愛鳩屋烏

林 業

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そして成人

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電話で言っていたとおり一晩で元気になったカラスは今目の前の机に広げた美術館や博物館などの展示場のチラシを見ている。
「何しているんだ?」
「あぁ。今度仕事で使うために下見をしたいと思って」
「カラスの仕事って結局なんだ?」
「教えてもいいけど、照れくさいんだよな」
「照れくさいって」
「オオカミさんはデートするなら何処がいい?」
「何処も一緒」
「じゃあ、博物館にでも行く?今、恐竜展やってるんだって」
「お、おう」
「じゃあ、今度の休み合わせて行くか。この間の看病のお礼したいし」
嬉しそうにしているタナカに、わかりやすいと眺める。
学生時代から考えていることが顔に張り付いている。
「なぁ。カラスはさ。記憶戻る前と今、どっちが好きなんだ?」
「どっちもオオカミさんでしょう?俺は戻っても戻らなくてもいいかな。仲良くしてもらってたし。そうなると俺に対しては最終的にオオカミさんの気持ち次第だと思う。俺は今のオオカミさんも面白いし可愛いと思うけどね」
「そ、そっか。あ、そうだ。カラス。誕生日だろう。犬飼先輩から、これ」
「あぁ。ありがとう。あぁ。今日か」
携帯の日付を見てそういえばと眺める。
「で、俺からは悩んだんだけどさ」
「オオカミさんを一日好きにする権利でもいいんだけど?」
「毎年言ってるけどそれは最終手段」
タナカが呆れながら、箱を渡す。
「おめでとう」
「ありがとう」
早速と中を開けている。
「電子タバコか。で、香水か」
「似合いそうだなって」
早速と匂いを嗅いでつけている。
今年は悩みに悩んで、よく使っている石鹸の香りにできるだけ近い物を選んだ。
鼻が利くらしいので悩んだが、顔色を見るとそれほど悪くないらしい。
むしろいつも通りご機嫌。
「そういえば電子タバコ持ってなかったのか?」
「持ってるよ。成人してから吸うようなって二年に一回は贈ってくれるんだよね」
「え、まじ?」
「正直、センスないからって似たようなの贈ってくるれるんだよ」
「普通のタバコ、止めないの?」
「あれはあれで利便性があるからね」
利便性ってなんだと首を捻る。
「使ってるのか?」
「始めてもらったのは壊れてるけどね。他はなんとか現役。使い回したり、機種が違うからいろんな銘柄吸ったり。オオカミさんってタバコ吸う人嫌いじゃなかった?」
「今は憧れはある程度かな。カラスはちゃんと煙とか注意してくれるし」
「あぁ。バレたら別れるって思ってたから」
「そんな理由だったの?」
「あのさぁ。意外と切実なんだけど?」
「いや。でも、カラスって俺がいなくても平気そう」
「そうかもね。でも俺の不注意やオオカミさんの嫌なことで嫌われるのは後悔しかない」
「その程度で嫌うならすぐに別れてる」
「えー。俺ちゃんと尽くすタイプだよ」
「尽くされても、尽くしすぎても、返せなきゃ嫌なことだってあるだろ」
「そんなもん?」
「俺はそういうもん」
「そっか」
「じゃあ、俺仕事行ってくるから」
「はい。気をつけてね」
「いい加減仕事教えてくれよな」
「じゃあ、今年のオオカミさんの誕生日に教えようかな」
「ソレハタノシミダ」
果たされることないんだろうなぁと悩みつつも出かけていくタナカ。


ドアが閉まり思うところ。
「自分の作品をべた褒めされて、その後だと言いにくいんだよ」
出会った頃にあの作品がと語ってくれたことを思い出して顔が熱くなる。
それに、タナカが照れと恥ずかしさでショックを受けると思うと言い出しにくい。
それでもそろそろ隠すのも面倒なので言ってしまうかと頷く。

それに学生時代の経験を元手に書いている部分も多いので、同じ時間を経験したタナカが懐かしさを感じてしまうのもわかる。

「さ、もうちょっと作品書いて、家のことしながら今日、明日の晩御飯考えるか」

タナカからの電話に、なんだろうと出る。
なんだかんだで忘れ物はしたことがないはずだが。
「カラス。聞くの忘れてたんだけどケーキ好きか?」
「人並みには?」
「じゃあ、今日買って帰るな」
尻尾でも振ってそうなご機嫌な声色。
当日はギリギリまで忘れて、時間がなく、コンビニスィーツを買っていたタナカにしては珍しい話である。
相変わらず犬、いや、性欲があるのでオオカミだと考える。
「何がいい?」
「狼さんおすすめが食べたい」
生クリームプレイが頭を過ぎって、すぐに、思考を切り替えて告げる。
「おっけー」
電話を切ってから、脳裏を過る欲を振り払うためにタバコを取りに向かう。
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