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授業編
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しおりを挟む「おおっと……ありがとう、すーちゃん。」
ぎゅっと抱きしめたフェンリルを気にしつつ朱雀に向かってそう言った。朱雀の魔法がなければリッカは強かに背を地面に打ち付けていただろう。リッカの腹にぐりぐりと頭を擦り付けている件の獣を視界に入れながら呆れたように他の神獣たちを見ると彼らも一様に似通った表情をしていた。
突撃してきたフェンリルにどういう感情を向ければいいのか分からないのだろう。それはリッカも同じだと言える。何かいる、と言うのは神獣たちの反応と魔力感知で察知はしていたがまさかそれがフェンリルだとは思わなかったのだ。フェンリルはここら一帯を守護している聖獣。神獣とは少し違うが、その存在は稀少そのもの。いつかは、と思っていたがまさか今日がその時だとはさすがのリッカも想定外である。
「と、とりあえず……ねえキミ、ちょっといい?」
『……ッ!』
「ああ、うんそうキミ。キミはえっと……フェンリル、であってる?」
自分が今なお抱き着いているものの正体が人間だと気づいたのだろう。何やら混乱しているようだった。フェンリルが言葉を発するのを根気強く待っているとフェンリルは困惑した表情のまま首を傾げた。
『ままじゃ、ないの?』
その言葉にガックリと肩を落としてしまったのは許してほしい。少し高めだがどこからどう聞いても人で言う男児に近い声、魔獣に性別はあるが神格を持つ彼らには性別は個性であって区別するものではないらしいが、フェンリルもそうなのだろうかと明後日の方向に思考を向けようとして無理だった。どうしてこうも自分は母と呼ばれるのかとそっちの疑問が強すぎてスルー出来なかったのだ。
小さく唸り、息をついてから改めてフェンリルと目を合わせるとつぶらな瞳がリッカを射抜く。正直、かわいいと、そう思ってしまった。
「ぐ……」
『まま揺らがないで!一番は僕たちでしょ!!』
「そうだけど……!そうだけど……!!!」
『大体フェンリルなんてウルとキャラ被りじゃねぇ?』
『そうだよ!ウルフ枠はもういるからいいの!!!』
「でも……!でも……!」
母じゃないのかと訴える瞳は純粋そのもので若干うるんでいるのは不安からだろうか。どちらにしろリッカが見過ごせない瞳をしていたのだ。寂しそうで、心もとなさそうで、今にも大声で泣きだしそうなそんな表情。魔獣大好きなリッカが見過ごせるはずがない。神獣たちもそこのところ理解はしている。ただ、認めたくないだけで。彼らは彼らで、ただでさえ定員オーバー気味なのにこんな大きい子が来たらリッカが独り占めされちゃうとそう思っているのだ。
『ぼく、ままといっしょがいいの……』
「……僕はキミのママじゃないよ。それはキミが一番分かってるはずでしょ?」
どうするかはまだ決めていない。しかし、このまま放っておくのもダメだとそう思った。しっかりと現実と向き合わせないといけない。それがこの子の未来のためだとリッカは分かっている。
優しく優しく、そう語りかけるとフェンリルは伏せ目がちにぽつりぽつりと言葉をこぼし始めた。
『……まま、いなくなっちゃった。おそらのとおく、いっちゃったの……』
それは紛れもない別れ。体格は大きいが話し方から察するにフェンリルはまだ子供も子供、もしかしたら生まれてまだ間もない可能性もある。人と魔獣の時の流れは違う。長い時を生きる魔獣は人よりも時の流れがゆっくりであるため今いち精神的にも成長し辛いのだ。だから、白虎たちもリッカ程精神的に成長の著しさはないわけである。まあそれほどリッカも精神的に成長があるというわけでもないのだが。(成長するほど幼くは無かったとも言えるが。)
『もう……かえってこないの。……ひとりは、やだよ。』
その声色から何となく、フェンリルの母はすでに亡くなって長い時が経っているのではないのかと感じた。それにしては一人で長くここにいる割にノアが気づかないはずないのでは……という疑問も浮かんでくるのだが、思い至る。森人族は神聖なる獣を崇拝している者、聖獣と言えどその存在は一緒であるのでたとえ見つけていたとしても自ら積極的に接触しに行くはずがないのだ。
結果として一匹の寂しがりやがここにできてしまっているわけだが。
『……ぼくもいっしょいく。』
「え」
『ぼくも、つれていって?』
黙ったままのリッカにフェンリルは何を思ったのかぽつりと呟くように言った。確かにここには契約してくれる魔獣を探しに来て、そのついでに気になるという魔獣の気配を辿ってきたわけであるので、その点では仲間にしちゃいけない理由なんてものは無い。ないのだが、相手はフェンリル。普通の魔獣ではないのである。思わず困惑の表情を浮かべてしまったリッカにフェンリルは畳みかけるようにしてぐりぐりと頭を擦り付けた。
『ね、おねがい……いっしょにいちゃ、だめ?』
「うっ……」
『まま気を確かに!!!押されてるよ!!!』
『あー無理じゃないかなぁ……お母さん、なんだかんだで放っておけないし。もうここに連れてくるって決めた以上僕は覚悟してたけど。』
『はぁ……本当に母さんは甘いんだからなぁ……』
『お母様が私たちのようなものを放っておけるわけありませんもの。白虎も分かっているでしょう?』
朱雀に諭されるように言われた白虎は思い当たることが多々あるのか苦い顔をしている。青龍も玄武もその様子に苦笑いしていて白虎の味方をしてくれそうには無かった。
改めて白虎がフェンリルを見ると、フェンリルも白虎が気になるようで白虎の方をまじまじと見ていた。こてり、と首を傾げる。
『おにいちゃん……ぼく、いっしょじゃだめ?』
フェンリルが矛先を変えた瞬間だった。
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