21 / 91
リッカとタイチ
・
しおりを挟む結局あの後、タイチもリッカの隣で眠ってしまい、夕飯の準備が整ったことを知らせにきたサクラに二人して起こされる結果となった。サクラは頭や肩に葉をつけた二人を笑って風呂に押し込むと、そのまま一緒に入ってこいと言わんばかりにぽいぽいと神獣や狼たちまで入れてしまった。
もともと一緒に入るつもりでいたため問題はないが、お腹がすいている今は風呂よりも先にご飯が食べたかったものである。
「あの匂いからして今日はシチューかな。」
「リッカはシチュー好きだもんな。ま、確かにトウドウ家のシチューはうまいけど。」
「でしょう?今日は何かあったのかな?シチューってあんまり出てこないんだけど。」
「ま、なんかあったんじゃないのか?」
大体、トウドウの食卓は専属の料理長が請け負っているのだが、シチューだけはサクラが主体となって作るのである。主に気分がいいときや、いいことがあった時に。月に2回あればいい方なのだが、今月に入ってもう終わりだというのに今日やっと一回目のシチューの日なのだ。リッカが待ちわびていたのもうなずける。
ふとリッカは浴槽から桶にお湯を入れると、そのままタイチへ差し出した。
「これ、狼のお風呂の温度なんだけどね……これくらいだよ。」
「え、こんなものなのか?これ、水じゃないか?」
「水じゃないよ。僕もこれくらいの温度のに入ってるし。」
「これじゃ身体もあったまらないだろう?」
「十分あったまるよ。もーあっついお湯に入りたがるんだから……」
今日はタイチがいるからとても熱いと言いながらジャブジャブと魔法で水を加えていくリッカに、苦笑いしか浮かばない。そのまま神獣たちを呼び寄せて一匹一匹洗っていくリッカを見て、タイチもそのぬるま湯になったお湯で狼を洗い始めた。気持ちよさそうである。
「……苦手なんじゃなくて、やっぱり熱かったんだな。」
タイチの独り言のようなそれに、狼は返事をするかのように一鳴きした。
「母様、今日はどうしてシチューなんですか?何かいいことでも?」
食卓につきながらリッカは不思議そうにサクラに尋ねる。ちなみにリッカとタイチが横に並び、その二人に向かい合うようにサクラとセイイチが座っている。さらに言うならば、セイイチもサクラと同じようにご機嫌なようだった。タイチもそれに気づいたのか、首を傾げていた。
「セイイチさんも、楽しそうです。」
「だよね。父様もなにかあったんですか?」
「そんなに分かりやすいかしら?」
「まあ、母様の場合食事に表れるから分かりやすいんですけど、父様は見るからににこにこしてて楽しそうですから。」
「参ったな……そんなに顔に出ているのか……」
照れくさそうに頬を掻くセイイチだが、やはり楽しそうというか、嬉しそうというか。しびれを切らしたリッカがぶすっとむくれてシチューを口に入れると、おかしそうにサクラもセイイチも笑い始めた。何がおかしいのか、とさらに機嫌が降下する。
「すまないすまない。いやなに、今日サクラからいいことを聞いてしまったのでな?」
「……いいこと?」
「なんでもタイチくんもリッカと同じロアのアカデミーに行くのでしょう?スミレちゃんから聞いたのよ!離れた土地でもしっかり者のタイチくんがいるなら安心ねって思ってたの。それに、これからも二人が仲良くしてくれるなら、私も遠慮なくスミレちゃんと仲良くできるじゃない!」
「……なるほどね。」
「そ、そういうことですか……」
要約するなら、リッカの進学にタイチが一緒でよかった、というところだろうか。それを本人の前で言う親も親だが、薄ら笑みを浮かべる息子も息子だろう。リッカは居心地悪そうに顔を隠すタイチに向かってニヤリと笑みを送った。
「ごめんね、僕の両親が。」
「そんなこと一ミリも思ってないくせに……」
「いやいや、ちょっとはちゃんと思ってるから!」
『ままいっつもタイチであそんでるよね!』
「こら!人聞きの悪いこと言わないの!」
ぴょんっとリッカの膝の上に乗っかってきた白虎に対して、咎めるような声を出すもののそれは本気の声ではなく、じゃれているようなものだ。
そんなリッカを見るサクラとセイイチの双眸は優しいもので、リッカがいかに二人に愛されているのかタイチは言葉できかずとも理解してしまった。否、理解せざるを得なかった。
(セイイチさんはいい人だ。だというのに俺の父さんは……)
よくも悪くも何事にも厳しいサイガとセイイチはいわば育児に関して正反対と言えるだろう。他の目線から見ても子供を愛しているとわかるセイイチが父親であるリッカが、タイチは少し羨ましく思うこともあった。交流が深まるにつれて、よく思うようになった。
しかし、そんな思いを知っているのか、セイイチもサクラもタイチのことを同じ息子のように扱ってくれたのだ。あれだけ、失礼な態度を取ったというのに。だからそんな二人にタイチは頭が上がらない。くすりと一つ笑うと、タイチは誰にでも聞こえる声で言った。
「ちゃんとリッカからは目を離さないようにします。目を離すとすぐいらないことに首を突っ込むから……。俺の方こそ不束者ですがよろしくお願いします。」
「……タイチ、」
「なんだ?」
「それ、お嫁に来る台詞みたいだよ?」
「……はあ!?」
真面目に言ったつもりだったそれをまたも真面目な顔をして返すリッカに、サクラもセイイチも声を上げて笑った。彼ら二人、上手く過ごしていけそうである。
0
お気に入りに追加
664
あなたにおすすめの小説
みそっかす銀狐(シルバーフォックス)、家族を探す旅に出る
伽羅
ファンタジー
三つ子で生まれた銀狐の獣人シリル。一人だけ体が小さく人型に変化しても赤ん坊のままだった。
それでも親子で仲良く暮らしていた獣人の里が人間に襲撃される。
兄達を助ける為に囮になったシリルは逃げる途中で崖から川に転落して流されてしまう。
何とか一命を取り留めたシリルは家族を探す旅に出るのだった…。
魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。
向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。
それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない!
しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。
……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。
魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。
木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ!
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
異世界でのんびり暮らしてみることにしました
松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。
転生幼女の怠惰なため息
(◉ɷ◉ )〈ぬこ〉
ファンタジー
ひとり残業中のアラフォー、清水 紗代(しみず さよ)。異世界の神のゴタゴタに巻き込まれ、アッという間に死亡…( ºωº )チーン…
紗世を幼い頃から見守ってきた座敷わらしズがガチギレ⁉💢
座敷わらしズが異世界の神を脅し…ε=o(´ロ`||)ゴホゴホッ説得して異世界での幼女生活スタートっ!!
もう何番煎じかわからない異世界幼女転生のご都合主義なお話です。
全くの初心者となりますので、よろしくお願いします。
作者は極度のとうふメンタルとなっております…
追放された聖女の悠々自適な側室ライフ
白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」
平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。
そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。
そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。
「王太子殿下の仰せに従います」
(やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや)
表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。
今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。
マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃
聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。
前世の記憶さん。こんにちは。
満月
ファンタジー
断罪中に前世の記憶を思い出し主人公が、ハチャメチャな魔法とスキルを活かして、人生を全力で楽しむ話。
周りはそんな主人公をあたたかく見守り、時には被害を被り···それでも皆主人公が大好きです。
主に前半は冒険をしたり、料理を作ったりと楽しく過ごしています。時折シリアスになりますが、基本的に笑える内容になっています。
恋愛は当分先に入れる予定です。
主人公は今までの時間を取り戻すかのように人生を楽しみます!もちろんこの話はハッピーエンドです!
小説になろう様にも掲載しています。
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる