唄い紡いで示す

林 業

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歌い整う

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任務を終えて、村の方角を見る。
予定より早く終わったから近くの村で自由時間を過ごす予定である。
そこから馬を使えば一時間もかからないぐらいで到着できるだろう。
だが会えない。
仕送りを沢山しているし、必要そうな苗もできる限り送るようにしている。
だけど、足は進まない。


母に怒られるのも怖い。
だけど、本当は祖父が死んだとき村全体が暗くて、その雰囲気が嫌だったから逃げ出した。
何もせず逃げした自分に戻る資格はあるのかとぐだぐだと悩んでしまう。
そのおかげで逃げ場がないから龍の部隊でがんばれた。


多分、きっともう、戻っているはずだ。
皆元気に。
だけどもしまだ、戻っていなければ。

俺はまた逃げてしまうのだろうか。


「ったく。たいちょー。今日はこの村で休むんですよね」
「あぁ。その予定だ」
「俺らちょっと、こいつの村に里帰りしてきます。明日の出発までには戻ってきます」
「疲れても知らねぇからな」
燕が呆れたように告げながら馬借りまーすと馬を二匹連れ出すと自分の腕を引っ張る。
「いや。俺は」
「お前の村を案内しろよ」
笑顔で無理やり連れて行かれる。



小さい頃とほとんど変わらない村を見つめる。
「お前はなんか変なところで臆病だよな」
「まぁそうだな」
家へと案内しながら歩く。
皆が楽しそうな姿に安堵する。
「あれ?お兄ちゃんたち兵士さん?」
子供が不思議そうに聞いてくる。
「おうよ」
「そうなんだ。近所のお兄ちゃんもね。兵士になったんだよ。凄いでしょ」
「すごいな」
葵は子供の話を聞いて頭を撫でる。
「えへへ。兵士のお兄ちゃんまたねー」
そう手を振って走っていく。

家の側にある畑に父がいる。
祖父が死んでから一人で手入れしていたのか、実りある畑を見つめる。
父がこちらに気づいて、しばらくすると近づいてくる。

「お帰り。リョウ」
「た、ただいま。父ちゃん」
「とりあえず母さんに顔を見せなさい」
「あ、あぁ」
「お友達か。ようこそ」
「うっす!葵っていいます。よろしくお願いします」
「あぁ。よろしく」
そう告げてから畑仕事に戻る。
家へと変えれば母が縫い物をしている。
だが、こちらを見てから近づいてくる。
「お帰り。リョウ」
白髪なのに光に輝いて綺麗な髪に見える。
もう年なのに変わらず年相応だが美人な母を見て頷く。
「ただいま」
「勝手に家を出ていったことはお説教したいけど、あんたはじいちゃんの子だからね。ま、済んだことはしょうがない。夕飯は食べていけるのかい」
「うん。明日早いけど」
「お友達かい」
「うっす。葵っす」
「いい子だね。今後もうちの馬鹿をよろしくね」
「うっす」
「食べれないものはある?」
「大丈夫っすよ」
母がならよかったと中に招く。
奥にある部屋が開き、中から兄が出てくる。
「兄貴」
「え、でんっ」
咄嗟に葵の口を塞ぐ。
兄とホウ殿下は双子のように瓜二つなのだ。
性格も比較的似ているから家出したときは連れ戻されるんじゃないかと心から怖かった。
他人の空似と唱えていても怖いものは怖い。
それにホウ殿下は兄が王都に医者の勉強をしているときに知り合っているのも大きい。
「お帰り。お友達はゆっくりしていくといい。医者のキンだ」
「よ、よろしくお願いします。葵っす」
どういうことと目で訴えてくるが、後で話すと告げれば大人しくなる。
「で、リョウ。お前はまずじっさまの墓参りと、祠を祀ってこい。あぁ。そのままの格好でいいぞ。挨拶がてら報告になる」
「あ、わかった。葵。悪いけど待っててくれ。一時間で戻ってくる」
「俺も手伝おうか?」
「祠の場所は村の人だけしか知られないようにしているから」
「じゃあしょうがねぇな」
悪いと葵に謝ってから墓参りと祠を巡る。
祠には龍玉が祀られているので何時もなら掃除もするがとりあえず挨拶だけして戻る。

「じゃあ、コトラさんは虎の。キンさんは亀蛇の加護者なんですね。すげぇな」
「私のお父さん。あの子のお祖父様が龍に好かれる人だったからね。なんでか神様の好かれやすい血縁なのよ」
何故か馴染んでいる葵。
そういえば葵は貴族ではあるが両親を盗賊に襲われて失っている。
その後は親戚のお世話になっているらしいが、あまりうまく行っていないと聞いている。

だからとも思う。
「ねぇ。リョウ。またアオイ君と一緒に戻ってきなさいよ」
「わかったよ。シフトが会えば一緒に戻ってくるよ」
「いいのかよ。リョウ」
「いいよ。どうせ。母さん言っても聞かないし。皆でご飯食べたほうが美味しいからな。あ。今日はいいけど次から食費は置いてけよ。俺だって仕送りしてるんだからな」
「あ、そうだな」
照れくさそうに、しかし嬉しそうに葵が笑う。


「おばさん。こんにちわ」

来た女性に葵は彼女を見て固まる。
しばらく母と話をして、リョウに久しぶりと挨拶をすると帰っていく。

「あ、い、今の人。結婚してんのか?」
「いや。親父さん厳しい人だから」
「そ、そうか。じゃあ、名前は」
「名前。名前はセン。泉と書いてセン」
「きれいな名前だなぁ。紹介してくれ」
「まじかよ」

葵はそれから一年半後、娘の交際相手を厳しくチェックする親父さんを根負けさせて、彼女と夫婦になった。
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