星空(仮)の下で謎解きを

木材あかり

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私の名前(仮)は何でしょう

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俺、後藤ごとうみのるが働くここはとある県立科学博物館。屋内施設としては県内最大の規模を誇る当博物館は、県内外老若男女問わず多くの観光客で賑わう観光スポットである。この地方指折りの大きさを誇るプラネタリウムや、毎日行われる実験ショー、昆虫や魚などの生き物にまでわたる展示の数々は人々を飽きさせない。そのため館には多くの職員が在籍しており、大きく三種類の部門に分けられる。

一つ目は経営管理部。主に経理や広報を担当する。お上とのやり取りや資金繰り、広報活動など事務作業を一手に引き受ける縁の下の力持ち的な存在だ。

二つ目はアテンダント。全員女性で構成された館の案内人だ。その仕事は受付、インフォメーション、研究員の補佐、各ゾーンの解説等、多岐にわたる。この館を一番知っているのは彼女らかもしれない。先ほどの早乙女春子さんはこのアテンダントのリーダーだ。ほわほわした雰囲気だが気遣い上手でノリがよく話しやすい人である。

そして三つ目が研究交流部。館内の各ゾーンの展示物の製作と解説、企画展の設営など専門分野を生かした部門だ。この研究交流部も三つに分けられ、科学チーム・地域チーム・宇宙チームがある。俺は宇宙チームに所属している。

宇宙チームの主な仕事は宇宙ゾーンの見回りと天文台の管理、そしてプラネタリウムの解説である。配属されて二年目、仕事には慣れてきた。プラネタリウム準備室という名の休憩室も宇宙チームの特権である。

ただ万年人員不足の宇宙チーム。現在は俺含め3人しかいないので仕事はなかなか多い。その中で新米の俺に与えられた任務といえば―

『星空探偵』

である。


「なになに『宇宙人は本当にいるの?』だと? そんなのこっちが聞きたいよ! 星空探偵でもわからないことあるっつーの」

そう愚痴りながら、俺は二つ折りにされた質問用紙に「ドレイク方程式という式がありまして、この方程式を使うと我々の銀河系にある地球外知的文明の数が求められます。それぞれに数字を当てはめて解いてみましょう」と書き込む。

星空探偵というのは当館プラネタリウムのオリジナル番組「星空探偵の大冒険」の主人公である。番組内容は日中に質問箱に寄せられた疑問や質問を、マスコットキャラの星空探偵が夜中のうちに解決するというもの。舞台は実在する当県立科学博物館。そして質問箱も実在するとあれば回答する星空探偵も必要になる。人気番組らしく、この投映後は質問箱に多くの疑問が寄せられる。お陰様で俺の仕事は増えるばかりだ。

「仕事なんだから頑張ってくれよ星空探偵君。しかしまあ、少し固すぎないかな?こういうのは『可能性はゼロじゃないよ。君も宇宙に住んでいる、宇宙人だ!』くらいの軽さでいいんだよ。星空探偵は回答と夢を与えるものだ」

「誰が星空探偵ですか。あれはプラネタリウム番組の主人公で、俺は業務の一環で回答を担当しているただの学芸員。そんな曖昧な答え書けますか」

四畳ほどのスペースにパソコンが乗った机、プラネタリウム番組のチラシと研究資料と混沌が詰め込まれた本棚。お世辞にも広いとは言えない部屋の隅でお茶をすする初老の男性を振り返る。

「後藤君はもっと考え方が子どもになった方がいいと思うよ。子どもたちはもっと夢のある回答を期待しているからね」

アイアイサー

気のない返事を返す。

彼の本名は津和井つわい零明れいめい。宇宙チームの主任、俺の直属の上司だ。頭髪はおろか口髭、顎髭まで白く染まり、白銀のスーツをぴしっと着こなす所謂ロマンスグレーな紳士である。昔は有名大学で物理学の教授をしていたらしいが、真相は謎である。噂によるとトンデモ宇宙論を展開し学会を追放されたところを今の館長に拾われこの科学館を建てたとか。

俺は宇宙物理学者のカール・セーガンにあやかってカール主任と呼んでいたりする。

結局質問の回答には「宇宙人がいるかどうかはまだ分かりませんが、この広い宇宙に私たち地球人だけじゃスペースがもったいないと思いませんか?」と記述する。結局曖昧な答えになってしまった。

はじめ星空探偵の仕事を任されたとき、それはワクワクしたものだった。活字で灰色の脳細胞や安楽椅子の老婆を、液晶の向こうで頭脳は大人な小学生や有名探偵の孫を見て育った身としては、探偵と聞いて心躍らない訳にはいかなかったからだ。しかしその実、探偵とは名ばかりのただの「子どもの疑問解決コーナー」だ。子どもが疑問に思う宇宙のことといえばそれほど多くはない。主な疑問の回答にはパターンがあるのだ。決まったパターンの回答を書きファイルに綴る。本当に退屈な作業である。

欠伸をひとつ噛み殺しつつ、回答した質問用紙の折り目を延ばしファイルに綴った。
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