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依頼消化編

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 たどり着いた森の奥の洞窟は薄暗く、あからさまに何かいるとそう雰囲気が物語っていた。洞窟の周りには魔獣は一切存在せず、異様なプレッシャーがリッカ達を襲う。びりびりと肌を刺すようなそれに、リッカはこくりと喉を鳴らした。

 「珍しい。リッカくん緊張してる?」
 「緊張っていうか、久々の感覚に身震いしてるだけ。」
 「わくわくってことか?」
 「そういうこと!……でも、この気配はあんまり穏やかじゃないよねぇ……。」

 例えるならば、警戒。こちらに向かってその存在が放ってくるのは威嚇だろう。魔獣に好かれるリッカにはあまり感じることのないものだ。あまり、というのは語弊があるかもしれない……一度か二度、あるくらいか。それにしっかりと自我を持ち、意識を保っている魔獣ならばリッカを守っている黄龍の鱗の存在にも気づくので仮に威嚇しようにもリッカの後ろの存在が大きすぎるため無意識に委縮してしまうものだ。
 それでいて、この圧力。人間への恨みがとてつもなく深いのだろう。

 「これは……、」
 『無理やり従魔にされたのでしょうね。なんと卑劣な……』
 「ギルドに所属していた冒険者とは言え、どうやって従魔にしたかまでは管理されていないからね……。その冒険者がどういう意図で浮蛇フロートコブラを捕まえたのか分からないけど、合意ではないね。これは。」
 『”裏”の冒険者の中には無理やり従魔にする術を知っている者が多いと聞くし、そこのところも対策してもらった方がいいかもね。でないと、こういう魔獣が増える。』
 「そうだね、ゲンくん。ほんとに、許せない。」
 「リッカ……。」

 ”裏”の冒険者。それは闇ギルドに所属し、非人道的で、犯罪的な行為を行う冒険者を指している。そんな裏の冒険者の中のテイマーが扱う術は魔獣の意志とは関係なく主従関係を結ぶものが多い。中には魔獣の意志を尊重して契約している冒険者もいるのかもしれないが、ほぼ無理やりと言っても過言ではない。
 魔獣を拘束し、首輪をつけ魔法を行使する。そうすることで、首輪をつけた魔獣を無理やり従魔にすることができるのである。
 そして、そうやって無理やり従魔にされた魔獣は普通の契約方法で契約した魔獣と反してまず自由がない。術者である主の命令には絶対に応えなければけないし、仮に反抗すれば魔法で罰が与えられる仕組みになっている。そんなひどい扱いを受けて憤りを覚えない魔獣がいようか?
 しかも、現状術者は既に死に絶えたにもかかわらず未だに従魔という呪縛から逃れられていないのだ。その身にかかるストレスは相当なものだろう。

 「とにかく近づかないとどうにもできないね……。」
 『まま、あれは?』
 「あれ?」
 『《鎮静カーム》だよ!それで落ち着かせられたりできないかな?』
 「……確かに《鎮静カーム》だったら落ち着かせられるかも。んー、でもなあ……」
 「何か問題があるのか?」

 白虎の提案に一度は頷いたリッカだったが、何か躊躇うような素振りを見せる。そんなリッカにタイチがそう問いかければリッカは顎に片手を添え、唸りながら眉を顰めた。その表情はまさに、不本意を表しているようだった。

 「ここまで警戒されてると、そもそも《鎮静カーム》が届かない可能性があるんだよね。」
 「あーまあ、だねえ……。リッカくんの魔法がちゃんと届けばいいけど、入り込む隙が無ければどうしようもないもの。」
 「……こんなに近いのに届かないかもしれないのか?」
 「心がね。無意識でも心の奥底で人間の魔法を拒絶していればその魔法はかかりにくくなるんだよ。」
 「へぇ……なあ、それってバフつけてやれば効果上がったりしないのか?」

 タイチの何気ない一言。その言葉にリッカはなるほど、と言わんばかりに手をポンッと打った。

 「確かにバフつけたらいけるかも。」
 「バフつけるにしても誰がつけるかだね。僕は支援系の魔法はあんまり得意じゃないんだよ……。」
 『まま、朱雀にやってもらうのはダメなの?』
 「んー……そうだねえ……。」

 白虎の言葉にリッカは再度首をひねる。そう、朱雀にやってもらってもいいのだ。いいのだが、朱雀は支援系はあまり得意ではない。あくまで他の魔法よりというだけなので、十分できる方に入るのだが用心には用心を重ねたい。できれば今いるメンバーの中で、一番支援魔法が得意なものに頼みたいのだ。
 ノアは得意ではないという。朱雀も、他に比べれば少し劣ってしまう。リッカはまず《鎮静カーム》を唱えるので、できない。タイチはそもそも支援魔法を覚えていない。そこまでグルグルと考えて、リッカははっとしたようにタイチの方を向く。
 
 「ローリアがいるじゃん!」
 「……は?」
 「だから、バフだよ!すーちゃんにやってもらってもいいけど、すーちゃん支援系は他より苦手だもん。その点に関してはローリアの方が上手だと思うの。」
 『そうですね。そもそも幸運兎ラッキークロ―リクは支援魔法に重きを置いている魔獣ですから、私よりもできて何ら不思議はありません。』
 「……そうなのか?」

 分かってないように首を傾げローリアを見る。魔獣のことを分かっていなくて大丈夫なのか、と心配になるかと思うが、タイチが幸運兎ラッキークロ―リクの生態に詳しくなくてもしょうがないのだ。先にも述べたが、幸運兎ラッキークロ―リク浮蛇フロートコブラと同じように珍しい魔獣なのである。
 そんな幸運兎ラッキークロ―リクの得意魔法は支援魔法。いや、得意魔法というよりも、支援魔法しかできない魔獣である。言い換えれば、支援魔法にのみ特化した魔獣ということだ。だからリッカは、ローリアを従魔にしたタイチに、タイチ好みの魔獣だ、と述べたのだ。タイチはテイマーの中でもリッカと同じ戦えるテイマーであり、剣も扱い、攻撃魔法を好んで使う。タイチの相棒のウルも攻撃メインのアタッカーである。攻撃メインの彼らにとってローリアは無くてはならない存在だろう。
 ローリアは回復魔法も補助魔法もできる。回復役としても補助役としても万能かつ魔力量も多いので、今後彼らにはいなくてはならない存在になるだろう。

 「はー……すごかったんだな、ローリアは。」
 「知らずに契約してたんだね……タイチくんは。」
 「まあ、あんまり気にしていなかった。が、リッカの言った意味は分かった。」
 「リッカくんの?何か言ったのかい?」
 「ローリアは俺好みの魔獣だと。その時は何を言っているか分からなかったが、確かに俺たちには必要な存在だ。」
 「なるほどね。……できそう?君のローリアちゃんは。」

 ノアの問いかけに、タイチはローリアへ視線を移す。その表情はやる気に満ち溢れていて、聞かなくともその意思はしっかり分かるようだった。
 
 『やる気バッチリって感じだね。』
 「だね。お願いしていもいい?ローリア。」
 『キュッ!』
 「お、いい返事。じゃあ魔法効果上昇のバフつけてくれる?」

 ウルの肩に乗っているローリアは先が桃色の耳を淡く緑に光らせながら小さくキュキュキュっと唸っている。数分も経たないうちに魔力をため終わったのかローリアはリッカへその小さな手のひらを向けた。途端にリッカは自分の魔力が高まり、普段よりも調子が断然に良いことに気づく。効果は、絶大だった。

 「すごい。……これなら届きそう。」
 『確かにお母様の魔力が莫大に高まっていますね。』
 「流石幸運兎ラッキークロ―リクってところかな。リッカくん、できそう?」
 「ん、いける。皆離れててもらってもいい?」

 万が一、というものがある。いくら契約で攻撃ができないとはいえ何があるか分からないのだ。そうしてリッカは洞窟の入り口に近づき、《鎮静カーム》の魔法を唱えた。


 
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