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じぇねしす!
第1話 ミッション・スタート
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汗臭い男子ばかりの男子校ではなく、いい香りのする女の子がたくさんいる学校がよかった。
などと夢想しながらお気に入りの女性ユーチューバーの動画を見ながら過ごした日曜日も終わり、また憂鬱な月曜日が始まる。
退屈な授業に救いの鐘がなる。昼休みだ。少し延長した授業を終え、購買でパンを買って教室へ戻る。
教室ではいつも一人だ。
もっともこの学校には一人で過ごしているヤツが結構多い。
スマホの動画を見ながら弁当を食べているヤツ。
そそくさと弁当を食べ終わりエロ本を眺めているヤツ。
食パン一斤だけでジャムもマーガリンもなしで黙々と食べているヤツ。
僕は右手にパンを左手に本を持ち、読みながら食べている。
僕の名は細石巌央。細石は『君が代』に出てくる細石と同じだ。
取ってつけたような安直な名前になってしまい名付け親を恨む。
細石家の両親は、十歳の時点で神童と言われた兄貴の方に夢中で、弟の僕の名前にはさして関心がないのだろう。
進学校を卒業し国立の大学へと進学した兄貴とは違い、そこそこの成績の僕はそこそこの高校へ入り、そこそこの一年を過ごした。
失敗だったのは高校が男子校で女子が一人もいないことだ。過去にメッセージが飛ばせるなら、中学生の自分に男子校はやめて男女共学にしておけと送りたいところだ。もっとも友達が一人もいない僕が女子と仲良くなれるとは思っていないけれども。
文庫本の章の終わりまで読み終えた。次の章へ進むかここまでにしておくか。一旦読むのをやめて気分転換に屋上へ行くことにした。これは勉強のし過ぎで近眼になった兄貴からの「たまには目を休めて遠くを見るように」というアドバイスに従ったものだ。
階段を上る。前の方に一人上っている。
これが女子だったらパンツが見えただろうに。
などと想像していたら突然目の前が真っ暗になった。
「うわっ!」
足を踏み外し転がり落ちる僕。
頭を打って気絶してしまった。
――目が覚めた。
ベッドの上で寝ている。保健室のようだ。
どのくらい時間が経ったのだろう?
「あっ、気がついた」
目の前に見知らぬ顔が覗き込む。
大きな目に可愛い鼻。
男子にしては長めの髪が窓の明かりを受けて黄金色に輝いて見える。
「大丈夫?」
顔が近い。喋ると息が頬に触れる。
「痛てててて。ちょっと頭が痛い」
「階段から落ちたの。覚えている?」
「落ちたところまでは覚えているけど……。君が運んでくれたの?」
怪訝な顔をされた。
「ひょっとして、私が分からないの?」
「えーと、どちらさんでしたっけ?」
「頭……大丈夫? イブキさん」
「イブキ? 誰それ?」
「自分のことも分からないの」
「えっ、僕がイブキ?」
「そう、あなたの名前は後藤伊吹。やっぱり、階段から落ちた時に頭を打ったようね」
心配そうに僕を見つめる子をよく見ると学生服ではなくセーラー服だった。
もちろん下はスカート。
そして、ベッドで上体を起こすと自分もセーラー服を着ていた。
胸も膨らんでいる。
「ちょっ! これ!?」
シーツを剥がすと下半身はスカート。
どういうことだ?
自分の胸を両手で掴む。手には柔らかい感触。胸には掴まれている感触。
お、女の子になっている!!!
頭を触ると髪の毛も長い。肩甲骨が隠れるくらいのストレートヘア。
自分の頬をペタペタと触る。自分の顔だ。
「どうしたのイブキさん。落ち着いて」
僕は深呼吸をした。
「記憶喪失かしら? 私の名前は?」
「分からない」
「自分の名前は言える?」
僕の名前はサザレイシ・イワオだけど、この身体のことを訊かれたようなので、自分の方を指さしながら「ゴトウ? イブキ?」と答えた。
「疑り深いトマスの儀式のことは覚えている?」
「疑り……? トマス……? 何それ?」
「やっぱり記憶喪失みたいね。先生にちゃんと見てもらいましょう」
目の前のこの子の名前は園原芳愛さん。この身体=後藤伊吹の友達でルームメイトだという。
ルームメイトということは寮で同じ部屋ということ。
ここは、聖ジェルジオ女学園。ミッション系スクールの女子校とのこと。
僕と同じ高校二年生。
「じゃあ、そろそろ午後の授業が始まるから私行くね」
そう言ってヨシアさんは保健室を出ていった。
まだ昼休みだったんだ。
あとで保健の先生が来るはずだ。
ベッドで一人待っているうちに自分に何が起こったのか考えていた。
「よう」
誰かが声をかけてきた。
見ると、黒いスーツを着た細身の男性が立っていた。
鋭い目つき、すらりとした鼻筋。
「ちょっと向こうの方の説明が長くなって遅れちまった。すまんな」
「あなたは?」
「俺はサタン。まあ、いわゆる悪魔ってやつだ」
「ええっ!?」
「今のお前の状況を説明にきた。
今、お前の魂と後藤伊吹の魂を入れ替えさせてもらっている。
お前の身体の中に後藤伊吹の魂が、後藤伊吹の身体の中にお前の魂というように」
「な、なんでそんなことを?」
「実は、俺は前々から後藤伊吹に注目していたんだ。
キリストに対する信仰に厚い後藤伊吹の、その信仰心が本物かどうかということに。
で、信仰心を試してみるために、後藤伊吹をキリスト教と関係ない世界に連れて行ったらどうなるかと思ってな」
「それが僕」
「そう。ぶっちゃけ興味があったのは後藤伊吹で、入れ替える相手は誰でもよかったんだけどな」
「そんな……」
「大丈夫だよ。7日間で戻してやるよ。今日が月曜日で一日目として、日曜日に戻してやる。
ただし、それまでは後藤伊吹の身体の中身が男だってことはバレないようにしてくれよ」
「どうして?」
「ここは、女子校なんだぜ。女子の中に男子がいたら大変だろ。
それに、ここはミッション系スクールだ。
もし、悪魔が絡んでいるなんてバレたらどうなることやら。
まず、退学だろうね。後藤伊吹は学校を辞めさせられる。
しかも、キリスト教のブラックリストに後藤伊吹の名前が刻まれ、全国、全世界の教会に入れてもらえなくなるだろうな。きっと」
「それじゃあ、一週間だけ我慢すればいいってことですか」
「そう。後藤伊吹とも話はついている。『私の身体をよろしく』って言ってたぞ」
「分かった……」
僕は渋々了承するとサタンがニヤリとした。
保健室のドアが開くとサタンの姿は消えていた。
入ってきたのは保健の先生。
僕は一時的な記憶喪失ということにした。
身体の方は元気なので病院で精密検査を受ける必要もないですよと言い、異常が出れば即病院へ行くと約束を取り付けて教室へ戻ることになった。
自分の教室へ案内してもらうさなか、歩く風を受けサラリとなびく髪の毛は新鮮な感じだった。
初めて穿くスカートはスースーして落ち着かなかった。
こうして僕の【女の子として一週間生活する】というミッションがスタートした。
などと夢想しながらお気に入りの女性ユーチューバーの動画を見ながら過ごした日曜日も終わり、また憂鬱な月曜日が始まる。
退屈な授業に救いの鐘がなる。昼休みだ。少し延長した授業を終え、購買でパンを買って教室へ戻る。
教室ではいつも一人だ。
もっともこの学校には一人で過ごしているヤツが結構多い。
スマホの動画を見ながら弁当を食べているヤツ。
そそくさと弁当を食べ終わりエロ本を眺めているヤツ。
食パン一斤だけでジャムもマーガリンもなしで黙々と食べているヤツ。
僕は右手にパンを左手に本を持ち、読みながら食べている。
僕の名は細石巌央。細石は『君が代』に出てくる細石と同じだ。
取ってつけたような安直な名前になってしまい名付け親を恨む。
細石家の両親は、十歳の時点で神童と言われた兄貴の方に夢中で、弟の僕の名前にはさして関心がないのだろう。
進学校を卒業し国立の大学へと進学した兄貴とは違い、そこそこの成績の僕はそこそこの高校へ入り、そこそこの一年を過ごした。
失敗だったのは高校が男子校で女子が一人もいないことだ。過去にメッセージが飛ばせるなら、中学生の自分に男子校はやめて男女共学にしておけと送りたいところだ。もっとも友達が一人もいない僕が女子と仲良くなれるとは思っていないけれども。
文庫本の章の終わりまで読み終えた。次の章へ進むかここまでにしておくか。一旦読むのをやめて気分転換に屋上へ行くことにした。これは勉強のし過ぎで近眼になった兄貴からの「たまには目を休めて遠くを見るように」というアドバイスに従ったものだ。
階段を上る。前の方に一人上っている。
これが女子だったらパンツが見えただろうに。
などと想像していたら突然目の前が真っ暗になった。
「うわっ!」
足を踏み外し転がり落ちる僕。
頭を打って気絶してしまった。
――目が覚めた。
ベッドの上で寝ている。保健室のようだ。
どのくらい時間が経ったのだろう?
「あっ、気がついた」
目の前に見知らぬ顔が覗き込む。
大きな目に可愛い鼻。
男子にしては長めの髪が窓の明かりを受けて黄金色に輝いて見える。
「大丈夫?」
顔が近い。喋ると息が頬に触れる。
「痛てててて。ちょっと頭が痛い」
「階段から落ちたの。覚えている?」
「落ちたところまでは覚えているけど……。君が運んでくれたの?」
怪訝な顔をされた。
「ひょっとして、私が分からないの?」
「えーと、どちらさんでしたっけ?」
「頭……大丈夫? イブキさん」
「イブキ? 誰それ?」
「自分のことも分からないの」
「えっ、僕がイブキ?」
「そう、あなたの名前は後藤伊吹。やっぱり、階段から落ちた時に頭を打ったようね」
心配そうに僕を見つめる子をよく見ると学生服ではなくセーラー服だった。
もちろん下はスカート。
そして、ベッドで上体を起こすと自分もセーラー服を着ていた。
胸も膨らんでいる。
「ちょっ! これ!?」
シーツを剥がすと下半身はスカート。
どういうことだ?
自分の胸を両手で掴む。手には柔らかい感触。胸には掴まれている感触。
お、女の子になっている!!!
頭を触ると髪の毛も長い。肩甲骨が隠れるくらいのストレートヘア。
自分の頬をペタペタと触る。自分の顔だ。
「どうしたのイブキさん。落ち着いて」
僕は深呼吸をした。
「記憶喪失かしら? 私の名前は?」
「分からない」
「自分の名前は言える?」
僕の名前はサザレイシ・イワオだけど、この身体のことを訊かれたようなので、自分の方を指さしながら「ゴトウ? イブキ?」と答えた。
「疑り深いトマスの儀式のことは覚えている?」
「疑り……? トマス……? 何それ?」
「やっぱり記憶喪失みたいね。先生にちゃんと見てもらいましょう」
目の前のこの子の名前は園原芳愛さん。この身体=後藤伊吹の友達でルームメイトだという。
ルームメイトということは寮で同じ部屋ということ。
ここは、聖ジェルジオ女学園。ミッション系スクールの女子校とのこと。
僕と同じ高校二年生。
「じゃあ、そろそろ午後の授業が始まるから私行くね」
そう言ってヨシアさんは保健室を出ていった。
まだ昼休みだったんだ。
あとで保健の先生が来るはずだ。
ベッドで一人待っているうちに自分に何が起こったのか考えていた。
「よう」
誰かが声をかけてきた。
見ると、黒いスーツを着た細身の男性が立っていた。
鋭い目つき、すらりとした鼻筋。
「ちょっと向こうの方の説明が長くなって遅れちまった。すまんな」
「あなたは?」
「俺はサタン。まあ、いわゆる悪魔ってやつだ」
「ええっ!?」
「今のお前の状況を説明にきた。
今、お前の魂と後藤伊吹の魂を入れ替えさせてもらっている。
お前の身体の中に後藤伊吹の魂が、後藤伊吹の身体の中にお前の魂というように」
「な、なんでそんなことを?」
「実は、俺は前々から後藤伊吹に注目していたんだ。
キリストに対する信仰に厚い後藤伊吹の、その信仰心が本物かどうかということに。
で、信仰心を試してみるために、後藤伊吹をキリスト教と関係ない世界に連れて行ったらどうなるかと思ってな」
「それが僕」
「そう。ぶっちゃけ興味があったのは後藤伊吹で、入れ替える相手は誰でもよかったんだけどな」
「そんな……」
「大丈夫だよ。7日間で戻してやるよ。今日が月曜日で一日目として、日曜日に戻してやる。
ただし、それまでは後藤伊吹の身体の中身が男だってことはバレないようにしてくれよ」
「どうして?」
「ここは、女子校なんだぜ。女子の中に男子がいたら大変だろ。
それに、ここはミッション系スクールだ。
もし、悪魔が絡んでいるなんてバレたらどうなることやら。
まず、退学だろうね。後藤伊吹は学校を辞めさせられる。
しかも、キリスト教のブラックリストに後藤伊吹の名前が刻まれ、全国、全世界の教会に入れてもらえなくなるだろうな。きっと」
「それじゃあ、一週間だけ我慢すればいいってことですか」
「そう。後藤伊吹とも話はついている。『私の身体をよろしく』って言ってたぞ」
「分かった……」
僕は渋々了承するとサタンがニヤリとした。
保健室のドアが開くとサタンの姿は消えていた。
入ってきたのは保健の先生。
僕は一時的な記憶喪失ということにした。
身体の方は元気なので病院で精密検査を受ける必要もないですよと言い、異常が出れば即病院へ行くと約束を取り付けて教室へ戻ることになった。
自分の教室へ案内してもらうさなか、歩く風を受けサラリとなびく髪の毛は新鮮な感じだった。
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