猫便り~綴り屋 雫~【完結】

Koala(心愛良)

文字の大きさ
上 下
11 / 13

番外編 エピソード4 スペシャルなハンバーグになった日。

しおりを挟む
【田中美千留(タナカミチル) 31歳】

何かが足りない...
料理本のディスプレイを見ながら物足りなさを感じる。

お弁当、作り置き、お菓子に洋食、和食の本。まぁまぁ網羅していると思う。でも、何かが...

通い慣れた書店にパートで就職してから初めてディスプレイを任された。明日は店休日なので、入れ替えにより一時的に本が散乱しているこのスペースを今日はこのままにして帰宅する予定だ。

同僚と言って良いものか、仕事でも人生でも大先輩に囲まれているが話しやすく働きやすい。最近店長になった年下社員の働きが大きいのだろう。店内の対応や雰囲気が、客として美千留が利用していた時よりも良くなったと感じている。

その店長から託されたのが今回の仕事だ。入社間もない美千留がこんな仕事を任されては何かしらのやっかみがあるかと思ったが(女性が多い職場は色々ある...)、そこは大変な仕事はできれば避けたいおば様、いや、先輩達は褒め称えて応援してくれた。

帰宅して、晩御飯の準備をしながら足りない何かを考えていた。今日のメニューは、書店で飾るレシピ本の中でついつい美千留も購入してしまった時短レシピ本の中から選んだ。フライパン1つで出来るのがこのメニューのポイントだ。栄養の偏りが気になっていたので野菜を多めに加えてみる。

主婦だったときは、お皿にもこだわりいわゆるを求めていたが、今では栄養とスピードを求めるようになった。もちろん、美味しさは大前提で。

ふと、専業主婦だったときの自分のことを考えてみる。あの時の自分は何に惹かれるか、働くようになった今の私は何に惹かれるか、お菓子をたくさん作ってくれてた母だったら何に惹かれるか...



店休日。
ダメもとで店長に相談をしてみた。最近、大型書店に多くみられるようにうちでも文房具以外の雑貨を扱い始めていた。担当が異なり、枠を越えてのこの案が通るかは一か八かだった。

「店長。レシピ本と一緒に、雑貨コーナーから食器やペーパーナフキンを並べてはいけませんか?」

「...」

店長が、無言で1点を見つめている。
(ヤバい。やっぱダメだよね。)

「いいですよ。面白いと思います。僕から担当には伝えますね。あと、逆に雑貨コーナーにもレシピ本を並べてもらうように伝えても良いですか?」

「...」

この書店ではまだ行ったことのない手法だったため、許可を貰えるどころか店長が協力してくれるとは思ってもいなかった。

昨日は、雑貨担当のおば様(先輩...)にどう話を持っていこうかまで考えていたのだ。いくら話しやすいとはいえ、新しいことをお願いするのは多少気を遣う。

すんなり協力のOKをもらって店長が戻ってきた。あとはひたすら往復してコーナーを完成させるだけだ。

業務時間ギリギリ。そんなこんなでなんとか完成した。




翌日、昼からの出勤で裏口を入ると雑貨担当のおば様(先輩...いつか口を滑らせそうだ)が走ってきた。
「雑貨が結構売れてんのよ!ありがとね!」
バチン!と思い切り肩を鳴らされる。
美千留の左肩に痛みだけ残して、売場に戻っていった。

「いらっしゃいませ。」
エプロンを付けてセルフレジの横にある有人レジに入っていた。
パンパンのエコバッグを抱えた女性がレジにやって来た。

預かったのは、昨日美千留が並べた作り置きと、お弁当のレシピ本、そしてお弁当用のシリコンカップだった。
「あっ。」
思わず声を出してしまい、(しまった)と思ったが相手にも聞こえてたらしい。

「雑貨が入ったって聞いてお弁当に使えそうなのないかなって思ってたんですけど、つい隣のレシピ本が気になっちゃって。」
はにかみながら話してくれた女性は、電子マネーの利用が多い中、小銭をこぼれ落としそうになりながら丁寧にお金を出していく。

時間的に夕飯の準備前だろうか。美千留も以前、同じような体勢になりながら支払いを慌てて済ませていた記憶がある。

「作り置き出来るだけで、助かりますよね。」

お金を預かり、会計処理をする。

「ほんと、凄く惹かれるコーナーが出来ててつい長居しちゃって。またゆっくり早めの時間に来ます!」
お釣りを受け取って駆けていく女性の背中に、感謝の気持ちを込めて頭を下げた。


あの日。怪しげな封筒を受け取った日。
再び働くことを決意しなければ味わうことの出来なかったこの感動に、泣かされそうになる。



「ただいま~。お腹を透かせる匂いがする~。」
いつもの陽気な彼の帰宅のあいさつ。この声に救われることが多い。でも今日は、この後の食事で話したいことを想像しながら私も陽気に返す。

「おかえり~。
 今日のご飯、スペシャルなハンバーグだよ~。」


しおりを挟む
SNS(X、Instagram)発信中です!他サイトでも随時公開予定です🐨🖋️よろしくお願いします。
感想 2

あなたにおすすめの小説

如月さんは なびかない。~クラスで一番の美少女に、何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

性転のへきれき

廣瀬純一
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

処理中です...