星空(仮)の下で謎解きを

木材あかり

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プラネタリウムは密室(仮)ですか?

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「以上をもちまして、今回の投映を終了いたします。お忘れ物ございませんよう、今一度お座席をお確かめください。お出口は左手側の一か所です。本日はご来場まことにありがとうございました」

私は立ち上がり、プラネタリウムの来場者に一礼する。足早に出ていく人、まだ座席に座っている人、投影機の写真を撮っている人。プラネタリウムの中は客数に対し少し賑やかだった。

来場者は全部で30人いかないくらいだったか。

平日午前中の投映だったらこんなものだ。残っている客を横目にプラネタリウムの操作卓コンソールに手を延ばす。次の投映の準備をしなければ。

そう多くはない作業をしながら顔を上げると、残っていた最後の客が出口へと向かっているところだった。見渡す限りもう客はいない。ドーム内には退場BGMが響くのみである。準備が終わりヘッドマイクを外したころにやっと違和感を覚えた。

アテンダントが帰ってこない。

当県立科学博物館で職員の補佐を担当するアテンダント。プラネタリウムの補佐では観覧券の受け取り、投影中の見回りと途中入退場者の案内、投影後の見送りが仕事である。すべての客がドーム内から出た後扉を閉め、担当プラネタリアンに途中入退場客の数を報告するのが常だが。

確か今日のアテンダントは新人さんだった。一人での担当は初めてだからまだ要領がわからないのかもしれない。投影前アナウンスや投影中の見回りは新人にしてはまあまあ出来ていたと思うが。

無表情というか顔に出ない子だったなあ。

というのは第一印象。案の定、出口扉の傍でぼーっとしているアテンダントを発見。

「なにぼーっとしてるんだ。客が全員出たら扉を閉める、だ」

ありがとうございました、と出口付近にいた客たちに会釈し扉を引き閉じた後、未だ突っ立ったままの新人アテンダントに向き直る。


「えーっと。アマデラさん、だっけ?」

胸ポケットに付いた小さな名札に目を向ける。『尼寺』の文字。

「プラネタリウム、終ワル。出口、開ケル。客、皆出ル。扉、閉メル。おーけー?」

と指導してやると無表情で頷く。

「で、途中入退場者は?いなかった?」

「はい。いませんでし、た……?」

変わらぬ表情で首をかしげる。

「いやこっちが聞いているんだが……」

まあアテンダントさんが退場させていないのならいないんだろう。


「ということで、初プラネお疲れ様でした!」

労いの言葉をかける。新人さんはしばらく佇んでいたかと思うと、お疲れ様でしたと小さく答えドームから退出した。挨拶はちゃんとできる子らしい。

「変わった子だったな……。さーて。休憩休憩」

一時的に機械を立ち下げプラネタリウムを出る。そして入口近くの質問箱を回収後、プラネタリウム準備室へと向かった。


「あ、お帰り後藤君」

ドアを開けるとカール主任こと津和井主任に出迎えられる。ロマンスグレーな髪と髭。それに合わせたような白のスーツを着こなした紳士である。

「主任。さっきのプラネ、途中入退場ありました?」

今いる準備室はプラネタリウムの入口側にあり、ドアの窓からはプラネタリウムの入口とロビーまで見渡せる。先ほどの回の間、主任は事務作業をするためにずっと準備室にいたはずである。

「いいや。途中入退場した客はいなかったよ」

「ありがとうございます」

プラネタリウム日誌の今日一回目の欄、主任が書いてくれた「入場者数27人」の横に「途中入退場者なし」と記入する。

「じゃあ俺、休憩入りますね」

ストックしてあるカップ麺を取り出しながら主任を目で追うと外出されるご様子。

「では私も。今日は外に食べに出ようか。ああ、備品もついでに買ってくるから帰りは次の投映終了後になるかな」

「主任今日は弁当じゃないんスね。あ、おやつにハーゲンダッツ3つほど買って来てください」

濡羽色の外套を羽織った主任の背中に投げかける。右手を挙げてそれに答える主任。

窓の向こうには梅雨入り前の灰色の空が広がっていた。
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