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リッカとタイチ

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   「次、リッカ・トウドウ。」
 「はーい。」

 なんの緊張感もない返事に、カガチは思わずため息をつき呆れた目で手を差し出した。他の受験生やタイチはしっかりとした返事を返したのにお前な……とでも言いたいような表情である。リッカはそんなカガチに軽く笑い返しながら受験票を渡した。

 「少しくらい緊張感を持てよ……」
 「持っても無駄だよ。過度な緊張は動きが悪くなるだけ。」
 「……そうかい。防壁は?」
 「いらないよ。……ゲンくんがつけてくれてるしね。」
 
 ぼそっと告げられたそれにカガチは顔を青褪めさせた。カガチ自身も二号という神格を持つ従魔を従えさせているため分かるのだ。その主に攻撃を加えることがどんなに恐ろしいことなのか。倍になって返ってくることを嫌程理解してしまっている。二号は幸いというべきか、防御専門の神獣ではないし、まだ神獣として赤子も同然であり神格も弱い方なのでそうでもないのだが、リッカの神獣たちはすでに成長するところまで成長しているのだ。いくらリッカと同じ時を過ごしていてもその成長速度は速い。だからこそ、信じられないようなものを見る目でリッカを見ているのだ。

 「……正気か?」
 「安心してよ、手は出さないように言ってる。それに、攻撃には絶対に当たらないからね。カガチさんに跳ね返ることはないよ。」
 「その自信喜べばいいのか、試験官としては複雑だ……。」
 「喜べばいいんだよ。じゃ、二十秒後ね。」

 リッカはそれだけを言うとタイチと同じような位置に向かった。
 準備はもう、万端である。が、一方カガチは何の属性を使って攻撃をするか悩んでいた。これもそれもリッカの魔法適正が全属性であるからなのだ。こうなれば、とカガチは自分の適性魔法である火属性を使うことに決めた。人間何でも得意魔法が一番である。




 (さーて、タイチがあれだけ魅せてくれたから、僕もそれなりに頑張らないとだ。)

 リッカは対面に立つカガチとその後ろのタイチを見ながらそんなことを考えていた。別に合格できればそれでいいと思っているリッカだが、それなりに負けず嫌いでもあるわけで、このままタイチに負けるわけにはいかないと意気込んでいるのだ。ちなみに、それに気づいているのはリッカと契約している神獣たちだけなわけで、彼らもまたリッカが考えていることに苦笑いを浮かべていたのだった。

 (ま、普通に考えてここで使うものでも無いんだろうけど、”アレ”が一番インパクト強いし楽だし”アレ”しかないよね。)

 カガチの目の前に、魔法陣が展開される。それは火属性の《火球ファイヤーボール》であり、なおさらちょうどいいと言わざるを得ない魔法だった。展開されて数秒、カガチが《火球ファイヤーボール》と呟いたのを確認してすぐに、魔法を発動した。

 「《跳躍ジャンプ》」

 重さなど感じさせずに宙に飛び上がったリッカに驚いたのはカガチだけではない。ただ《火球ファイヤーボール》を避けるだけであれば宙に飛び上がらなくともよいのである。何をする気だ、とタイチも固唾を飲んで見守っている。

 「まー本当はこれじゃなくてもいいんだけど、タイチに負けられないからね。……《照準チェック》。」

 リッカが魔法を唱えると、こちらに飛んできかけていた《火球ファイヤーボール》を囲むようにふわりと魔法陣が浮かび上がり、速度をゆっくりとしたものに変える。その時点で誰もが驚いていたにも関わらず、リッカはまだ魔法を唱えようと、ニコリと笑みを深くした。

 「《消失ロスト》。ま、こんなものだよね。」

 そう、誰もがその結果に唖然としていた。傍から見ればリッカに降りかかろうとした《火球ファイヤーボール》はその動きをゆっくりとしたものに変え、忽然と姿を消したのである。リッカが何かの魔法を唱えたことに間違いはなく、その異常性に少しの恐怖と多くの疑問を誰もが持っていることだろう。
 終わった終わったー、とにこやかに戻ってくるリッカにタイチは駆け寄ると、先の魔法について尋ねた。

 「さっきの魔法、何なんだ?」
 「あー、やっぱり気になるよね?」
 「あんなの初めて見たぞ……」
 「ま、初めて見せたからね。でも使用頻度的には多分一番高いよ?」
 「はぁ!?」

 リッカのその一言にタイチは信じられないというような声を上げた。それもしょうがないのである。タイチがいるときにリッカは《消失ロスト》を使ったことがないが、しょっちゅう使ってはいるのだから。肩をがくがくと揺らして問い詰めるタイチをあしらうリッカの後ろからカガチが驚いたような顔で語りかけてきた。

 「今の、”消失魔法ロストマジック”か……?」
 「……カガチさん知ってたんだ?」
 「昔それを使うやつがいたんだよ……つか、お前がそれを使えるってことはもしかして!!」
 「うん?」
 「お前、やっぱりセイイチ・トウドウの息子か!!」
 「父様のことも知ってるのか……じゃあこの魔法知っててもおかしくないね。」

 もはや二人だけで理解し合ってしまっているので、タイチがついていけていない状態だった。自分の主の困惑を感じ取ったのかウルがリッカにすり寄り、小さくクゥ~ンと鳴くとリッカはハッとしたようにタイチの方を向いた。

 「ごめんねタイチだけ置いてけぼりにしちゃって……んー、タイチは固有魔法ってわかる?」
 「ああ、その血筋や個人だけにしか使えない魔法……だろ?」
 「そう。簡単に言うとそれ。」
 「は?」
 「だから、僕の使うこの”消失魔法ロストマジック”はトウドウの固有魔法ってこと。だから父様を知っていたカガチさんもこの魔法を知っていたってこと。父様もこの魔法使えるからね。」

 初めて知ったタイチは開いた口がふさがらないという状態だった。それもそうだろう、長年一緒にいた友人が急に固有魔法だのなんだの言い出したら驚くに決まっている。しかし、タイチは俺よりも気になることがあった。

 「その魔法……命を持つもの、生命体にも有効なのか?」
 「ま、使えないことはないよ。でも使わない。《照準チェック》までは何の障害もなくできるけど、《消失ロスト》はいわば空間魔法……人一人とばすのに膨大な魔力が必要になるから、いざと言うとき以外は使わない。」
 「そうか……」
 「それに、僕がしょっちゅう使っていたっていうのも色絵具を梳かす水を消すために使ってただけだしね。捨てるの便利。」
 「……なるほど。」

 固有魔法をそんな私的な理由で使っているリッカにタイチは居た堪れない気持ちになる。カガチもなぜか納得したような表情で頷いているし、きっとセイイチも似たようなことをしていたのだろう。そう察してしまった。あの父子は外見こそリッカが母親似であるためあまり似てはいないが、性格は割と似ているところがある。

 「はあ……ま、いいだろ。よし、これで実技試験は終了だ。これから昼休憩に入る。食堂はテイマー科だけ別の敷地に用意されているんだが、まあお前らは従魔もいないしどこでとっても大丈夫だろ。昼食を取っている間に合否の判定をし、最初の筆記の試験をした教室に張り出すから昼休憩後確認に来てくれ。合格した奴はそのまま事務室に、不合格の奴は試験結果用紙をその場に控えている教員から受け取ってくれ。そのあとは各自自由に帰宅してもらって構わない。」

 それなりに大きな声だったため、その場にいた受験生すべてに聞こえており、みなそれぞれ移動を始めた。会話の内容は先の実技試験の内容だったり様々である。その中でもリッカとタイチは最後まで残っており、昼食のことを話し合っていた。
 そこに近づいてきたのが受験票をまとめ終えたカガチである。

 「お前ら、昼食はテイマー科の方で取れよ?」
 「元からそのつもりでしたけど、何かあるんですか?」
 「従魔を連れてるってのもあるんだが、テイマー科の食堂はテイクアウトができる。それに、食堂の近くにはでかい桜の樹があってな、そこにぬしがいるんだ。」
 「ぬし……本当に?」
 「ああ。確かフィラノのでけぇ樹にもぬしがいたよな?だから気になるかと思ってよ。」
 「ん、教えてくれてありがとう。じゃあまたね、カガチさん!」

 ぬし……リッカはそれを聞いただけで何かを理解したのだろう。急かすようにタイチを押してその場を後にすることとなった。
 

 これでひとまずの試験は、全て終了である。


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