39 / 91
第二章 アカデミー 入学編
・
しおりを挟む黄龍から受け取った二枚の鱗はクロスの手腕により見事な耳飾りへと変貌を遂げた。持ち寄った時は驚かれたものだが、クロスはすぐに作業に取り掛かってくれて元の素材を生かす形でシンプル且つそれが黄龍の鱗であるとわかるデザインの耳飾りを製作してくれたのだ。リッカもその出来を気に入っていて、朝起きてすぐに着替えて髪をクロスに結ってもらい耳飾りを着けた。気合もばっちりである。
「よくお似合いです。」
「ほんと?作ってくれてありがとうね、クロス。」
「いえ、礼には及びませんぞ。まさか黄龍様の鱗を持ってこられるとは思いませんでしたが、寵愛を受けるリッカ様なら授けられても不思議ではありませんしね。」
「そう?……そう言えば、こーちゃんから聞いたよ。クロスってばすごい名家の出なんだってね?」
リッカが思い出したように尋ねればクロスは苦虫を嚙み潰したような顔をした。何か嫌な思い出もあるのだろうか?そんなリッカの疑問がクロスにも伝わったのか、クロスは苦笑いを見せた。
「あまり思い出したくもない過去です。今は、トウドウ家の執事ですから。」
「ふーん……ま、いっか。今度は加工してるところも見せてね。」
「はははっ……リッカ様とは約束事ばかりですな。……はい、何ならお教えいたしましょう。そのついでにいろいろな話をするのもよいですな。」
「ん、約束。」
「はい、約束です。」
す、っと小指を差し出したリッカに同じように小指を絡める。これはヤマト独特の文化らしく、子供のころからそうやって約束をしてきたリッカにとってはなじみ深いものだが、他国ではそうではないらしい。クロスはもう顔を顰めてはおらず、リッカも満足したように小指を離した。
もう、時間である。
「さあ、おそらくもう旦那様や奥様がお待ちです。領主様もご準備されているでしょうな。私のことはよいので行ってください。遠くから、ご武運をお祈りしております。」
「うん。行ってくるね。」
クロスに促され屋敷を後にする。セイイチやサクラはすでに検問所の方で待っているらしい。最初は一緒に、と強請られたのだが、それはリッカがどうしても遠慮願いたかった。だって恥ずかしい。タイチの方はどうか知らないが、きっとあっちも断っているのか……否、あのスミレが母である。おそらく押し切られているだろう。
そんなことを考えながら道沿いに歩いていくと猛烈な突風と共に黄龍が現れた。
「こーちゃん。」
『昨日ぶりだな、坊。鱗は綺麗に仕上げてもらえたようで何よりだ。』
「うん。本当にすごかったんだね、クロスは。」
『ああ。見たところもう出立か?』
リッカの身に着ける衣装や普段とは違う髪型に黄龍はにこりと笑いながら告げる。
「そうだよ。今検問所に向かってるところ。」
『そうかそうか……お前たち、坊のことを頼んだぞ。しっかり支えてやるんだ。』
『はい。心得ております、黄龍様。お任せください。』
『ちゃあんとままが無理しないように見張ってればいいんだよね!』
白虎の一言にリッカは苦笑いをしながらもう、と小さく呟いた。
『もうね、お母さんに遠慮は不要って分かったからね。遠慮なく行くよ。』
『母さんすぐ俺たちのために無茶するからなー……そのくせ俺たちが無茶しようとするとにっがい顔するんだもんなぁ』
「当たり前でしょ……でも、はい……ちゃんと気を付けるよ……。」
『うむ、これからも仲良くな。』
まさしく対等、という言葉が似合うような神獣たちとリッカの関係に黄龍は微笑ましそうに笑う。リッカが黄龍の方に顔を向けると黄龍はすでにその場からいなくなっていた。その場に残るのは舞った桜の樹の花びらのみ。リッカはにっこりと笑みを浮かべてまた歩き始めた。もう検問所は近い。
「あ、やっぱりタイチはもういるみたい。」
『そうですね。かなり疲弊した表情をしているので、おそらくスミレに相当構われたのでしょう。』
「みたいだね。あ、こっちに気づいた。」
リッカ達が和やかに会話をしながら歩いているとタイチが気づいたように動きを止め、助けを求める表情をした。隣にいるスミレに捕まっていて動けないのだろう。しかしリッカに助ける意思は一ミリもない。無慈悲にもにこやかに笑みを返すだけに終わった。
「あらリッカくん、おはよう。」
「おはようございます、スミレさん。領主様もサイガさんもおはようございます。」
「ああ、おはようリッカ。」
「……おはよう。」
スミレが挨拶をしてくれて、それに返しリッカもヒイラギとサイガに挨拶をすると、二人も返してくれる。その様子を恨めしそうに見るタイチに、リッカは思わず笑い声がこぼれた。
「見すぎだよ、タイチ。」
「……助けてくれなかっただろ。」
「ごめんごめん、許して?」
「……はあ、まあいい。それより、それ一昨日はしてなかったよな?どうしたんだ?」
そう口にするタイチの視線の先はリッカの耳元。黄龍から貰った鱗の耳飾りのことを言っているのだろう。いったん耳飾りを外して見せながら黄龍からもらった鱗だということを告げるとタイチは何事も無かったかのようにふうん、と相槌を返したのに反して、ヒイラギとサイガは目を見開き固まってしまった。ちなみにスミレは綺麗ねぇと物珍しそうにリッカの手のひらの上の耳飾りを眺めている。
「……黄龍様の鱗。」
「……その耳飾りだけでどれだけの価値があるのでしょうね。」
「……考えるだけでも恐ろしいな。」
「……そうですね。」
遠い目の二人だが、リッカがそれに気づくことはなかった。一言二言やり取りをしているとそれに焦れたようにしてサクラとセイイチが姿を現した。二人は検問所外にでもいたのだろうが、なかなかやってこないためにこちらへとやってきたのだ。
そのままスタスタとリッカに近寄り、サクラはリッカをぎゅっと抱きしめる。
「ああ、本当に行ってしまうのね……」
「そりゃ、合格しましたからね。」
「んもう、連れないこと言わないの。ちゃんと食べて、寝て、しっかり学んでくるのよ。」
「はい。シロくんたちもいるのでそこはしっかりやりますよ。」
「約束よ?怠ってたらタイチくんに報告してもらうからね。」
「うっ……はい。」
急に名前を出されたときには驚いていたタイチだが、リッカの返事の後にタイチに向かってリッカのことをお願いね、と頼んできたサクラにしっかりと頷いた。まあ、リッカは面白くなさそうだが。
むすっとしてしまったリッカをサクラが離すと、今度はセイイチがリッカの肩に手を乗せる。それだけで力を分けてもらえているようで、リッカは心が温かくなった。
「体に気を付けること。」
「……?」
「俺がリッカに求めるのはそれだけだ。あと、カガチとジルさんによろしく伝えておいてくれ。」
「……はい。行ってきます。」
「行ってらっしゃい。」
セイイチはそう言うと、リッカの肩の上や腕の中、肩掛けバッグの中にいる神獣たちを撫でてリッカから離れた。それを見てタイチがウルへ大きくなるように指示を飛ばす。ウルは元気に返事をして元のサイズへ戻った。大きくなったウルがタイチとリッカへ鼻先をすり寄せてくる。リッカはその鼻先を撫で、軽い動作でウルの背中へまたがった。その後に続いてタイチもリッカの後ろへ乗る。
「では、行ってまいります。」
「あれ?タイチはお話しなくていいの?サイガさんたちと……」
「もう十分済ませた。大丈夫だ。」
「そっか。じゃ、行ってきます。」
リッカもタイチと同じように言葉を返すと、セイイチたちは手を振り返してくれた。その様子を見たウルは地面を強く蹴り高く飛び上がるとそのまま空中を蹴るように移動し始めた。《空歩》という風の上位魔法だろう。いつの間に習得したのやら、リッカはその素晴らしい景色にキラキラと瞳を瞬かせた。
これから、リッカのアカデミー生活が始まる。
0
お気に入りに追加
664
あなたにおすすめの小説
異世界でのんびり暮らしてみることにしました
松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。
悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。
向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。
それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない!
しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。
……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。
魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。
木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ!
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
転生幼女の怠惰なため息
(◉ɷ◉ )〈ぬこ〉
ファンタジー
ひとり残業中のアラフォー、清水 紗代(しみず さよ)。異世界の神のゴタゴタに巻き込まれ、アッという間に死亡…( ºωº )チーン…
紗世を幼い頃から見守ってきた座敷わらしズがガチギレ⁉💢
座敷わらしズが異世界の神を脅し…ε=o(´ロ`||)ゴホゴホッ説得して異世界での幼女生活スタートっ!!
もう何番煎じかわからない異世界幼女転生のご都合主義なお話です。
全くの初心者となりますので、よろしくお願いします。
作者は極度のとうふメンタルとなっております…
追放された聖女の悠々自適な側室ライフ
白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」
平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。
そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。
そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。
「王太子殿下の仰せに従います」
(やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや)
表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。
今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。
マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃
聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
前世の記憶さん。こんにちは。
満月
ファンタジー
断罪中に前世の記憶を思い出し主人公が、ハチャメチャな魔法とスキルを活かして、人生を全力で楽しむ話。
周りはそんな主人公をあたたかく見守り、時には被害を被り···それでも皆主人公が大好きです。
主に前半は冒険をしたり、料理を作ったりと楽しく過ごしています。時折シリアスになりますが、基本的に笑える内容になっています。
恋愛は当分先に入れる予定です。
主人公は今までの時間を取り戻すかのように人生を楽しみます!もちろんこの話はハッピーエンドです!
小説になろう様にも掲載しています。
収納持ちのコレクターは、仲間と幸せに暮らしたい。~スキルがなくて追放された自称「か弱い女の子」の元辺境伯令嬢。実は無自覚チートで世界最強⁉~
SHEILA
ファンタジー
生まれた時から、両親に嫌われていた。
物心ついた時には、毎日両親から暴力を受けていた。
4年後に生まれた妹は、生まれた時から、両親に可愛がられた。
そして、物心ついた妹からも、虐めや暴力を受けるようになった。
現代日本では考えられないような環境で育った私は、ある日妹に殺され、<選択の間>に呼ばれた。
異世界の創造神に、地球の輪廻の輪に戻るか異世界に転生するかを選べると言われ、迷わず転生することを選んだ。
けれど、転生先でも両親に愛されることはなくて……
お読みいただきありがとうございます。
のんびり不定期更新です。
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる