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第二章 アカデミー 入学編

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 黄龍から受け取った二枚の鱗はクロスの手腕により見事な耳飾りへと変貌を遂げた。持ち寄った時は驚かれたものだが、クロスはすぐに作業に取り掛かってくれて元の素材を生かす形でシンプル且つそれが黄龍の鱗であるとわかるデザインの耳飾りを製作してくれたのだ。リッカもその出来を気に入っていて、朝起きてすぐに着替えて髪をクロスに結ってもらい耳飾りを着けた。気合もばっちりである。

 「よくお似合いです。」
 「ほんと?作ってくれてありがとうね、クロス。」
 「いえ、礼には及びませんぞ。まさか黄龍様の鱗を持ってこられるとは思いませんでしたが、寵愛を受けるリッカ様なら授けられても不思議ではありませんしね。」
 「そう?……そう言えば、こーちゃんから聞いたよ。クロスってばすごい名家の出なんだってね?」
 
 リッカが思い出したように尋ねればクロスは苦虫を嚙み潰したような顔をした。何か嫌な思い出もあるのだろうか?そんなリッカの疑問がクロスにも伝わったのか、クロスは苦笑いを見せた。

 「あまり思い出したくもない過去です。今は、トウドウ家の執事ですから。」
 「ふーん……ま、いっか。今度は加工してるところも見せてね。」
 「はははっ……リッカ様とは約束事ばかりですな。……はい、何ならお教えいたしましょう。そのついでにいろいろな話をするのもよいですな。」
 「ん、約束。」
 「はい、約束です。」

 す、っと小指を差し出したリッカに同じように小指を絡める。これはヤマト独特の文化らしく、子供のころからそうやって約束をしてきたリッカにとってはなじみ深いものだが、他国ではそうではないらしい。クロスはもう顔を顰めてはおらず、リッカも満足したように小指を離した。
 もう、時間である。

 「さあ、おそらくもう旦那様や奥様がお待ちです。領主様もご準備されているでしょうな。私のことはよいので行ってください。遠くから、ご武運をお祈りしております。」
 「うん。行ってくるね。」

 クロスに促され屋敷を後にする。セイイチやサクラはすでに検問所の方で待っているらしい。最初は一緒に、と強請られたのだが、それはリッカがどうしても遠慮願いたかった。だって恥ずかしい。タイチの方はどうか知らないが、きっとあっちも断っているのか……否、あのスミレが母である。おそらく押し切られているだろう。
 そんなことを考えながら道沿いに歩いていくと猛烈な突風と共に黄龍が現れた。

 「こーちゃん。」
 『昨日ぶりだな、坊。鱗は綺麗に仕上げてもらえたようで何よりだ。』
 「うん。本当にすごかったんだね、クロスは。」
 『ああ。見たところもう出立か?』

 リッカの身に着ける衣装や普段とは違う髪型に黄龍はにこりと笑いながら告げる。

 「そうだよ。今検問所に向かってるところ。」
 『そうかそうか……お前たち、坊のことを頼んだぞ。しっかり支えてやるんだ。』
 『はい。心得ております、黄龍様。お任せください。』
 『ちゃあんとままが無理しないように見張ってればいいんだよね!』
 
 白虎の一言にリッカは苦笑いをしながらもう、と小さく呟いた。

 『もうね、お母さんに遠慮は不要って分かったからね。遠慮なく行くよ。』
 『母さんすぐ俺たちのために無茶するからなー……そのくせ俺たちが無茶しようとするとにっがい顔するんだもんなぁ』
 「当たり前でしょ……でも、はい……ちゃんと気を付けるよ……。」
 『うむ、これからも仲良くな。』

 まさしく対等、という言葉が似合うような神獣たちとリッカの関係に黄龍は微笑ましそうに笑う。リッカが黄龍の方に顔を向けると黄龍はすでにその場からいなくなっていた。その場に残るのは舞った桜の樹の花びらのみ。リッカはにっこりと笑みを浮かべてまた歩き始めた。もう検問所は近い。

 「あ、やっぱりタイチはもういるみたい。」
 『そうですね。かなり疲弊した表情をしているので、おそらくスミレに相当構われたのでしょう。』
 「みたいだね。あ、こっちに気づいた。」

 リッカ達が和やかに会話をしながら歩いているとタイチが気づいたように動きを止め、助けを求める表情をした。隣にいるスミレに捕まっていて動けないのだろう。しかしリッカに助ける意思は一ミリもない。無慈悲にもにこやかに笑みを返すだけに終わった。

 「あらリッカくん、おはよう。」
 「おはようございます、スミレさん。領主様もサイガさんもおはようございます。」
 「ああ、おはようリッカ。」
 「……おはよう。」

 スミレが挨拶をしてくれて、それに返しリッカもヒイラギとサイガに挨拶をすると、二人も返してくれる。その様子を恨めしそうに見るタイチに、リッカは思わず笑い声がこぼれた。

 「見すぎだよ、タイチ。」
 「……助けてくれなかっただろ。」
 「ごめんごめん、許して?」
 「……はあ、まあいい。それより、それ一昨日はしてなかったよな?どうしたんだ?」

 そう口にするタイチの視線の先はリッカの耳元。黄龍から貰った鱗の耳飾りのことを言っているのだろう。いったん耳飾りを外して見せながら黄龍からもらった鱗だということを告げるとタイチは何事も無かったかのようにふうん、と相槌を返したのに反して、ヒイラギとサイガは目を見開き固まってしまった。ちなみにスミレは綺麗ねぇと物珍しそうにリッカの手のひらの上の耳飾りを眺めている。

 「……黄龍様の鱗。」
 「……その耳飾りだけでどれだけの価値があるのでしょうね。」
 「……考えるだけでも恐ろしいな。」
 「……そうですね。」

 遠い目の二人だが、リッカがそれに気づくことはなかった。一言二言やり取りをしているとそれに焦れたようにしてサクラとセイイチが姿を現した。二人は検問所外にでもいたのだろうが、なかなかやってこないためにこちらへとやってきたのだ。
 そのままスタスタとリッカに近寄り、サクラはリッカをぎゅっと抱きしめる。

 「ああ、本当に行ってしまうのね……」
 「そりゃ、合格しましたからね。」
 「んもう、連れないこと言わないの。ちゃんと食べて、寝て、しっかり学んでくるのよ。」
 「はい。シロくんたちもいるのでそこはしっかりやりますよ。」
 「約束よ?怠ってたらタイチくんに報告してもらうからね。」
 「うっ……はい。」

 急に名前を出されたときには驚いていたタイチだが、リッカの返事の後にタイチに向かってリッカのことをお願いね、と頼んできたサクラにしっかりと頷いた。まあ、リッカは面白くなさそうだが。
 むすっとしてしまったリッカをサクラが離すと、今度はセイイチがリッカの肩に手を乗せる。それだけで力を分けてもらえているようで、リッカは心が温かくなった。

 「体に気を付けること。」
 「……?」
 「俺がリッカに求めるのはそれだけだ。あと、カガチとジルさんによろしく伝えておいてくれ。」
 「……はい。行ってきます。」
 「行ってらっしゃい。」

 セイイチはそう言うと、リッカの肩の上や腕の中、肩掛けバッグの中にいる神獣たちを撫でてリッカから離れた。それを見てタイチがウルへ大きくなるように指示を飛ばす。ウルは元気に返事をして元のサイズへ戻った。大きくなったウルがタイチとリッカへ鼻先をすり寄せてくる。リッカはその鼻先を撫で、軽い動作でウルの背中へまたがった。その後に続いてタイチもリッカの後ろへ乗る。

 「では、行ってまいります。」
 「あれ?タイチはお話しなくていいの?サイガさんたちと……」
 「もう十分済ませた。大丈夫だ。」
 「そっか。じゃ、行ってきます。」

 リッカもタイチと同じように言葉を返すと、セイイチたちは手を振り返してくれた。その様子を見たウルは地面を強く蹴り高く飛び上がるとそのまま空中を蹴るように移動し始めた。《空歩エアーウォーク》という風の上位魔法だろう。いつの間に習得したのやら、リッカはその素晴らしい景色にキラキラと瞳を瞬かせた。

 これから、リッカのアカデミー生活が始まる。



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