幸福からくる世界

林 業

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ある大陸のある国にて

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サジタリスは目の前の蜥蜴の喉元から剣を抜く。

早く見つけられた。
早く終わった。

早く、帰りたい。
蜥蜴が動く。
最後の悪あがき。
だがこちらは一人ではない。

手が切り落とされ、羽が地面から生えた棘に貫かれる。
身動き取れないまま、蜥蜴は死を迎える。

切り落とされた手を見る。
思い出す、愛しい人との養い子が末の子。

(土産頼まれてた気がする)
腕を持ち上げて、仲間を見る。
「これ、美味いのか?」
「そりゃあ美味しいだろ」
仲間が一人、剣士のユージーンが剣に付いた血糊を振り払いながら肩をすくめる。
「ドラゴンなんて血まで利用できる特殊な種族だぞ。美味いに決まってんだろう」
「じゃあ、土産にもらっていいか?」
「腕でいいのか?」
「腕じゃあ不味いか?末の養い子の土産にはならねぇのか?」
お土産にするなら丁度いいのかと思っていたと腕を見つめていれば、問題ないと答えられる。

仲間が一人、魔術師のレイラがドラゴンの体をアイテムボックスの魔術で片付けている。

「むしろ腕程度もらう方もまだ気楽」
「それは言えてるな」
重戦士のアリナガが盾を横に座っている。
一応警戒はしているだろうが、来たとしても狼などの歯肉を漁るものぐらい。
このメンバーではむしろ臨時収入でしかない。
「じゃあ、これはもらう」
腕を、流れる血を瓶に入れてから、二つとも鞄へと押し入れる。


アイテムボックス同等の鞄、マジックバック。
愛しいルーンティルが作ってくれた大切なものの一つ。
時間が止まる優れ物。


バックを叩いて労う。
帰ったら装備の手入れをする時期だと撫でる。

「私もそれ、ほしい」
「わかる。買いもんときとか楽そう」
レイラとユージーンの物ほしそうな様子に誰にもやらんと即答する。
欲しければ自分で、金貨数十枚出して買えとぼやく。
英雄と呼ばれるパーティの一員なのだからそれぐらいはあるだろう。
側に置いてあった、仲間内で買った鞄を取ってトカゲの死体を、おおよその解体をしながら協力して入れていく。

「それより帰るぞ」
「そのへんの街の花街に寄るのも手」
アリナガが期待した目を向ける。


だが無視して帰宅への道を見る。
「まぁ、変に慣れてないところ行って病気移されたくないだろう。帰ろうぜ」
ユージーンが笑顔を浮かべてアリナガと肩を組む。
「俺も早く嫁さんに会いたいぜ」
「嫁持ちだから言えるんだ」
「そういうなって」
「腕もらった分お前らに報酬少しやるから急いで帰るぞ」
このトカゲでも、仲間内で均等に分けたってなかなか良い金額になる。
それこそ、高級娼婦に行ける程度には。
そして腕の分、彼らに分ければ、致した後ものんびりする時間ぐらいはあるだろう。
「なんだ。太っ腹だな」
「早く帰って安心したい」

適当に咲いていた花を摘んで、鞄に入れる。
生まれ育った国の薬草とこの国の薬草は違う。
だからサジタリスには見分けがつかない。
傷薬に使える程度しか覚える気はまったくない。

道中適当な魔物を蹴散らしつつ、急ぎ家へと帰る。
「予定より早いですね」
門番との挨拶もそこそこに、ギルドで報告し、報酬を四人で分ける。

その場で別れを告げて家へと急ぐ。
出かけた日から二日目の昼に帰ってこれた。
「リーン。戻った。ルー」
「うわ。はっや。えぇ。ドラゴンじゃないんですか?」
「近場まで来ていたしトカゲだった。リーン。ルーは?」
「今お昼寝してますよ?」
しばらく固まり、それから部屋の匂いを嗅ぐ。
ほとんど携帯食しか口にしていないため、ぐうとお腹が鳴る。
「甘い匂い」
「あぁ。師父とりんごの砂糖酒漬けのパイ作ってたんですよ。早くないかと思ってたんですけど。本当に帰ってくるとは」
「何処?」
「まだ焼き上がってません」
物置のドアを開ける。
ルーンティルが椅子の上で丸くなって寝ているのに気づいて近づく。
抱き上げて抱き締める。
「眠いんだけど」
眠そうにしながら見てくるが、パイを作ったというだけあって漂ってくる甘い香りを嗅ぐ。

「ルー。良い匂いする」
はぁと深い溜め息を溢す。
「もうそろそろパイ焼けるから見てきてほしい」
「おう」
離れて、急ぎ台所に向かう。

ルーンティルは手探りで杖を探して立ち上がる。
探すのに手間取ったからかリースティーンが来る。
「あ。師父。先生が台所占拠してるんですけど」
「ごめん。叩き起こされて今機嫌が良くない」

リースティーンは地味に距離を取る。

顔を洗うといつもどおりに変化する。
「サジ、君。何してるの?」
「まだか?」
巨大な図体でオーブンを陣取っている。
邪魔だとルーンティルとリースティーンは眺める。
「とりあえずお茶作ろうか」
「薬草茶はゴメンだ」
「飲め」
微笑み、見下ろすルーンティルに、サジタリスは無言でその場を離れる。

ルーンティルが昼寝をするときは大抵魔力不足である。
元々大陸中に行き渡るように魔導具を一人で作っているのだから、いくら人の倍以上の魔力を持っていたとしても消費が少なくないとは言えない。
一定量まで魔力が回復していればいいが、少しでも足りないと情緒が不安定になる。
そのため叩き起こされたルーンティルの機嫌が良くない理由はわかっている。
サジタリスはわかっているので逃げた。
逃げて今は、リビングでパイを待っている。
「師父。やっときますから寝てていいんですよ?」
「大丈夫。サジ、待ってるしね」
出来上がったパイを目の前まで持っていけばサジタリスは取り分ける。

二切れを二人に渡すと早速と残った分を口に運んでいく。
「相変わらずよく食べる人だ」
ルーンティルが薬草茶を飲む横で口に運ぶサジタリス。
「もっと食え」
「大丈夫です。昼も食べましたから」
「筋肉付かないぞ」
「剣術訓練必要なんですか?」
「便利だろ?」
「便利の意味がわかりかねます」

ルーンティルは薬草茶を飲んでいるのを見て、野営のために持っていた飲み物を口に運ぶ。
「そういえば、先生は故郷に帰ろうとか思わないんですか?」
「俺の故郷はここだ。帰りたいと思うのはルーのとこだけ」
「あー。生まれた場所には?」
「あんな面白くも可笑しくも無いところ帰りたいとも思わない。ルー。まさか帰りたいとか思っているのか」
「あんまりいいことないでしょう?サジならまだしも。僕が帰っても」
「俺はこうしてルーの甘いの食べればそれでいい」
「仲いいですもんね。そういえば、新しく子供を引き取るとかしないんですか?」
「僕自身、怪我で子供を見る余裕がないからね。世話がそこまでいらない十代半ばだと引取っても現状お互いにいいことないのはわかりきってるし」
「そうですか」
落ち込みながら、ルーンティルは不思議そうである。
「なんかあるのか?」
「いい加減、末の養い子から脱却したいです。他の良くしてもらってる義兄さん義姉さんから子供扱いされるんです」
サジタリスは無言でルーンティルと見合ってから告げる。
「それは一生続くから諦めろ」
「もう、三十代になろうっていう男を子供扱いってどうなんですか?」
サジタリスは子供扱いをしている代表的なルーンティルを示し、リースティーンは黙ることにする。

「あ、これ土産な」
トカゲの手を取り出し、今ここで!と叫ぶ。

「とりあえずそのお肉を仕込んでから帰ろうか。あぁ。これ。アースドラゴンだね。じゃあ仕込みとしては」
「トカゲじゃないじゃないですか」
「トカゲだろ」
「これは正直トカゲだよね。ちょっと大げさだよね。ただの土蜥蜴なのにこっちではドラゴンなんて」
「だな」
ありえない、と養父たちを眺める。
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