星空(仮)の下で謎解きを

木材あかり

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私の名前(仮)は何でしょう

Θ(シータ)

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「フッ、よくぞ見破った。さすが先輩だ。いかにも、私が質問者だ」

パチパチパチ。暗闇の向こうで拍手の音が聞こえる。

いつの間にかこの星空の下にいたらしい侵入者。

私に挑戦状を叩きつけた質問者。

俺をただ先輩・・と呼ぶ中高時代の後輩。

「どこぞの悪役かおのれは!ってかてめえがアテンダントの新人かよ!」

 思わずヘッドマイクをかなぐり捨てて操作卓の向こうの暗闇に叫んだ。

「先輩久しぶりっス!先輩の卒業式以来だから5年ぶりですかねー」

声がだんだん近くなる。ああこの声はやはり家名か。

中高一貫校の一つ下の後輩。平穏だった天文部のトラブルメイカー。

学生時代何度コイツに振り回されたことか。まさか社会人になっても振り回されることになるとはな!

「あ、星空解説お疲れ様でした。5年ぶりに聞きましたが、わたしから離れてよくぞここまで成長しました」

「さっきの投影見てたんかい……。ってかお前に教わったことなんざ何もねえよ。毎度トラブル持ち込みやがって」

なるほど、投影開始ギリギリに入ってきて終了後すぐに出て行った人影はこいつだったか。

「いい暗号だと思ったんですけどねー。特にドイツ語読みさせるところとか。ドヤ顔で『犯人はジーナ』なんて言おうものなら大笑いしてやるところでしたよ」

にっしっしと声が聞こえてきそうな雰囲気で家名が操作卓に歩み寄る。

「言っとくがプラネタリウム関係者で『JENA』を『イエナ』と読めない奴はもぐりだ。アルファベットが揃った時点ですぐ読めたぞ」

「なんと!わたしが頭ひねった3日間の苦労が……」

肩を落とした暇人のシルエットが目の前に現れる。

「暇なことに時間使ったなお前。まず一般客がこんなの書くとは到底思えん。絶対関係者だと思ったが、普通なら悪戯と思って捨ててるところだぞ」

「まー無事暗号は解かれたんだから結果オーライじゃないですかー。少しは普段の退屈がまぎれましたか?」

 あっけらかんと言い放つ家名。久しぶりに会ってもやっぱりムカつくなこいつ。

「少しだけ、な。単純な暗号すぎてわかったときは笑っちまったけど」

ありがとう、なんて言うのは癪なので軽口で返す。

「あ、ひどーい! わたしの3日間を返せ!」

操作卓の向こうから身を乗り出しぽかぽか殴ろうとしてくる家名の相手をしながら思う。

ときどきこんな楽しい投稿があるのなら、星空探偵役、まだ続けていてもいいかもな。なんてね。

「なーに達観したような顔してるんですか。退屈しのぎが終わったら、早く次の質問の回答しますよ。あとカール伯父さんにも挨拶しなきゃ!」

呆れた顔とワクワクした顔と、コロコロ表情を変えながら家名が言う。この感じ、あの頃と全然変わんねえな。少し感傷に浸りそうになったところで、いることを忘れていた早乙女さんが声を上げる。

「はいはい甘酸っぱいのはそこまでにして仕事に戻るよ。入館してきてすぐ変なこと言い出すかと思えば、後藤君と知り合いだったんだね家名ちゃん」

「早乙女さんも共謀でしたか……」

なるほど事前に家名が書いてきた質問用紙をさっき直接俺に渡してきた訳か。リーダーを遣うとは恐ろしい新人が入ってきたものだ。

「リーダー。ご迷惑おかけしました!これからはより一層業務に励みたいと思います!」

 精悍な顔つきで背筋も伸ばした家名。さすがに上司相手にはしっかりしているらしい。

「よろしい、じゃあ業務を始めます。まずはプラネタリアンにご挨拶から」

 リーダーに促され家名が操作卓の前に来る。俺も自然と背筋が伸びる。

「初めまして。新人アテンダントの家名といいます。これからどうぞよろしくお願いします」

「宇宙チーム、プラネタリアンの後藤です。何かあれば何でも聞いてください」

 お辞儀しながら見えたヤツのにやけ顔。

 嫌な予感と懐かしい感覚を覚える。


いつの間にか東の空が明らみ、太陽が昇ってきていた。
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