精霊の神子は海人族を愛でる

林 業

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アクアは海を眺める。
自分が何者かさっぱりわからない。
やっぱり戻してもらうべきかと海辺で漂う精霊を見る。

楽しそうに遊んでいる姿に少し羨ましくも思える。
海を見ていると、メロパールを思い出して笑みがこぼれ落ちる。
記憶なんてどうでもいい。
メロパールを見ているとそう思ってしまう。
記憶よりも笑顔を見続けていたいと願う。
メロパールの良いところも悪いところも頭に紡ぎ続け、どれもかわいいと惚気る。


精霊が目の前に現れ見据えてくる。
何かを喋っているが声は届かない。
申し訳なく思いつつも記憶をどうしようか悩む。

「あ、いたぁああ」
声と同時に背後から抱きついてくるメロパール。
「メロパール」
振り返ろうとしても彼の顔を見ることができない体制。
彼は背後から抱きついたままで、離れようとしない。


なので反対から手を伸ばして彼の頭を撫でる。
「どうしました?」
温もりを感じなら声をかければメロパールが鼻をすすりつつ何か喋る。
よく聞こえず、なんだろうと聞き直す。
「記憶戻ったら帰っちゃう?」
声に驚き、誰がそんなことをと驚く。
「だってぇ、だって、記憶戻ったらきっと家族のところに戻るって姉ちゃんが言ったんだよぉ」
単に当たって砕けろを否定したため、そして毒づいたため最終的にいたずら心と、投げやりになった姉からの言葉。
その言葉を真に受けたらしい。
また、あの女かと額を押さえたくなる。

「可愛らしい女の子と結婚してて、子供もいるかもしれない。俺、俺は、止めれない。だって、だってぇ」
顔は見えなくともわかる泣きじゃくる姿に、それが止めていないと思っているのはなんでだろうと考える。

「あくあぁ。俺、俺はいなくなったってアクアのこと好きだよ、だから記憶戻ってて悩んでるなら言ってくれよ。俺、諦めるからぁ。もしくはベビーシッターでもいいから、雇ってくれよぉ」
そういえば、彼の種族は男性が子育てを主軸にするんだったと思い出す。
とはいえお互い男なので子供はできない。
もう少ししたら養子もいいという話しはしたことあった。

ただ肩が冷たいので一旦引き剥がす。
それから向き合うと抱き締めて背中を撫でる。

「まだ戻ってません」
「ほんどぉ?」
抱き締める腕に力がこもる。
本当だと答えればじゃあなんで相談してくれないんだと叫んでくる。

仕方がないと話をする。
「先日、ある人間が教会にいる私を訪ねてきました」
ハンカチで彼の顔を拭いつつ、続ける。

精霊の声は聞こえないが見えること。
海人族を含めた異種族に対して軽蔑する知識だけは多くあったこと。
彼と自分は似て非なる者だということ。

そして精霊に言えば記憶を取り戻すことができるということ。

全てを話す。
いつの間にか隣に座って話を聞くメロパールは覗き込んで来る。

「戻さないの?」
「戻ったとき、もし海人族に対して害を与えた人間ならば私はメロパールの側にいる資格なんてありません」
「俺は気にしない」
「私が気にします」
即答すればそっかぁと海を見る。
「じゃあ、思い出さなきゃいいんじゃない」
「でも、そうならそれ相応の罪を償いたいとも思います」
だからこそ思い出したいとも思い出したくないとも、複雑な感情を抱く。

「でもさ、アクア。精霊の力を使って記憶取り戻したとして、罪悪感とかで、心潰れて死なない?記憶を失ったのは頭殴られたとかじゃないんでしょう」

医者の診断では頭だけでなく精神的なものもあるだろうと言われている。
それを聞いて黙る。
戻せる方法がある。
だけど戻したいとも戻したくないとも思う。

堂々巡りになる。
だがお腹が鳴り響く音に見ればメロパールがお腹空いたと笑う。
そして帰ろうと手を伸ばして来るので、笑顔を返してその手を掴む。

今はまだ悩もう。
メロパールといたいために、今の幸せを守るために答えを先延ばしにする。
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