愛鳩屋烏

林 業

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社会人

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バー「シュラブ」のマスターは腕を振るう。
仄暗い雰囲気でありながら、カウンターのこちら側にはマスターの宝とも言えるボトルの数々。
珍しいものは少ないがそれでも美味しく頂ける。

そんな自身のお城には常連である一人の男がいる。
三十年以上この店をしているが、その男は多分成人してすぐに此処に来て、それからは月に数回、飲みに来る。

極稀に美人な彼を女性にしたような親族と紹介を受けたその人と。
時にサラリーマンだろう男性と。
その息子と娘を熱弁していると同時に可愛いと相槌を打っている彼。
ちなみに先の女性とサラリーマンだろう男性は結婚しているらしく、お祝いごとで利用してくれる。
そして一番多いのは大柄な男性。
ポチと呼ばれた彼は気苦労が耐えないのかお小言を告げたりしているのをまま見る。


「だーかーらーさ」

そして今目の前で酔っ払って彼に絡んでいるタナカ君。
「カラスはなーんで教えてくれないのさぁ」
カラスと呼ばれた男は二杯目として頼んだハイボールを飲んでいる。
逆にカクテルの、アルコールは香り付け程度の一杯で酔っ払っているタナカ君。
酔っ払って彼に絡んでいる。

お酒と称して出した水も飲んでいるのだが、お酒と上機嫌。
「薬飲んできてますか?」
思わず聞いてしまうほど彼はお酒の周りが早く、常用の薬があると聞いていたが、それはないとカラスに否定されたばかり。
そんな危険を犯させないとカラスは微笑む。
絡み酒なのだろう。
とはいえ、そんな姿も愛らしいのかカラスは宥めながら続ける。
「教えてもいいけどさ」
「じゃあ、教えてよ」
「聞いた後、タナカ君、多分悶絶するんじゃないかな。っと。羞恥で」
「そんなことない!」
「それにタナカ君は、ミステリアスな人好きじゃん。別に話さなくても、良い人ならそんなところがいいと思える趣向あるじゃん」
タナカ君は俯き、それから顔を真っ赤にして呻く。
妻一筋のマスターも流石にこの顔は可愛いと思ってしまう。
「好きで悪かったな」
「教えたらそのことも楽しめなくなるから、もうちょっと楽しもうね」
「そうだけどぉ」
なんだかんだで丸く収められている。


この場に来ている客の殆どがカラスを見ている。
タナカ君に関しては友人だろうという眼差し。

この場でこの二人が付き合っていると伝えたとすれば、殆どが嘘だと言いそうだと思う。
そう思うマスターですらも聞いたときは嘘だろうと地味で突出したところがないタナカ君を見たものだ。

それだけカラスは目立つ。
それこそタナカ君を影として見てしまう程度には。
だから二人でお出かけができるわけだが。

それを知らない性別問わない人物に話しかけられたりはするが、やんわりと断っている。

「俺、カラスが、眼鏡かけてるとか知らなかったし、タバコも吸うなんて知らなかったんだ!」

喫煙者なのだと今知って灰皿を用意するか聞く。
だがカラスは吸うつもり無いと下げるよう言われる。

「マスターはどう思う!」
「えっと、お知らせしてないんですか?」
「タナカ君、タバコ苦手って昔言ってたからね。言うつもりはなかったんだけどばれちゃって」
「キスもするなとかひどくないか」
キスのときのあの苦味というか香りとか、少し癖になりそうで、また味わいたいと少し思ってしまったらしい。
惚気だとマスターは、思っても口には出さない。
「気が向いたらね」
カラスは口を閉ざすためかピスタチオの殻を割ってタナカ君の口へと押し込む。
「おいしぃ」
嬉しそうにとろける表情をするタナカ君。

カリカリと彼がピスタチオを砕く音がする。
「もういっこ」
その言葉にカラスは再び口に運ぶ。

「美味しい」
そういうと自らピスタチオを割って、カラスに向ける。
「あーん」
カラスは遠慮なく口にする。
「美味しい?」
「美味しい美味しい」
カラスは笑顔を返して、タナカ君は満面の笑みを返す。
マスターは同性同士だということも忘れて微笑ましく見守る。

「カラス。好き」
甘える様子にカラスは残っていたグラスを一気に飲み干す。
「そろそろ帰ろうか」
「えー。もう一杯」
カラスはお金を払うとまだ飲むと駄々をこねる酔っ払いを連れて帰る。

カラスの顔が赤くなっていたのは、薄暗い室内でもよくわかり、また来てほしいとマスターは、微笑みを返す。
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