OBORO―ケモミミ魔法師の育て方―

たかつき

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キシロ村の変(1)

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 神々の遺した世界・エンドルゼア。
 人類が誕生する前から君臨していると言われる【魔王】の存在により、この世には魔物が溢れていた。
 
 魔物は魔王の居城が在るとされる【魔大陸・ファルノ】に近づくほど戦闘能力と凶暴性が上昇する事から、人類はファルノから放射線状に離れた地に其々それぞれの国を築いた。

 ◆太陽暦二百十一年・四月二日◆

 母親からお使いを頼まれたロズは、跳ねるように村の道を駆け抜けて、族長の家を目指している。

 灰兎族はいとぞくの少年・ロズの住むキシロ村は、とある大陸の片隅に在った。
 高い鉱山に隣接している場所には珍しく、水辺も農地も充実しており、採掘・狩猟・農業を生業とする大人達と共に、平穏な時間を過ごせる村である。

「エイビさん、こんにちは! これ、お父さんからの手紙と、お母さんの作った焼き菓子です」
「おお、ロズ、ありがとうな。今の坑道の採掘が終わったらベレットもゆっくりする時間が増えるから、沢山遊んでもらいなさい。トリアンにも、ありがとうと伝えておくれ」
「やった! 楽しみです! お母さんにも『ありがとう』って伝えておきますね!」

(嬉しい! お父さんがゆっくり出来るなら、たっくさん魔法の練習に付き合って欲しいなぁ! お母さんのお手伝いしてるところも褒めて貰わなくちゃ!)

「よしよし、良い子だ」

 族長のエイビがロズの頭からピョコンと突き出た両耳の間をワシワシ撫でると、ふさふさの毛が気持ち良さそうに揺れ、嬉しさで耳がピンと立った。

 キシロ村の住人達は灰兎族という名前の通り、一様に灰色の毛並みをした兎の獣人である。と言っても、耳が毛に覆われて頭上に在ることと、尾骨びこつの位置に可愛らしい毛玉の尻尾を持つこと、平均的な身体能力が優れていること以外は人族ひとぞくと変わらない。
 それでも亜人差別あじんさべつと呼ばれるものを避け続けた結果、大陸の隅を居住地とする事になったのだが。

 この村で生まれた子供達には純粋に育って欲しいものだと願いつつ、飛ぶように跳ねて帰っていくロズを微笑ましく見届けた。

「さて………………なんと!」

 おもむろに手紙を開いたエイビは、驚きと共に頭上の耳の向きをくりくりと変え、周りの気配に注意を払った。

エリシオンが出るとは! 確かに、エリシオンの鉱脈がある可能性は高まったか。ううむ、喜ぶべき事かも知れんが、改めて話し合った方が良さそうだな)

 手紙に書かれていたのは、先月のエリシオン連続発見に続き、再びエリシオンが採れたという内容ものだった。
 エリシオンとは魔充鋼まじゅうこうとも呼ばれる超希少な鉱石であり、たった一つでも大金が動くとされている。
 
 ――チリンチリン。
 難しい顔で大きな金庫を見つめていたエイビが呼び鈴を鳴らすと、灰兎族の双子の女の子がせ参じた。

父様とうさま、どうしましたか?」
「何か、あったのですか?」
「テルハ、クレナ、すまんが族守長ぞくもりちょう達に族守ぞくもり会議の知らせを届けておくれ。ベレットとザングは採掘中であるから、その二人は伝言を妻に取り次いでもらうように。会議は今夜行う。夕食を済ませてからで良いので集まるようにと」

 族守長とは、キシロ村の住民達から選出された村の代表となる者達であり、十人で構成されている。
 その誰もが何らかに秀でており、頼りになる存在なのだ。

 夕食を済ませてからで良いので、というのは族長が会議を開く場合の常套句じょうとうくになっており、族守長の間では十九時頃という認識となっている。

「分かりました。急ぎ行って参ります!」
「私は左、テルハは右だね」
「頼んだぞ! おっと、その前にこれを食べていきなさい。トリアンが作ってくれた焼き菓子だ」
「とても美味しそう! 頂きます!」
「わあ! すっごく良い匂い! 頂きます!」

 あっという間に焼き菓子を完食し、駆け出していった双子の娘を見送ると、エイビは机の上にバタバタと何冊かの本を積み上げた。
 それから使い込まれた帳面ちょうめんと筆を用意し、会議する内容をまとめる作業に取り掛かる。
 
「ふむ、何処から手を付けたものか。旅の商人受け入れ時期の変更案、エリシオン採掘の為の専用器具の追加、仮に大量に掘り出せたとして、使い道や取引先の限定……」

 パラパラと本をめくり、過去に発見されたエリシオン鉱脈がどの程度の規模であり、どの様に掘り進められたのかを調べては、書きしるしていく。

 やがて筆を置き、背筋を伸ばしたエイビは、ため息混じりに呟いた。

「鉱石自体の価値の再確認と加工に必要な道具の調査、争いの火種にさせない為の情報統制……ふぅ。希少故に扱いの難しい事だ」

 ◆

 日が沈み、一人二人と族守長が村長の家に集まり始める。
 先に来た者たちは飲み物を手渡され、雑談を交えつつ、ザックリとした説明を聞いていた。
 
「遅くなった。私が最後か?」

 族長の家、玄関ホールの椅子に座っていたテルハとクレナはピョンと立ち上がり、丁寧なお辞儀で出迎えた。

「先生、今晩は! ほとんどの族守長様がお揃いですが、ベレットさんとザングさんがまだ来ていません」
「先生! お元気そうですね!」
「そうか。お前達も元気そうで何よりだ」

 やって来たのはチシャという名前の灰兎族の女性。
 愛想の無い喋り方だが、キシロ村の子ども達に知識を授ける先生をしており、子ども達は皆チシャを慕う。
 また、村一番の博識者としても知られている。
 垂れ下がった耳と、つり上がった目に掛けられた大きな丸眼鏡がチャームポイントだ。

 テルハが会議室まで案内すると、クレナは用意したお茶を盆に乗せ、恐る恐る歩きながら席まで運んだ。

「チシャも忙しい中、よく来てくれた。ベレットとザングがまだ来ていないが、あまり遅くなっては皆の明日に影響が出る。あの二人には悪いが、先に始めてしまおう」

 ――カン! カン! カン! カン!
 族長のエイビが会議の開始を宣言した丁度その時、普段鳴ることのない緊急事態の鐘の音が、夜の村に響いた。

「何事だ!?」
「俺が様子を見てくる!」

 ――ドォッッオオン!!
 突然の事態を受け、族守長の何人かが急いで外の確認に向かおうとするが、それを待たずして村長の家は爆発し大量の火の粉を撒き散らす。
 
 灰兎族の男性は火急の知らせを届けるべく族長の元を目指していたが、轟音と共に族長の家が爆ぜて燃える所を目撃した。

「そんな! 族長おおおおおっ!!」
「黙れ、獣臭けものくさいヒトモドキが」
「あっ、が……はっ? 貴様ら……何……者……だ」

 その場に倒れ込んだ灰兎族の男性が、胸から溢れる血を両手で押さえ見上げると、そこには炎に照らされる冷酷な顔をしたの姿があった。

「誰だって良いだろう……どうせお前達は、皆殺しだ」
 
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