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依頼消化編

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 リッカが鎮静カームの魔法を唱えると、びりびりと肌を刺していた痛いほどの警戒と威嚇はみるみる小さくなっていき、人が近寄っても問題ないほどに件の魔獣は落ち着いたようだった。様子を見守っていた朱雀はじっと洞窟の中を見つめ、頷く。そんな朱雀を見て、リッカは洞窟の中へ歩を進めた。

 「あ、ちょっとリッカくん!?」
 「大丈夫そうだから、連れてくるねー!」
 「いや、連れてくるじゃなくて……またリッカは勝手に一人で……」
 
 呆れたようにタイチは言うが、止めはしない。落ち着いたとはいえ相手は魔獣。この中で魔獣相手に何もせずに無傷で済むのはリッカくらいなのだ。自分が行っても役には立てないので、大人しくしておく。ついでにノアの肩に手を置きながら、慰めるようなしぐさをしていた。タイチはもう慣れている。小さい時からリッカの猪突猛進は変わらないのだ。

 「……いつか命取りにならないと良いけど。」
 「リッカには神獣たちがついているし、黄龍様の鱗……加護もついてるから大丈夫だろ。」
 「その後ろ盾が余計にリッカくんを無謀にさせてる気がするよ……。」
 「……否定はしない。」

 タイチとノアの会話に盲点だったと言わんばかりに目を見開く神獣たち。彼らもまた気づいていなかったのだ。玄武の防護結界がついていることで、リッカに危害は加えられない。それと同時にリッカが多少の無茶をしても問題は無いということになってしまう。リッカを守りたいがための結界が逆に作用してしまっている状態なのだ。しかし、そこでリッカから防護結界を外すということが候補にすら上がらない神獣たちもまた、リッカにとても過保護なのである。今更であるが。

 『お母さんから防護結界外したらそれこそ危ないと思う。』
 『多少抑制はできてもそれは完全なものではないですからね。いざというときのことを考えると防護結界はあった方がいいです。』
 「……まあ、な。」
 「突っ込まれて大怪我されるよりは確かにいいよね、うん。」

 そうして神獣たちとタイチたちがリッカについて議論していると、洞窟の方から聞こえてくる足音。それは紛れもなく突入していったリッカのもので、タイチたちは口を噤んだ。もう、件の魔獣から放たれる威圧はない。軽くならされる足音からうまく保護する……というよりも、連れてくることができたのだろう。さほど経たないうちに洞窟から出てきたリッカは驚くほどにっこにこだった。

 「連れてきたよー!」
 「……わぁお。」
 『いつになくにっこにこですね、お母様。』
 『母さんは魔獣だったらなんでも可愛いって思っちゃうしね。』
 「鷲掴みしてるが大丈夫なのか……?」

 そう、タイチの言う通り洞窟から出てきたリッカは片手で浮蛇フロートコブラを鷲掴みにしていた。まるで丁寧とは言えないその扱いにノアもまたぎょっとする。しかし、鷲掴まれている当の魔獣浮蛇フロートコブラはそれで満足そうにだらんとリッカに身をゆだねているようだった。苦しそうな表情も嫌そうな気配もなく、完全にまかせっきりになっている。

 「浮蛇フロートコブラはこの運び方であってるよー。」
 「そうなのか?」
 「浮蛇フロートコブラは名前の通り常に浮いている魔獣なんだ。手に乗せたり肩に乗せたりしても結局浮いちゃうんだよ。だから、リッカくんの言う通り、固定して運んであげるのが正解なんだけど……」
 「けど?」
 「……流石に鷲掴みはしないかなぁ。」
 「いいじゃない、運べればなんでも!それよりホラ、この子がちゃんと探してる魔獣か確認だけしないと!」

 ノアの答えにリッカは話を逸らすように早口で言う。浮蛇フロートコブラももはやリッカに身をゆだねているので、されるがままである。鷲掴みにしているからと言って適当に雑に扱っているわけでもないので、大丈夫だろうがもはやリッカだから許される行為だろう。
 リッカの言葉に、ノアとタイチは顔を見合わせて仕方ないと言わんばかりに息をつく。そして、予めグランから預かっていた従魔の判別をする魔道具を取り出した。

 「……これって、ここに魔力を流し込めばいいんだよね?」
 『そうですね、ここに流し込めば登録されている従魔のデータから照合して判別するのでしょう。』
 『ちのばあいは、ここにたらすのかな?』
 『だろうねー、まあ今回は使わないだろうけど!』
 「フェリもシロくんも興味津々なのはいいけど、あんまり近づきすぎないようにね?」

 リッカの言葉にフェリも白虎も気持ちのいい返事をした。それぞれがリッカの元に戻ったのを見てノアは迷いのない動作で魔道具の準備をする。十中八九依頼された浮蛇フロートコブラだろうが、確認はしておいて損はない。リッカは手の中にいる浮蛇フロートコブラの頭を指先でちょいちょいと撫でながらノアの元へ近づいた。

 「おっけー?」
 「ん、いいよ。確認できるから、頼んでもらってもいいかい?」
 「ほいほい。よし、じゃあここに触れて魔力を流してもらってもいい?」
 
 リッカが浮蛇フロートコブラにそう頼むと、浮蛇フロートコブラは心得たとでも言うように一つ頷き、ちょんっと頭を魔道具の上に置いた。リッカの視界には浮蛇フロートコブラから魔法具へ移り漂う魔力が見えている。次第に魔道具が淡く白色に光り始めたかと思うと、回路が深緑色に光り点滅した。これは合致した合図である。ちなみに登録されていなければ紅色の光が点滅するようになっている。
 その結果を見てノアとリッカは満足気に頷いた。タイチは従魔たちと一緒にいるので結果は見れていない。

 「どうだった?」
 「バッチリ!この子だったよ。さ、ギルドに届けよ。」
 「あ、ああ……そ、そのまま連れて行くのか?」
 「あー……そっか、一応ケースはあるけど、どうしたい?」

 その問いかけは浮蛇フロートコブラに向けられている。浮蛇フロートコブラはリッカが指をさした方に視線を向け、絶対に嫌だと全身で表現するように全力で首を振っていた。リッカが指をさしたのはタイチの手元で、そこには小さめのケージが収まっている。ケージに入るくらいならリッカに鷲掴みにされているほうが断然にいいということだろう。そんな様子の浮蛇フロートコブラにリッカはくすりと笑いを零した。

 「やっぱりケージには入れられたくないよね。このまま僕が握っとくことになっちゃうけどいい?」
 
 リッカの問いに浮蛇フロートコブラは大げさに頷く。話の決着がついたのを見て、ノアはリッカとタイチへ帰ることを促した。

 
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