愛鳩屋烏

林 業

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中学

14

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カラスは不機嫌を隠そうとしない。
「ひさ。うるさいわよ」
姉は呑気に告げ、携帯を触っている。
犬飼もパソコンと向き合っている。

「だってあんのクソガキが、オオカミさん怪我させたのに逃げやがって」
「あんたの爪が甘いのよ」
「ちっ」
舌打ちするカラスに、犬飼はちらりと盗み見てぼやく。
「ほんと、タナカがいるといないとでは別人だな」
「私その姿見てないんだけど」
「めっちゃ機嫌がいいときのカラス」
「あぁ。あんた。最近機嫌がいいと思ったらそういうこと。通りで父さんたちと言い合いにならなかったと思ったわよ」
カラスは自分の携帯を見て、目を見開く。
「オオカミさん目を覚ましたって。行ってくる」
急いで財布とカバンを手に取り、走っていく。

「誰情報?」
「どれかしら。なんだかんだであの子に協力する奴はいるからね。変態とか変態とか」
「あぁ。あいつに痴漢した馬鹿ども」
「そろそろ縁を切りたいって言ってたけどどうかしらね」

楽しそうに出かけて行ったカラスに姉と犬飼は呆れる。

「よっぽど気に入っているのね。これでもう少しは穏やかになってくれたらいいのに」
「本当ですね」
不機嫌であるときはああやって悪態を付く。
その不機嫌が他人に当たるものではないが、ご機嫌であればあそこまで酷くはないのも確か。



カラスは花を買い、病室に向かう。
病室を確認してドアを叩こうとして声に止まる。
「付き合ってください」
遅れて聞こえてくる返事。
邪魔してはいけないと看護師に花を渡して立ち去る。



家に帰って早々に気分を落ち着かせるために行動に移して、携帯を取り出して電話する。
「おう。どうした?」
「ポチ。とりあえず、あのガキ絞める」
「お、おぉう。そうか。とはいえ、タナカのいる病院にいて、そっから涙流して消えていったそうだ。何やったんだろうな」
「で、もう一つ」
「ん?というか、自分の家か?電話せずとも俺の部屋に」
「血の気を抑えるために色々と方法試して、手首切れた。血が止まらん。どうしよう」
「おまっ、燕さん。あの馬鹿とんでもないことやってます!」

数分もしないうちに犬飼が風呂場へと飛び込んでくる。
「死ぬ気は!」
「ねぇよ。ふっつうにミスった」
流れ出る血液に急いで止血を始める。
「いくら落ち着かせる方法が聞かないからってリスカすんな」
「ん?りすかって何だ?」
「よし。一生知らなくていい。とりあえず病院か?」

燕がのんびりと入ってくる。
「体調は?」
「ちょっとくらくら」
「大丈夫そうね。血は止まりかけてるわね」
「腕上げるのしんどい」
「我慢しなさいなってか。どうしてそうなったの」
「色々と血が登りすぎてとんでもなかったから」
「うんうん」
「風呂入って行水したんだけど、外に出たときにポチが忘れていった髭用のカミソリがあったのきづかなくて当たったか落ちたかですぱっと。気づいて慌てて浴室に飛び込んだ。掃除楽だから」
「あんたらアホなの?」
言葉もないと二人は黙る。
「わかったわ。とりあえず、血は落ち着きそうだけど、あとちょっと待っても止まらないなら救急車ね。その出血量じゃあそうそう死なないでしょ。それで落ち着いたらおじ様に話して医者に行きましょう。うっかりミスっていえば納得するわ」
「やだなぁ」
「で、ポチ。あんたは今後カミソリを忘れるなとは言わないけど最低でもTのカミソリにしなさい。うちの馬鹿のうっかりをふせぐのよ」
「だな。後定期的に連絡したほうがいいな」
「腕疲れた」
「死にたいなら降ろしなさい」
姉の迫力には勝てず渋々上げ続ける。
「今から親父に言ってこようか」
「おじ様意外と身内の血液見ると大騒ぎするから落ち着くまで待ちましょう。おば様には声をかけておくわ」
カラスはぼんやり赤く染まったタオルを見る。


(俺、一応オオカミさん好きだったんだなぁ。ここまで動揺するなんて)
はぁと溜め息を零す。
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