ただひたむきに

柳谷あお

文字の大きさ
上 下
1 / 1

駆けろ

しおりを挟む


ひたむきに走っている姿が好きだった。
真っ直ぐにゆく道を走り、振り返らない背中が好きだった。
同じ道をゆくものとして、尊敬していたし、そういう意味でも好きだった。

「陽太、お前頼むものそろそろ決まった?」
ハッとして顔を上げる。大学に入ってからもダラダラと続けていた陸上サークルで、練習も程々に毎週こうしてマックの列に並んでいる。
「ええと、ビッグマだろ、あと爽健美茶」
「ポテトは?お前金欠?」
「月中はいつもそうだろ」
「仕方ねえな、奢るから元気出せよ」
ポテトごときで…と苦笑をする。気前がいい所はあるが、機嫌がいい時は見返りを要求される。大方今回はレポートの手伝いだろう。大学の近くにあるこのマックには同じような学生がたむろしていて、店の入口には「学生の長居はご遠慮願います」とご丁寧に張り紙までされるVIP対応までされている。時間に余裕があるものも無いものも、24時間やっていて冷暖房もある施設が近くにあれば、集まるのは必定と言えばそうなのだが。

「次の大会の選手見たか?シードに中森出るって」
「中森…」
大学陸上では聞かない日は無い。無名の高校から全国覇者が排出され、彗星の如く陸上界に舞い降りた短距離の天才。中森昴。
幼なじみだった。小学校の頃から足が速くて、女子に人気があった。当時の自分は、ちょっと足が速い位で、と拗ねたりひねたりしながらも、いずれ彼を抜いてみせるとこっそり夜に特訓を始めていた。
彼が自分を視界に入れたのは、小学校最後の運動会の時、先頭争いの死闘を繰り広げた時からだった。1センチ、5ミリと差を縮める中、過熱する実況席と、赤組と白組の叫ぶような応援の声、死に物狂いで振るう腕、1歩でも前へと投げ出された足。全て振り絞って手に入れた一位に、彼は負けたあ、と楽しそうな笑顔を浮かべたのを、今でも覚えている。
「陸上やりなよ」
近所の公立中学にそのまま進んだ自分たちは、中森の気軽すぎる誘いにまんまと乗せられ、本格的に陸上の道へと進んだ。顧問は陸上のことを何も知らないぺーぺーだったが、各々にああだのこうだの言い合える空気があったおかげで、徐々にレベルを上げていった。リレー県体4位を勝ち取って学校から表彰された自分たちは、まだまだこんなもんじゃないと高校まで陸上を続けることを誓った。
高校も同じところに進学した。中学の陸上部の面子は揃いも揃って同じ高校に進学したせいで、息がピッタリだった。さらに都合が良かったのが、間の2年生が幽霊部員しかいないので自由に振る舞えるところが最高だった。
全国大会。リレーで出場した自分たちは、中森にバトンが渡って走り切れば一位、という最高の場面だった。中森ならやってくれる。油断をしていた。
バトンは中森の手に渡ることなく、滑り落ちた。明らかに、自分のバトンパスのミスが原因だった。焦った自分は真っ白になった頭でなんとかバトンをひろいあげ、中森に渡した。
「ドンマイドンマイ」
中森はなんでもないように笑っていた。
俺のせいで。俺がミスしたから。ひとりふたりと抜かされ、吐き気を催しながら持ち場に戻る。既に役割を終えたメンバーは、なにやら声をかけてくれているのは分かってはいたが、少しでも喋ればそのまま吐いてしまいそうだったから、黙って俯いていた。
あれから自分は成績を下げ続けた。走っていても、落としたバトンの音が脳内にこびりついていた。その中でも、中森は短距離で結果を出し続けた。大会記録を塗り替え、全国記録を塗り替え、大会をついに制覇した。
急に、眩しくて手が届かない存在になって、会話も少なくなっていった。

「中森とかちあたるぜ、陽太」
気まずくなって別の大学を選んだのに、と、恨みながらも、久々に会う彼はどうなっているだろうと想像した。
何となくで練習していた日々に、熱が入った。彼の背中を見るまで負けられない。有象無象は蹴散らさねばならない、と、バイトの数まで減らして打ち込んだ。そこに彼はいなくても、中学の頃の練習を思い出した。

陸大は驚くほどスムーズに勝ち上がった。足が滑るように前に出た。この道の先に中森がいるのだと思うと、息が上がるのも気にならなかった。
決勝まで進んだ所で、背丈が変わった彼の姿を見つけた。
「陽太」
振り返って声をかけてきたのは向こうからだった。
「リレー以来大会でてないみたいだったから。話してなかったことあるんだ。話したら全力で走ってくれ」
頷いた。なにか酷いことでも言われるのだろうかと少し身構えた。
「リレーな、実は俺、足がこむら返りを起こしてたんだ。馬鹿だよな、緊張してたからか、アップのし過ぎでさ。だからあの時、バトン落として時間稼いでくれてさ、実はラッキーって思ったんだ。だから、本当に気にしなくていいんだ。俺も、あのまま走っても1位にはなれなかったんだから」
初めて聞く話だった。ずっと中森の目を見れずに、避け続けていたからかもしれないが、人づてでも聞いたことがない。
「…馬鹿正直に言わなくても、俺のせいのままの方が都合良かったろ」
「絶対気にしてると思って」
ニッカリと笑った。中学の時から変わらない笑顔だった。
会場にアナウンスが響く。空気が一変して、出場選手はトラックに並んだ。中森ももうこちらを振り返ることなく、右隣のレーンに立った。背中が、追ってこいと語っている。
馬鹿野郎。追いついてやるさ。今回も。

ピストルが弾けた。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

坊主女子:学園青春短編集【短編集】

S.H.L
青春
坊主女子の学園もの青春ストーリーを集めた短編集です。

〜友情〜

らそまやかな
青春
はー…同じクラスの友達と喧嘩(私が悪いんだけど)をしちゃったんだよね。その友達はさよって言うんだけど…あることがあって消えろって言われたの。正直ショックだった。やったことは悪かったけどわざとじゃなくて…どうしよう

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

私のなかの、なにか

ちがさき紗季
青春
中学三年生の二月のある朝、川奈莉子の両親は消えた。叔母の曜子に引き取られて、大切に育てられるが、心に刻まれた深い傷は癒えない。そればかりか両親失踪事件をあざ笑う同級生によって、ネットに残酷な書きこみが連鎖し、対人恐怖症になって引きこもる。 やがて自分のなかに芽生える〝なにか〟に気づく莉子。かつては気持ちを満たす幸せの象徴だったそれが、不穏な負の象徴に変化しているのを自覚する。同時に両親が大好きだったビートルズの名曲『Something』を聴くことすらできなくなる。 春が訪れる。曜子の勧めで、独自の教育方針の私立高校に入学。修と咲南に出会い、音楽を通じてどこかに生きているはずの両親に想いを届けようと考えはじめる。 大学一年の夏、莉子は修と再会する。特別な歌声と特異の音域を持つ莉子の才能に気づいていた修の熱心な説得により、ふたたび歌うようになる。その後、修はネットの音楽配信サービスに楽曲をアップロードする。間もなく、二人の世界が動きはじめた。 大手レコード会社の新人発掘プロデューサー澤と出会い、修とともにライブに出演する。しかし、両親の失踪以来、莉子のなかに巣食う不穏な〝なにか〟が膨張し、大勢の観客を前にしてパニックに陥り、倒れてしまう。それでも奮起し、ぎりぎりのメンタルで歌いつづけるものの、さらに難題がのしかかる。音楽フェスのオープニングアクトの出演が決定した。直後、おぼろげに悟る両親の死によって希望を失いつつあった莉子は、プレッシャーからついに心が折れ、プロデビューを辞退するも、曜子から耳を疑う内容の電話を受ける。それは、両親が生きている、という信じがたい話だった。 歌えなくなった莉子は、葛藤や混乱と闘いながら――。

十月の葉桜を見上げて

ポテろんぐ
青春
小説家を夢見るけど、自分に自信がなくて前に踏み出す勇気のなかった高校生の私の前に突然、アナタは現れた。 桜の木のベンチに腰掛けながら、私はアナタとの日々を思い出す。 アナタは私の友達でも親友でもなかった。けど、アナタは私の人生の大切な人。 私は今でもアナタのために小説を書いている。

坊主女子:青春恋愛短編集【短編集】

S.H.L
青春
女性が坊主にする恋愛小説を短篇集としてまとめました。

おてんばプロレスの女神たち ~男子で、女子大生で、女子プロレスラーのジュリーという生き方~

ちひろ
青春
 おてんば女子大学初の“男子の女子大生”ジュリー。憧れの大学生活では想定外のジレンマを抱えながらも、涼子先輩が立ち上げた女子プロレスごっこ団体・おてんばプロレスで開花し、地元のプロレスファン(特にオッさん連中!)をとりこに。青春派プロレスノベル「おてんばプロレスの女神たち」のアナザーストーリー。

真夏の温泉物語

矢木羽研
青春
山奥の温泉にのんびり浸かっていた俺の前に現れた謎の少女は何者……?ちょっとエッチ(R15)で切ない、真夏の白昼夢。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

処理中です...