はい。いませんでし、た……?」
変わらぬ表情で首をかしげる。
「いやこっちが聞いているんだが……」
まあアテンダントさんが退場させていないのならいないんだろう。
「ということで、初プラネお疲れ様でした!」
労いの言葉をかける。新人さんはしばらく佇んでいたかと思うと、お疲れ様でしたと小さく答えドームから退出した。挨拶はちゃんとできる子らしい。
「変わった子だったな……。さーて。休憩休憩」
一時的に機械を立ち下げプラネタリウムを出る。そして入口近くの質問箱を回収後、プラネタリウム準備室へと向かった。
「あ、お帰り後藤君」
ドアを開けるとカール主任こと津和井主任に出迎えられる。ロマンスグレーな髪と髭。それに合わせたような白のスーツを着こなした紳士である。
「主任。さっきのプラネ、途中入退場ありました?」
今いる準備室はプラネタリウムの入口側にあり、ドアの窓からはプラネタリウムの入口とロビーまで見渡せる。先ほどの回の間、主任は事務作業をするためにずっと準備室にいたはずである。
「いいや。途中入退場した客はいなかったよ」
「ありがとうございます」
プラネタリウム日誌の今日一回目の欄、主任が書いてくれた「入場者数27人」の横に「途中入退場者なし」と記入する。
「じゃあ俺、休憩入りますね」
ストックしてあるカップ麺を取り出しながら主任を目で追うと外出されるご様子。
「では私も。今日は外に食べに出ようか。ああ、備品もついでに買ってくるから帰りは次の投映終了後になるかな」
「主任今日は弁当じゃないんスね。あ、おやつにハーゲンダッツ3つほど買って来てください」
濡羽色の外套を羽織った主任の背中に投げかける。右手を挙げてそれに答える主任。
窓の向こうには梅雨入り前の灰色の空が広がっていた。
私は立ち上がり、プラネタリウムの来場者に一礼する。足早に出ていく人、まだ座席に座っている人、投影機の写真を撮っている人。プラネタリウムの中は客数に対し少し賑やかだった。
来場者は全部で30人いかないくらいだったか。
平日午前中の投映だったらこんなものだ。残っている客を横目にプラネタリウムの操作卓に手を延ばす。次の投映の準備をしなければ。
そう多くはない作業をしながら顔を上げると、残っていた最後の客が出口へと向かっているところだった。見渡す限りもう客はいない。ドーム内には退場BGMが響くのみである。準備が終わりヘッドマイクを外したころにやっと違和感を覚えた。
アテンダントが帰ってこない。
当県立科学博物館で職員の補佐を担当するアテンダント。プラネタリウムの補佐では観覧券の受け取り、投影中の見回りと途中入退場者の案内、投影後の見送りが仕事である。すべての客がドーム内から出た後扉を閉め、担当プラネタリアンに途中入退場客の数を報告するのが常だが。
確か今日のアテンダントは新人さんだった。一人での担当は初めてだからまだ要領がわからないのかもしれない。投影前アナウンスや投影中の見回りは新人にしてはまあまあ出来ていたと思うが。
無表情というか顔に出ない子だったなあ。
というのは第一印象。案の定、出口扉の傍でぼーっとしているアテンダントを発見。
「なにぼーっとしてるんだ。客が全員出たら扉を閉める、だ」
ありがとうございました、と出口付近にいた客たちに会釈し扉を引き閉じた後、未だ突っ立ったままの新人アテンダントに向き直る。
「えーっと。アマデラさん、だっけ?」
胸ポケットに付いた小さな名札に目を向ける。『尼寺』の文字。
「プラネタリウム、終ワル。出口、開ケル。客、皆出ル。扉、閉メル。おーけー?」
と指導してやると無表情で頷く。
「で、途中入退場者は?いなかった?」
「はい。いませんでし、た……?」
変わらぬ表情で首をかしげる。
「いやこっちが聞いているんだが……」
まあアテンダントさんが退場させていないのならいないんだろう。
「ということで、初プラネお疲れ様でした!」
労いの言葉をかける。新人さんはしばらく佇んでいたかと思うと、お疲れ様でしたと小さく答えドームから退出した。挨拶はちゃんとできる子らしい。
「変わった子だったな……。さーて。休憩休憩」
一時的に機械を立ち下げプラネタリウムを出る。そして入口近くの質問箱を回収後、プラネタリウム準備室へと向かった。
「あ、お帰り後藤君」
ドアを開けるとカール主任こと津和井主任に出迎えられる。ロマンスグレーな髪と髭。それに合わせたような白のスーツを着こなした紳士である。
「主任。さっきのプラネ、途中入退場ありました?」
今いる準備室はプラネタリウムの入口側にあり、ドアの窓からはプラネタリウムの入口とロビーまで見渡せる。先ほどの回の間、主任は事務作業をするためにずっと準備室にいたはずである。
「いいや。途中入退場した客はいなかったよ」
「ありがとうございます」
プラネタリウム日誌の今日一回目の欄、主任が書いてくれた「入場者数27人」の横に「途中入退場者なし」と記入する。
「じゃあ俺、休憩入りますね」
ストックしてあるカップ麺を取り出しながら主任を目で追うと外出されるご様子。
「では私も。今日は外に食べに出ようか。ああ、備品もついでに買ってくるから帰りは次の投映終了後になるかな」
「主任今日は弁当じゃないんスね。あ、おやつにハーゲンダッツ3つほど買って来てください」
濡羽色の外套を羽織った主任の背中に投げかける。右手を挙げてそれに答える主任。
窓の向こうには梅雨入り前の灰色の空が広がっていた。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)
青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。
だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。
けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。
「なぜですか?」
「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」
イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの?
これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない)
因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。


【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。

【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる